君と青春を
一週間後、高山邸の庭園。
休日は静かなはずのそこに、激しい音が響く。ボクシングシムのようなスパーリング音。アメコミのヒーローを思わせる大柄の男と、少女が戦っている。
「HAHAHA、やりますねあなた!」
「あんたこそ」
BAM,BAM! とお父様はパンチを繰り出す。風香さんは風を使いつつ避け、反撃する。
僕は二人を横目に、悦治とティータイムの準備をしていた。庭のテーブルセットにお菓子が広げられる。
悦治と僕には紅茶、お父様と風香さんにはプロテインドリンク。そして僕の手作りの焼き菓子が並ぶ。
昨日は高山美術館に風香さんを連れて行った。
展示された絵画や宝石は、僕には見慣れたものだけど。
「君が守ってくれた品々だよ」と言うと、
「お前が無事な方がいいさ」と返された。いちいちかっこいい。
セキュリティシステムの鍵は、僕のまま変更しなかった。
一つくらい、担うものがあってもいいと思えるようになった。
「坊っちゃま、よろしかったのですか?」
「なにが」
「あのご令嬢のことを訴えなくて」
白鳥先輩の顔を思い出す。
先輩は気を失ったまま実家の病院に運ばれ、翌日事情聴取を受けた。
だがその前には僕らが手を回し、「放課後三人集まって礼拝堂で談笑していたら竜巻に巻き込まれた」と言い張ることにした。
白鳥先輩は大いに反省し、「やりすぎてしまいましたわ」と今も落ち込んでいる。風香さんが破壊した礼拝堂は建て直すことになった。白鳥会からも多額の寄付金が出るらしい。
「訴えてもよかったけどね、それまでにお世話になってるし、今後は僕にも風香さんにも手を出さない、ということで」
「借りを作りましたな」
「借りって……いつ使うの、そんなの」
僕は笑ったが、悦治は大真面目だ。
「グループ総帥となれば、使えるカードは多い方がいいでしょう」
「せめて信頼関係って言ってよ。お父様みたいに使う、だなんて。
僕らはモノじゃないんだから」
――ましてや、化け物でもない。
そう心の内で付け加える。
「……坊っちゃまは、お優しいですね」
執事は花瓶に薔薇を活けた。
「私、不思議だったんですよ。勢いで『眠気打破』を投げたものの、運動神経ゼロの坊っちゃまなら取り落とすこと必至でございました」
「……確かに」
「そんなことないだろ!」と否定できないのが僕だ。なんなら受け取り損ねてビンが頭に激突、そのまま失神、ジ・エンド――いつも通りならそんな展開が待ち受けていたはず。
悦治はにこりとする。
「ですが、一郎様は奇跡的に受け取りました。
きっと愛の力ですな。
なにせ坊っちゃまは小さい頃に風香様とけっ」
「わ! わー!! わぁあああ!」
僕は慌てて遮った。
お父様に聞かれたらまずい。
「おお! 大きい声が出せるようになったじゃないですか!」
「ひゃっ!?」
背後に当の本人の声がして、僕は総毛だった。
「やはり風又三郎左衛門の血筋!
私の鍛錬相手としても申し分ない」
そう言って、お父様はジョッキ大の容器に入ったプロテインを一気飲みした。
「一郎の提案通り、住み込みの護衛にして正解でした」
「それはようございました」
相づちをうつ悦治も機嫌がいい。
風香さんは僕の隣で焼き菓子に夢中だ。「うまい、うまい!」とにこにこ顔で食べている。こっちまで幸せになる。
そう、風香さんは僕の護衛を続けている。
あの屋上庭園での電話で僕はお父様にお願いしていた。
「風香さんがよければ、僕の護衛としてこれからもそばにつけたい」と。
落ち着いてから風香さんに話したときはびっくりされたが、ほぼ家出状態となっていた彼女は初仕事の後帰るあてもなく、そのままうちの屋敷に住み込み、引き続き同じ学園に通っている。
今の関係は護衛以上、恋人未満といったところ。
ひっ迫した礼拝堂の中では思い切って「恋人になってほしい」と言ったものの、実際毎日そばにいると、かえって改めて伝えるタイミングを逃している。
「おい、おい一郎、何ぼうっとしてんだ」
「風香……さん?」
「さっき執事と何話してたんだ」
「ああ、いや、えっと……どこまで聞こえてた?」
「『小さい頃、風香さんとけっ』ってところまで」
「全部じゃん……」
僕は両手で顔を押さえる。ああ、顔が熱い。
「なんだ、『小さい頃、風香さんと決闘したかった』とか、そんな感じか?」
「……」
「秒で私が勝つだろーけどな!」
「……」
うすうす感づいてはいたけれど、風香さんはけっこう天然らしい。
思えば校内で刺客を倒したときも僕が捕獲されたのをスルーしたのちにノリツッコミしていた。
「……改めて伝えるよ」
愛の告白を、お父様の前でなんて嫌だ。絶対に。
「なんだ、もったいぶって。隠し事はなしにしろよ」
人の気も知らないで、風香さんは僕をつついてくる。うう。
「それはそうと、お二人とも」
またしても悦治は会話に割り込む。
「今夜は高山グループの新会社設立記念パーティでございます。
つきましては確認ですが――風香様」
「ん?」
口元にお菓子の残りをくっつけて、風香さんが答える。
「一郎様に同行していただきたいのですが、エスコートのされ方やテーブルマナーなど……その様子では身に着けておられませんね」
「えすこーと?」
「初めて聞く、といった反応ですね。予想通りですが.......。
ではこの後頭にみっちり叩き込んで差し上げましょう」
「それはいいですね、これからもそういう機会は増えるでしょうし」
お父様も賛成。となると風香さんの視線がこっちを向く。
「一郎……」
すがるような目。何か嫌なことをされる、というのには気づいたらしい。
「僕も付き合うよ。一緒に頑張ろう」
「……一郎がそう言うんなら」
しぶしぶといった様子で了承する風香さん。
彼女が隣にいるおかげで、僕はお父様に対しても、クラスメイトに対しても臆することがなくなった。
別に僕が物理的に強くなったわけではない。保健室の早川先生にも相変わらずお世話になっている。
それでも、風香さんがそばにいてくれると力が湧いてくる。なんだってできる気がして、今では次の総帥となるのも悪くないかなと思い始めている。
力を手にすれば、もっと彼女を守れるから。
「風香さん、がんばったら来週のお弁当は好物をたくさん入れてあげるよ」
「……本当か!?」
「うん」
ぱぁ、と彼女の顔が明るくなる。
大好きな彼女を見ながら、僕は今夜、どんなドレスを着てもらおうかと考え始めた。
風がからかうように、庭園の中をゆっくりと撫でていった。
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