表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/3

後日譚

***後日譚・孤児院と王宮***



 伯爵家の使用人は多くない。

 だから私は出来ることは自分でしているの。食事だけはお任せしている。


 朝食はだいたい、パンとスープと季節の果物が用意される。

 でもカル様は、朝あまり召し上がらない。

 朝は古傷が痛むからと言う。


「古傷?」

「うん。腹のね」 


 今度、古傷を見せてもらおうかな。

 でも、殿方の素肌を見ることになるわ。

 ちょっと、恥ずかしい。


「今日僕は、午後から王宮に呼ばれているので行くけれど、君は?」


 なんでも伯爵以上の貴族たちが、招集されているそうだ。

 王太子候補がいなくなって、王宮は今もザワザワしている。


 ふと、聖女すらいない今の王宮は、あちこちに怨嗟の声が、溢れているのではないかと思う。

 まあ、今更私には関係ないわね。


「今日は孤児院の慰問に行きます」

「王宮近くの孤児院?」

「ええ」


 カル様は伏し目がちに言う。


「気をつけてね」

「はい。旦那様も。あっ」


 私は庭に走り、朝露に濡れている白い花を摘む。

 そして髪を束ねていたリボンを解き、茎を縛る。


「これを、王宮にお持ちください」


「ああ、そうだな……」


 白い花は、鎮魂の意味を持つ。

 カル様もご存知のようだ。

 困った王子ではあったが、亡き人への畏敬の念を私は忘れたくなかった。


 伯爵以上の貴族ならば、私の父、リトワ・インテラ公も姿を見せるのだろう。



 カル様のお邸から馬車で一刻ほど。

 教会が運営している、歴史ある孤児院だけど、建物は比較的新しい。


 しかし……。


 一歩足を踏み入れた私は、気持ち悪くなり吐きそうになる。


「悪阻ってことはないわね。まだ、白い結婚のままだもの」


 考えなしの独り言に、就いて来た侍女は目を剝いた。


 あら、いけないイケナイ。

 私は貞淑な伯爵夫人だわ。


 取り敢えず冬物の衣類と毛布、そしてお菓子も含めた食料を渡す。

 孤児院を切り盛りする尼僧たちも、孤児院で生活する子どもたちも皆、邪気のないニコニコした顔で喜んでいる。


 笑顔を見るのは嬉しい。

 ほっこりとした気分で私も微笑む。


 その時だった。


 足元から何匹もの虫が、這いあがって来るような感覚に襲われた。

 背筋を冷たいものが走る。


 振り向くと孤児院の庭の隅に、古い井戸が見えた。


「あの、尼僧様。あそこにある、石が円型に何段か積まれているのは、井戸ですか?」


 尼僧の顔に翳りが生じた。


「ええ。今は水も枯れ、井戸としては使っていないものです」


 言葉が重い。


「オバケが出るんだよ」


 代わりに子どもが答えてくれた。


「こら!」


 尼僧は慌てる。

 となれば、子どもの言葉は真実だ。


「何か、あったのですか? 古井戸で」


 尼僧は子どもたちを院内に戻し、言葉を選びながら言う。


「ある、高位貴族の方が、心を病んでしまって、この孤児院にやって来たのです」


 風が冷たくなる。


 尼僧の話では、病んだ高位貴族が孤児たちや尼僧を、次々と刺していったという。


「その、子どもたちや尼僧様たちは、助かったのでしょうか?」


 尼僧はぽつりと言う。


「一人だけ。たった一人の子どもだけが、助かりました。酷い怪我ではありましたが」


 病んだ方は、最後は自分の首に刃を当てた。

 その場所が古井戸の辺りだったのだ。

 それは今から十何年も前、私が生まれる少し前のことらしい。


 夜になると今でも、呻き声が聞こえ、井戸の周囲を徘徊する黒い影が出ると言う。


 陽が翳って来た。

 良い時間かもしれない。


「尼僧様。しばし私にお時間を下さいませ」


 古井戸に近付いて分かった。

 割とあっさりとした結界が張ってある。


 この薄っぺらい結界、覚えがあるわ。


 父だ。

 結界を張ったのは、間違いなくリトワ・インテラ公だ。


 私は結界に触れる。

 陽は西に傾いて、古井戸の周辺も朱色に変わっていく。


 ずるりと。

 何かが井戸の縁に現れた。


 そのモノは私に、黒い腕を伸ばす。


『王家に、繋がる者……か』


 確かにインテラ家は、僅かだが王家の血を引いている。


――昔むかし……。


 小国同士が争い、互いに血を流し領土を奪い合った。

 最後に勝者となったのは、イグネム国の初代国王。

 国王は身を削り、最前線で戦った。


 だが、平定した国に、居場所はなかった。

 たった一人守りたいと願った女性(ひと)は、戦に巻き込まれ命を落とした。


 我は呪う。

 王家を呪う。

 民を呪う。


 この国を呪い続ける。

 王族の血を根絶やしにするまで……。



 私の首に黒い腕が巻き付く。

 恨みと慟哭。

 息が苦しい。


 それでも、私は受け入れる。

 あなたの、恨みを。

 あなたの悲しみを……。




***王族貴族会議 カル視点***



 一応伯爵位を与えられているので、俺も議事堂に入った。

 壇上には国王と公爵家の面々が揃っている。


 義父(おやじ)殿もいる。



 国王が立ち上がり、宣言した。


「今日この時をもって、イグネム国の王制を廃し、共和制と成す!」


 なんだと!


 一瞬の静寂。

 怒号と物が飛ぶ。


「ふざけるな!」

「国王が退位し、別の王を立てろ!」

「公爵家も同意なのか!」


 国王はいつもの日和見的な表情が消え、充血した目で睥睨する。


「これは最後の王命である!」


 国王の背後に、精鋭騎士団が並ぶ。


「王命に逆らう者は、この場で処罰する!」



「うおおおおおお!!!」


 唸り声を上げて、国王に向かった男は騎士に斬り捨てられた。



 ガシャアアアアン!!


 会議場のランプに物が当たり、油と共に灯が落ちた。

 みるみるうちに、絨毯を炎が這い、煙が上がる。


 会議場内の貴族らが、バタバタと出口に向かう。

 出入口も、騎士が剣を構えて封鎖している。



 逃げなければ!

 混乱は人心を煽るのだ。

 予想し得ないことが起こる!


 だが。

 足が動かない。


 嘗てみた記憶が体を縛っている。

 会議場内は煙が充満し、視界が悪くなっている。


 ガクガクしながら、俺は床に身を伏せる。

 鼻と口を押えるために、ポケットに手を入れハンカチを探した。


「!」


 そこには小さな花束があった。

 出かける前に妻が手渡してくれたものだ。


 それを口に咥えて、俺は出口を目指す。


 国王陛下は?

 義父殿はどうなった!



 遠ざかる意識の中で、思い出す記憶。

 不義の子と捨てられた孤児院のこと。

 いつも一人で座り込んでいた。


 狂人がやって来て剣を揮った。

 逃げ遅れた俺は斬られた。


 たくさん血が出た。

 もう、ダメだと思った。


 あの時は諦めた。

 誰も自分を必要としてない。

 薄汚い子どもが一人、死んだところで誰も悲しまない。


 でも……。

 今は違う。


 生きたいのだ。

 一緒にいたい人がいるから。


 共に未来を見つめていたい人が、いるのだから。


 だから。


 今ここで、死ぬわけにはいかない!


 誰か……。

 誰でも良い。


 手を貸してくれ!

 

 誰かの手が差し出された。

 そんな気がした。


 白い花びらが、はらりと落ちた。



「旦那様!」


 妻の声が聞こえた気がした。

お付き合い下さいまして、ありがとうございます!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ