転入生
「嘘だろ……」
僕はあっけにとられていた。ホームルームの時間、先生が見知らぬ女子生徒を連れてきた。
「今日から彼女が皆さんのクラスに加わります」
さっき僕が用心した通り、いつもと違うことが起こった。
それも、そのものずばり、転入生。
ただしその姿には見覚えがあった。
「あっ」と声が出そうになるのをかろうじて押さえる。
特徴的な、肩までの赤い髪。鋭い赤い目。
白を基調とした清楚な制服をだいぶ着崩している。制服の下にハイネックの黒いインナー、上から灰色のパーカーを羽織り、スカートの下には黒いタイツ。
パーカーのポケットに両手を入れて、ギロリ、と教室中を見渡す。
名前が電子黒板に表示される。
「えー、名前がですね……」
言い淀んだ教師に代わって、
「風又三郎左衛門風香だ!
よろしく」
噛みつきそうな口調で彼女は言う。
その、ある種ふてぶてしい態度に、皆あっけにとられていた。
一言で言うと、「不良っぽい」。
お嬢様お坊っちゃまの周りにはいないタイプだ。
「えー、席はね、なんか高山君と知り合いらしいから、彼の隣にしようと思います」
皆の視線がざっ! と音を立てるくらい、僕と、僕の隣の机に集まる。
ホームルーム前から、隣に新しい机と椅子が置いてあって変だとは思っていたけれど。
色々と頭が追い付いていかない。
そうこうする間にも彼女はずんずん、と歩いてきて隣にドカッと豪快に座り、僕に目をやる。
鋭い視線にどきり、とする。
間違いない、今朝首都高で見かけたあの子だ。
僕は思わず彼女の方に身を乗り出していた。
「あの、今朝あそこにいたよね? 君って僕の」「よろしくな、一郎」
かぶせるようにして彼女は言う。一瞬眉間にシワを寄せ、「これ以上しゃべるんじゃねぇ」というビリビリした雰囲気――いっそ怒気というべきか――を放つ。
「あ、はい……」と僕が返事をしたところで、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
休み時間になるとすぐ、彼女の周りには人だかりができた。
「風香さんって、どこのご出身なのかしら?」
「その赤い髪って、地毛? かっこいいね」
「名字がとても立派だね。もしかして由緒正しい家柄なのかな?」
意外にも転入生――風香さんは大人気だった。
そして、人だかりは僕の周りにも。
「ねぇ高山君、風香さんとはどういうご関係なのかしら」
「ええと……お父様のお仕事関係の知り合いで……」
僕の目は泳ぐ。
なんだろう、囲まれるのには慣れているけど今日は皆の視線が少し怖い。
僕が不安だからそう感じるのかな、と思ったけど。
「まさか彼女とか?」
「親の決めた許嫁とか?」
「そうなの高山君? 将来彼女と結婚するの?」
「えっ!? け、けけ……結婚!?」
どうやら皆の関心はそこにあるらしかった。
僕の頭に、「『赤い髪の子と結婚する!』とおっしゃっていましたね」という悦治の声がエコーする。
隣の席をかいま見ると、彼女の横顔。
切れ長の目は、美少女というより美人という言葉がぴったりくる。
たくさん質問をされても、唇は固く閉じられたままだ。
「高山君、顔が赤いけど大丈夫?」
僕は我に返った。
「あ、大丈夫……あと、許嫁ではないからね」
「そうなの?」
「よかったぁ」
「そうよね、『抜け駆け禁止、高山君の美貌は学園の財産として共有しましょう』って規定があるものね」
「財産!? いつの間にそんな規定が!?」
つい声が裏返ってしまう。
「生徒会長の白鳥先輩が決めたのよ。知らなかったの?」
先輩、いつの間にそんな真似を。
「あら駄目よ、こういうことは推し本人には伝えないものよ」
「そうなの? ごめんあそばせ」
きゃっきゃっ、とクラスメイトたちは笑う。
その時。
バン! と僕の机に手をついた人がいた。
「……ちょっと面貸せ」
風香さんだ。
こわばった顔に、冷や汗をかいていた。