男だけど魔女になったので命を狙う悪党共を呪って呪って呪いまくろうと思います。
2022年3月31日23時59分。あと1分で俺の誕生日。女淵初知の人生は16周年を迎え、高校生になる。なんて甘美な響きだろうか。
ピロン、ピロン…
新品のスマホが震える。俺の誕生日を祝ってくれるメッセージだろうか。ベットから手を伸ばし確認してみる。
ぷにぷに、ふさふさ…
そこにあったのは機械であるスマホから最もかけ離れた感触だった。
「あっ、おはよう。初知クン。」
キョトン顔の黒猫がいた。
「うわぁっ!」
え、猫?なんで?いやウチじゃ飼ってないし、飼おうなんて話も無かった。いや喋らなかったか?今。しかも俺の名前…
「そうか…遂に魔女として目醒めたか。ああ、いやその前に、はじめまして。まぁ、はじめましてというのもおかしいのだが、私は黒猫。名前は、まだ無い。」
おしゃべりな黒猫の声は男の子のようで女の子のようで、なんだか不気味だった。
「いったん、猫ちゃんが喋っているのは置いておこう。どこから入ってきたのかな?」
「どこからも何も、私はずっと君の側にいたよ。」
「は?」
要領を得ない。いくら喋れるとはいえ猫だから知能が追いついていないのか。
「説明がいるだろう。教えてあげよう。信じるのは難しいがこの状況というのはそこまで難しい状況ではない。」
そういうと黒猫はどこからともなくホワイトボードとペンを召喚した。
「うわっ?え、何それ?」
「これも後々説明するから、落ち着いて聞いてくれ。」
黒猫が肉球のある小さい手で器用にペンを掴んで図を書いている。
「さて説明しよう。先ず君は魔女の血を引いていて、その力が使えるようになった。」
あーこれ夢だ。明晰夢か。なら流れに身を任せよう。夢の中だけでも魔法使ってみたいし。なにができるんだろう、夢だからなんでもできるか。
「俺が魔女?」
ガチャ
なんの前触れも、なく俺の部屋のドアが開く音がした。
「ういちー?うるさいんだけど。」
パジャマ姿の姉が俺の部屋に入ってきた。
「何してるの?ベットはこっちだよ。」
そういって床に正座している俺に近づくとお姫様抱っこで俺をベットまで運ぶ。体格の良い姉は小さい俺を簡単に持ち上げる。いくら実姉とはいえ美人な姉に胸を押し付ける様な形で抱っこされると恥ずかしい。悶々とした表情で姉に体をあずける。
「おやすみ。誕生日おめでとう。」
そう言って姉は部屋を出ていった。なぜ夢でまでこんな辱めを受けなければならないのか…何を感じるでもないが。心の中でありがとう、とだけ返す。
「君のお姉さんは私のことが見えて無かったでしょ。けど君には見える。それが君が魔女である証拠の一つだ。」
黒猫が何事も無かったかのように語り出す。確かに姉貴は黒猫に一瞥もくれなかった。部屋の電気は点いてるし見えないはずがない。
「ってことは、俺もなんか超常現象を起こせるってことか?」
「そうだね。練習すればできるよ。」
ワクワクしてきた。何ができるかはまだ分からないけど、なんでもできる気がしてきた。
「ん?血統がどうのこうのっていうなら家族とかその他親族にも魔女になれたり、魔女がいるのか?」
「いたね。現代にはいないけど。私の知っている魔女は他に2人。君の先祖だ。そして多分だけど君の今の親族が魔女に成ることは不可能だろう。君は特別だ。先祖返りみたいなものだ」
「そっか。」
自分が凄く特別な人間ということを知れてなんだかとても充足感に満ちている。夢にしては気持ちいい夢だ。
「さて魔法について説明しようか。」
「うぉ、やっとか。」
「と、その前に君は今までの魔女より匂いが強いみたいだ。気付かれてるみたいだよ、魔女狩りに。」
「え?」
魔女狩り?中世の?自分が魔女と分かってから聞きたくない言葉ランキング第1位じゃないか。
「ちょうどいいや。魔法の実験台が向こうから来てくれるとは。」
なにがちょうどいいんだ。なんで夢の中で命狙われなきゃならないんだ。せっかくの明晰夢を邪魔しやがって。
「お、やる気?良いね。まずはこれからだ。」
そう言いながら黒猫は箒を召喚した。それは宙を漂いながら俺の目の前まで来た。
「ほら魔女と言えばこれでしょ。」
そう言って黒猫は俺の右肩に飛び乗る。
「さ、箒を持ってその窓から飛び出そう。」
ほがらかに黒猫は言う。普段ならそんなことできない。けど夢の中だからなのか、緊急事態だからなのか、俺は窓を全開にして飛び出していた。
「良いよ。箒に跨って、そしたら自ずと分かるよ。」
「おお、本当だ。力の流れが分かる。見えない手がいっぱい生えてるみたい…いや掴めないモノが掴めるみたいな…よく分からないけど、分かる!」
そう言いながらは俺は自分の住んでる町全体を見下ろせるくらいの高さにいた。空を飛ぶだけでこれ程の全能感。今ならなんでもできる気がする。
「なんでもできるよ、君なら。」
「なんか言った⁉︎」
風が吹いていてよく声が聞こえない。声を張り上げた。
「なんにも。それより…殺気、感じるでしょ?」
「うん。あっちか。」
そう言って、敵の方に向きなおる。暗くてよく見えないけど、あっちもこっちに気づいてる。俺が空に浮いてるからどうしようも無いようだ。かといってこっちも箒以外何もないから何かできるわけでもない。
「よし魔女っぽく、アイツを呪ってしまおうか。」
「それってどうやるの?」
「とりあえずアイツの持ち物か髪とかそういうものを調達しよう。」
「分かった」
奴は淡々と近づいてくる。俺はどうしようか、と考えながら間合いギリギリを保ち飛び回る。
「箒はね人の体じゃ出せないスピードを出せる。だから当て逃げるみたいに髪の毛引っこ抜く方が有効かもね。」
なるほど、確かに速さの上限がない気がする。無意識に速度を抑えてた。行けるとこまで行ってみるか。
「うわぁあああっ!」
風圧で目蓋が潰れて、口が一瞬で乾きそうになった。
「ははは、思ったより出るでしょ?」
「うん、分かった。なるほどね!」
俺は自分の目が追いつく限界ギリギリのスピードまで加速する。魔女狩りもだんだん遠くに見えてきた。このトップスピードを維持したままクイックターンをキメて魔女狩りの方へ突っ込む。
ドンッ!!
魔女狩りは吹っ飛んだ。そして俺の左手には奴の髪の毛が数本握られていた。どうやら俺はやれたみたいだ。
「こんだけやれば呪わなくてもいいんじゃないか?」
「甘いね彼らは魔女狩を続けて約千年だよ。ヤワじゃないさ。」
むく、と黒づくめの男が起き上がる。黒猫の言葉通りちゃんと頑丈だ。呪いとやら使うしかないらしい。
「じゃあ始めようか。」
黒猫は人形の紙とテープとペンを取り出した。
「この人形に髪を貼り付けて。」
人形とテープを受け取り髪を貼り付ける。箒のまあまあのスピードに、よそ見運転は怖い。
「そしたら、その人形に力を流し込みながらペンで呪いたい箇所に何か書くんだ。死でも腐でもなんでも良い。声に発して呪うんだ。」
「そんな物騒なことできるか!えーとなんでも良いならこれでも良いんでしょ!?」
人形の頭に“忘”と書き、力を込めて読み上げる。
『魔女狩は俺を忘れる。』
魔女狩は頭を抱え悶えている。
「良いじゃん。ああ、あと呪いは返ってくるから君もあの人を忘れるよ。忘れたくなかったら人形に自分の唾でもつけて身代わりにすると良い。」
「おい、そういう大事なことは早く言え。俺が死とか書いてたらどうしてたんだ。」
「教えたんだから良いだろ。それに私は君に死んで欲しくないからね。」
とりあえず一件落着した、そう思うと、どっと体が重たく感じる。すごい疲れた。
「帰ろうか。魔法とは言ってもカロリーは使うからね」
「だからそういう大事なことは早く言えって。」
言うタイミングが無かったでしょ、と言いながら黒猫は笑う。猫なんて飼ったことが無いのに懐かしく感じる。まるで何年も一緒に居る家族みたいに。夢にしては疲れたけど楽しい夢だったかな。
「さて、これで説明は一旦終わり。最後に一つ、君にお願いがあるんだ。」
「なんだい?あぁ、この力を他言するな、とかは平気だよ…そもそもこれ、ゆ…」
「違う違う。君には私を殺してほしいんだ。」
前言撤回だ。夢にしても胸糞悪すぎる。
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