表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

前日譚

蛇足駄作と呼ばないで……。

 ***プロローグ・白い結婚三ヶ月***



 (わたくし)フェミニムが、カルブス・フェローチェ様の妻となって早三ヶ月。

 朝晩の寒さを感じる季節になった。

 怒涛の三ヶ月。


 王太子(候補)だったアージノス殿下に婚約破棄されて、「王命」でカルブス様と結婚し、その後殿下たちは表舞台から消えていかれたわ。



 私は毎晩温もりに包まれている。

 互いの手を繋いで、眠りに落ちる。


 寒がりなのか、カル様は寝る時もガウンを着ている。

 だから抱きつくとモコモコしている。

 互いに向き合い、くっついて寝る姿は、猫みたいだ。


 目覚めた時には、我知らず笑みがこぼれるの。



 まさか、こんな落ち着いた日々を送ることが出来るなんて。

 夢みたい。


 でも、不思議に思うことがある。

 祓戸(はらえど)という力の為に、王宮に拘束されることになった私がお払い箱になり、父のインテラ公は次の政略のための相手を見つけると思っていた。

 それがいくら王命とはいえ、子を成す可能性のない相手との結婚を、早々に決めてしまった。


 何故かしらね。

 そして、この国は、どうなっていくのかしら……。


「おはよう、フェミィ」

「おはようございます、カル様」


「よく眠っていたね」

「ええ」


 カル様は私の頭を撫でる。

 気持ち良い。



 思うことはあるけれど、今はこのひと時を大切にしたいわ。




 ***前日譚1 国王視点・婚約破棄以前***




 我がイグネム国は、長きに渡り他国との戦争を続けて来た。

 肥沃な領土を手中に治め、王制国家として成立して百年にも満たない。


 更には戦いにおいて、多くの魔術師や神使を葬ったからか、国全体に呪詛がかけられているかのようだ。

 国王直系の嫡男が、成人を迎えることは稀だ。

 儂のたった一人の息子は、なんとか生きているが……。

 先代国王の息子は、成人を迎えた直後、近隣の孤児院に侵入し、子どもを含め三十人以上を殺傷し、最後は自決した。


 先代王は引退。その後病死した。



 儂とて、先代王の実子ではない。

 血縁はあるが薄い。

 ただ、国の軍事を担う家柄のため、祭り上げられた。


 跡を継ぐべき一人息子は生まれたが、体も心も弱い。


「インテラ公爵がおいでになりました」


 インテラ公が執務室の椅子に座る。

 リトワ・インテラは又従兄弟(またいとこ)に当たる。

 よってコイツも王位継承権を持っていた。


 しかし彼は「国王の盾とならん」などと言って、早々に継承権を放棄した。

 インテラ家は国の祭祀を担う。

 主たる任務は教会の整備と、神を祀ることだ。


 他国の魔術師との戦いにおいて、インテラ家の秘術なくして勝利はなかったろう。


「わざわざ呼び出して、何用だ? しかも執務室。茶も出ない」


 不愛想なリトワだ。

 護衛騎士が慌ててドアの外へ走る。

 丁度良い人払いではあるが。


「聖女が現れた」

「……ほお」

「驚かないのか? 知っていたか」

「初耳だが、驚きはせんよ」


 運ばれて来た紅茶を一口飲み、インテラ公は儂を見る。


「お前……」


 一応国王である儂を「お前」呼ばわり出来るのは、コイツだけであろうな。


「老けたな」

「ほっとけ」


 忘れていた。

 リトワ・インテラは、口が悪い。


「心労が続いているからな」

「バカ息子のことでか?」

「不敬だぞ。()()でも一応次代の国王候補だ」


 確かに嫡男であり、間もなく王太子になる息子だが、アージノスは弱い。

 頭も、だ。

 だから全ての能力が高い、リトワの息女、フェミニム嬢と無理やり婚約させた。


「アージノスは、聖女に惚れこんだ」

「へええ」


 もっと驚けと儂は思う。


「いいんじゃない? では、ウチの娘とは婚約解消ということで」

「いや、待て待て待て」


「もうさ、返してよ。十年だよ。我が愛しのフェミニムが、週六日は王宮暮らし。学園からは飛んで帰って殿下に尽くす。友だちと言えば、ランドリーメイドのおばちゃんだけ。シモネタは詳しくなったけど、令嬢としてどうよ? それに引き換え次期国王っぽい殿下様は、下僕を侍らせ毎晩宴会。さらには男爵令嬢と恋仲だぁ? ふざけるのも大概にせよ!」


 儂は必死でリトワを宥める。


「待ってくれ。アージノスの目を覚ますから、婚約解消は待って欲しい」

「しかもだ。我が公爵家の令嬢が『股ユル』などと呼ばれておるのだ! 誰だ、はしたない二つ名を付けたヤツは!」


 多分……。

 側近とか男爵令嬢に入れ知恵された、アージノスだろう。

 しかし間違っても、口には出来ん。

 フェミニム嬢が去ったら、きっとアージノスは……。


 リトワはガチャリと音を立て、カップを皿に置く。


「そうだな、猶予を設けてやる。それで目覚めぬ王子なら」


 リトワの目が細くなる。


「この国ごと、潰してやる!」


 本気の目だった。


「つ、潰すって、お前どうやって」


 力なき国王と呼ばれているが、儂も元は軍人。

 国王指揮下の精鋭軍は、いまも剣を抱き、王宮に留まっている。


「血を、絶やすのだよ、王」


 唇を歪めてリトワは言う。


「わ、儂やアージノスへ、(やいば)を向けるのか!」


「そんなこたあしない。単純な話だ。後継者を作らせない。

 殿下にも。

 我が娘、フェミニムにも」



 背筋に嫌な汗が流れる。

 本気なのだ、リトワは。

 万が一にでもアージノスがフェミニム嬢を蔑ろにしたら……。


 リトワを見送ったあとも、動悸が治まらない。


「アージノスは帰っているか?」


 護衛の騎士が答えた。


「はっ! 先ほど宮へとお戻りです」


 王子の宮へと儂は急ぐ。


 ドア越しに聞こえる嬌声に、叩きかけた手を下ろす。

 悟ってしまったのだ。


 もう、遅いのだと。




 ***前日譚2 愚か者の饗宴・アージノス殿下視点***




 俺は毎日セルーフェを伴い、王宮の自室に帰る。

 側近のペクニアやエコーズ、メルケスも後からやって来る。


 間もなく学園の卒業式だ。

 聖女・セルーフェには、相応しいドレスを贈った。

 祝宴で一層輝くことであろう。


 祝宴では、大事な儀式を用意しているのだ。その主役は我々だ。


 進行は三人の側近に任せている。

 今日は経理に詳しいペクニアが、作成した書類を持ってきた。


「出来ましたよ、殿下。これであのフェミニムを、黙らせることができます」


 ペクニアは目をギラギラさせている。

 確か彼は学園の試験で、一度もフェミニムに勝てなかったからな。

 些か不正行為だが、王子妃候補に与えられている予算を、不正に使用したという書類を作成したようだ。


 エコーズは右手の拳を左掌に当て、「よっしゃあ」と叫ぶ。

 コイツは夜会の時、いつも護衛任務に就いている。

 フェミニムが男と何処かに消えていくのを、最初に見つけたのがエコーズだ。


『で、殿下! フェミニム様が、お、男と!』

『まあ嫌だわ。フェミニム様って、股ユルだったのね』


『股ユル』


 初めて聞いた。

 だが、なんと甘美な響きだろう。

 側で聞いていたメルケスがニヤリと笑った。


『それは皆様にお伝えしないと』


 メルケスは新商品を売り出すが如く、フェミニムの二つ名を市井に広めた。

 王太子になる俺の婚約者として、思いきり相応しくない呼び名だ。


 お陰で、フェミニムに婚約破棄を突きつける、良い材料になった。


「いろいろ準備して、肩が凝りました」


 ペクニアが首をコキコキ鳴らしていると、セルーフェが「えいっ」と人差し指を回す。

 室内にはクリーム色の光が流れ、清々しい気分になる。


「あ、凝りが取れました! さすが聖女様だ」

「うふふ」


 そうだ。

 セルーフェが隣にいると、俺の体調も良い。

 俺は随分昔にフェミニムから貰った御守りを、ポイっとゴミ箱に捨てた。


 十歳を過ぎた頃から、フェミニムが俺の寝室で過ごすことはなくなった。

 代わりにくれたのが、御守りだった。


 でも。

 もう。

 要らない。


 聖女がいれば、呪いに怯えることはないのだから。

思いのほか文字数が増えたので、連載にしました。

こちらもお読み下さいました皆様、本当にありがとうございます!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ