前日譚
蛇足駄作と呼ばないで……。
***プロローグ・白い結婚三ヶ月***
私フェミニムが、カルブス・フェローチェ様の妻となって早三ヶ月。
朝晩の寒さを感じる季節になった。
怒涛の三ヶ月。
王太子(候補)だったアージノス殿下に婚約破棄されて、「王命」でカルブス様と結婚し、その後殿下たちは表舞台から消えていかれたわ。
私は毎晩温もりに包まれている。
互いの手を繋いで、眠りに落ちる。
寒がりなのか、カル様は寝る時もガウンを着ている。
だから抱きつくとモコモコしている。
互いに向き合い、くっついて寝る姿は、猫みたいだ。
目覚めた時には、我知らず笑みがこぼれるの。
まさか、こんな落ち着いた日々を送ることが出来るなんて。
夢みたい。
でも、不思議に思うことがある。
祓戸という力の為に、王宮に拘束されることになった私がお払い箱になり、父のインテラ公は次の政略のための相手を見つけると思っていた。
それがいくら王命とはいえ、子を成す可能性のない相手との結婚を、早々に決めてしまった。
何故かしらね。
そして、この国は、どうなっていくのかしら……。
「おはよう、フェミィ」
「おはようございます、カル様」
「よく眠っていたね」
「ええ」
カル様は私の頭を撫でる。
気持ち良い。
思うことはあるけれど、今はこのひと時を大切にしたいわ。
***前日譚1 国王視点・婚約破棄以前***
我がイグネム国は、長きに渡り他国との戦争を続けて来た。
肥沃な領土を手中に治め、王制国家として成立して百年にも満たない。
更には戦いにおいて、多くの魔術師や神使を葬ったからか、国全体に呪詛がかけられているかのようだ。
国王直系の嫡男が、成人を迎えることは稀だ。
儂のたった一人の息子は、なんとか生きているが……。
先代国王の息子は、成人を迎えた直後、近隣の孤児院に侵入し、子どもを含め三十人以上を殺傷し、最後は自決した。
先代王は引退。その後病死した。
儂とて、先代王の実子ではない。
血縁はあるが薄い。
ただ、国の軍事を担う家柄のため、祭り上げられた。
跡を継ぐべき一人息子は生まれたが、体も心も弱い。
「インテラ公爵がおいでになりました」
インテラ公が執務室の椅子に座る。
リトワ・インテラは又従兄弟に当たる。
よってコイツも王位継承権を持っていた。
しかし彼は「国王の盾とならん」などと言って、早々に継承権を放棄した。
インテラ家は国の祭祀を担う。
主たる任務は教会の整備と、神を祀ることだ。
他国の魔術師との戦いにおいて、インテラ家の秘術なくして勝利はなかったろう。
「わざわざ呼び出して、何用だ? しかも執務室。茶も出ない」
不愛想なリトワだ。
護衛騎士が慌ててドアの外へ走る。
丁度良い人払いではあるが。
「聖女が現れた」
「……ほお」
「驚かないのか? 知っていたか」
「初耳だが、驚きはせんよ」
運ばれて来た紅茶を一口飲み、インテラ公は儂を見る。
「お前……」
一応国王である儂を「お前」呼ばわり出来るのは、コイツだけであろうな。
「老けたな」
「ほっとけ」
忘れていた。
リトワ・インテラは、口が悪い。
「心労が続いているからな」
「バカ息子のことでか?」
「不敬だぞ。アレでも一応次代の国王候補だ」
確かに嫡男であり、間もなく王太子になる息子だが、アージノスは弱い。
頭も、だ。
だから全ての能力が高い、リトワの息女、フェミニム嬢と無理やり婚約させた。
「アージノスは、聖女に惚れこんだ」
「へええ」
もっと驚けと儂は思う。
「いいんじゃない? では、ウチの娘とは婚約解消ということで」
「いや、待て待て待て」
「もうさ、返してよ。十年だよ。我が愛しのフェミニムが、週六日は王宮暮らし。学園からは飛んで帰って殿下に尽くす。友だちと言えば、ランドリーメイドのおばちゃんだけ。シモネタは詳しくなったけど、令嬢としてどうよ? それに引き換え次期国王っぽい殿下様は、下僕を侍らせ毎晩宴会。さらには男爵令嬢と恋仲だぁ? ふざけるのも大概にせよ!」
儂は必死でリトワを宥める。
「待ってくれ。アージノスの目を覚ますから、婚約解消は待って欲しい」
「しかもだ。我が公爵家の令嬢が『股ユル』などと呼ばれておるのだ! 誰だ、はしたない二つ名を付けたヤツは!」
多分……。
側近とか男爵令嬢に入れ知恵された、アージノスだろう。
しかし間違っても、口には出来ん。
フェミニム嬢が去ったら、きっとアージノスは……。
リトワはガチャリと音を立て、カップを皿に置く。
「そうだな、猶予を設けてやる。それで目覚めぬ王子なら」
リトワの目が細くなる。
「この国ごと、潰してやる!」
本気の目だった。
「つ、潰すって、お前どうやって」
力なき国王と呼ばれているが、儂も元は軍人。
国王指揮下の精鋭軍は、いまも剣を抱き、王宮に留まっている。
「血を、絶やすのだよ、王」
唇を歪めてリトワは言う。
「わ、儂やアージノスへ、刃を向けるのか!」
「そんなこたあしない。単純な話だ。後継者を作らせない。
殿下にも。
我が娘、フェミニムにも」
背筋に嫌な汗が流れる。
本気なのだ、リトワは。
万が一にでもアージノスがフェミニム嬢を蔑ろにしたら……。
リトワを見送ったあとも、動悸が治まらない。
「アージノスは帰っているか?」
護衛の騎士が答えた。
「はっ! 先ほど宮へとお戻りです」
王子の宮へと儂は急ぐ。
ドア越しに聞こえる嬌声に、叩きかけた手を下ろす。
悟ってしまったのだ。
もう、遅いのだと。
***前日譚2 愚か者の饗宴・アージノス殿下視点***
俺は毎日セルーフェを伴い、王宮の自室に帰る。
側近のペクニアやエコーズ、メルケスも後からやって来る。
間もなく学園の卒業式だ。
聖女・セルーフェには、相応しいドレスを贈った。
祝宴で一層輝くことであろう。
祝宴では、大事な儀式を用意しているのだ。その主役は我々だ。
進行は三人の側近に任せている。
今日は経理に詳しいペクニアが、作成した書類を持ってきた。
「出来ましたよ、殿下。これであのフェミニムを、黙らせることができます」
ペクニアは目をギラギラさせている。
確か彼は学園の試験で、一度もフェミニムに勝てなかったからな。
些か不正行為だが、王子妃候補に与えられている予算を、不正に使用したという書類を作成したようだ。
エコーズは右手の拳を左掌に当て、「よっしゃあ」と叫ぶ。
コイツは夜会の時、いつも護衛任務に就いている。
フェミニムが男と何処かに消えていくのを、最初に見つけたのがエコーズだ。
『で、殿下! フェミニム様が、お、男と!』
『まあ嫌だわ。フェミニム様って、股ユルだったのね』
『股ユル』
初めて聞いた。
だが、なんと甘美な響きだろう。
側で聞いていたメルケスがニヤリと笑った。
『それは皆様にお伝えしないと』
メルケスは新商品を売り出すが如く、フェミニムの二つ名を市井に広めた。
王太子になる俺の婚約者として、思いきり相応しくない呼び名だ。
お陰で、フェミニムに婚約破棄を突きつける、良い材料になった。
「いろいろ準備して、肩が凝りました」
ペクニアが首をコキコキ鳴らしていると、セルーフェが「えいっ」と人差し指を回す。
室内にはクリーム色の光が流れ、清々しい気分になる。
「あ、凝りが取れました! さすが聖女様だ」
「うふふ」
そうだ。
セルーフェが隣にいると、俺の体調も良い。
俺は随分昔にフェミニムから貰った御守りを、ポイっとゴミ箱に捨てた。
十歳を過ぎた頃から、フェミニムが俺の寝室で過ごすことはなくなった。
代わりにくれたのが、御守りだった。
でも。
もう。
要らない。
聖女がいれば、呪いに怯えることはないのだから。
思いのほか文字数が増えたので、連載にしました。
こちらもお読み下さいました皆様、本当にありがとうございます!!