九月一日
「風又三郎座衛門風香」
タブレットに表示された名前に、僕は面食った。
「えっ、これ本名ですか? 読み方は……」
「かぜのまたさぶろうざえもん ふうか、と読みます」
お父様は座ったまま僕を見上げ、美声で穏やかに話す。
場所はお父様の書斎。アメコミのヒーローのように体格がよく、ワイン色のスーツを見事に着こなしたお父様は、口ひげをなでた。
「風又三郎左衛門といえば、先代が名の知れた護衛なんです」
「はぁ……」
気の抜けた返事に、お父様は彫りの深い顔から冷ややかな目を僕に向ける。
「先程お前の護衛を依頼しました。学校にいる間は彼女がお前の身を守ってくれます。
私のように武芸に優れていればこんな必要もなかったんですがね……」
やれやれ、と外国人のように両手を肩まで上げ、呆れる仕草もよく似合っている。
お父様――高山耕助は、数ある企業を束ねる高山グループの総帥であり、所有する莫大な財産は使い切れないほどある。もちろん財産は全て厳重に管理されている。
だが、今朝は起こされてすぐ父の部屋に呼ばれ、「セキュリティシステムのエラーで、今日だけ『倉庫』の鍵がお前で登録されている。ついてはいつも以上に、誘拐されないよう注意しなさい」と言われてしまった。
そして「護衛を雇いました」とくだんの妙な名前を見せられたのだ。
ちなみにお父様の言う「倉庫」とは都内にある高山美術館のことで、絵画や宝飾品などを保管している。本邸にある品には劣るが、数百億とも言われる有形財産がある。
最新のシステムが入っていて、もちろん鍵はお父様だったのに、今日だけ僕が「鍵」だって?
ちょっと怖くなってきた。