屋上にて、君と
その日の授業はいつもより楽しかった。
風香さんは「授業なんてかったりー」なんて言いそうなタイプに見えたが、実際は真逆で、タブレットの操作もすぐ覚え、授業も真剣な顔で聞いている。
知識を吸収する様子を「スポンジに水を含ませるように」と表現することがあるけれど、彼女の様子はまさにそれだった。
赤い目が、キラキラと宝石のように輝くのを、僕は横目で見ていた。
「楽しい」「もっと知りたい」――そう心が揺れ動いているのが、手に取るようにわかる。
僕の心にもキラキラしたものが伝わってきて、4限目が終わる頃には「護衛が今日だけなんて、やだなぁ」と思うようになっていた。
昼休みを告げるチャイムが鳴る。
クラスメイトたちは机や庭園でお弁当を広げたり、カフェテリアへと繰り出し、周囲はにぎやかになってきた。
「おい、お前昼飯はいつもどうしてるんだ、食堂か」
「お弁当があるんだ」
僕は教室後方のロッカーを開け、お弁当を出す。
「……細いわりに、けっこう食べるんだな」
彼女が驚くのも無理はない。「お弁当」は一人分にしては高さがあった。正確に言うとお重箱を包んでいる。
「これは、君と一緒に食べる分だよ、風香さん」
「へ?」
風香さんは驚き顔からきょとんとした表情に変わる。その反応が可愛くて、僕は「ふふっ」と微笑んだ。
「すげぇな、ここ貸し切りかよ」
5分後、僕らは屋上庭園にきていた。
教室には他のクラスの子も出入りして落ち着かなかった(なにしろ風香さんが入ってくる生徒をことごとくにらみつけるのだ)ので、ここで屋上昼食を食べることにしたのだ。
教室二つ分程の広さの庭園。道の両脇は花壇が作られてヒマワリ、ハイビスカスに混じりダリアも咲き始め、眺めが良い。
「一応、ここに入れるのは生徒会と関係者だけなんだ。僕は生徒会の書記をやってるから」
「私もいいのか」
「僕の関係者だからね」
「ふうん」と口調はぶっきらぼうながらも風香さんの顔は嬉しそうで、僕は生徒会に所属していることを心から感謝した。
「ちょっと待ってね」
僕は庭園中央の四阿で、重箱を広げる。
「何が好きかわからなかったから、いろいろ入れてみたんだけど……」
おにぎり、タコさんウィンナー、唐揚げ、生姜焼き、ゴーヤチャンプルー、なすのお浸し、卵焼き、飾り切りのフルーツ。
「まだ暑いし、護衛って体力使うかなと思って、スタミナ系のおかず多めにしてみました」
「はーご苦労なこったな。これはアレか、毎日屋敷の召使いに作ってもらってるのか、さすがいいとこの子だな」
「僕が作ったんだよ」
予想通り、彼女は数秒固まった。
「……お前が? これを?」
「うん。僕、お裁縫とお料理が好きで。
お父様にはあまりいい顔されてないけど……」
「そんなことより……食べていいか?」
風香さんの目は、お弁当に釘付けになっている。
僕は小皿とお箸を差し出した。
「どうぞ」
「いただきます!」
幼稚園児のように大きな声で手を合わせ、風香さんはおにぎりを食べ、生姜焼きに箸を伸ばし、フルーツに目をやりながら卵焼きをぱくつき……。
「うまい!」と合間に言いながらニコニコしている。
それだけでもうお腹いっぱいな気分だったけど、僕も一緒になって食べ始めた。
この時間がずっと続けばいいのにな。