解き放つ
「ありがとよ、2人とも」
「風香さん……」
「嬉しかったよ。私のこと『化け物じゃない』って否定してくれたのは、じいさん以来だ」
僕を振り返り、笑みを浮かべて。
「任せろ。今なら、負ける気がしない」
風香さんは感触を確かめるように、両手を振る。そこから風が生じ、赤い髪が舞い上がる。
「残念だったな、先輩」
風香さんが一歩進むごとに、風は強さを増す。 長椅子がガタガタと音を立て、ステンドグラスが次々と割れる。さらに強くなる風は、いつしか竜巻のように。
久しぶりにあの音が聞こえた。
どっどど どどうど どどうど どどう
「化け物――」
「ああそうさ、私は化け物じみた能力を持ってる。一郎が守ってくれたから、応えないとな!」
「ならば……全力で奪い取るまで!」
先輩の大声。そう、今や大声でないともう聞こえないほどの暴風があたりに吹き荒れている。
両者がぶつかる。
瓦礫と土煙が舞う中、二人の姿はもう見えない。
「坊っちゃま、こちらへ」
僕は悦治に抱えられ、礼拝堂の外へと避難する。間一髪、竜巻が礼拝堂の屋根を壊したところだった。木片が、レンガが、宵闇の空に飛んでいく。
その軌跡は、うねる龍のよう。
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう
風の音がする。
その中から声が聞こえた気がして、僕は耳をすませた。
「あおいかりんをふきとばせ
すっぱいぶどうもふきとばせ」
声は鈴のようにきらきら、ころころと鳴り響く。
――あれはまさか、風香さんが話していた風の神……?
彼方を見ても、姿はない。
地上に目を戻すと、礼拝堂の残骸があった。
かろうじて囲まれた壁の中で、決着がついていた。
先輩が倒れている。
そして、その向かいに立つのは。
「風香さん!」
僕の護衛――大切な風香さんは、右手の拳を高く掲げた。
「よかった、風香さんが勝って……」
「よくねぇよ、こんなに被害を出しちゃあな……」
現場は警備やら警察やらが集まり大変な騒ぎになった。誰もが礼拝堂のありさまに驚いている。
僕は風香さんと離れたところからその様子を見ていた。
「初仕事なのになぁ……裏稼業向きじゃないんだよ、この能力」
「派手で風香さんらしいけどね」
「そうかぁ?」
はぁ、と風香さんはため息をつく。
それまで自信満々だった風香さんが、まるで自信のない僕みたいで、少し笑ってしまった。
「……ありがとな」
「え?」
「あいつの気をそらせて、時間稼ぎをするためにあんなこと言ったんだろ?
あんな……恋人になってほしい、だなんて」
「風香さん……」
僕を見つめる顔が赤いのは、パトカーの赤色灯のせいだけではなさそうで。
「まぁ、そのなんだ、嘘でも悪い気はしなかったよ。感謝してる」
「嘘じゃないよ!」
僕は彼女の手を取る。
「一郎……」
「嘘じゃない。
僕は、昔から君のことを――」
こほん、と咳払いがした。
悦治がいつの間にか背後にいた。
「怪我のこともあり、事情聴取は明日にしてもらいました。
坊っちゃま、風香様、帰りましょうか」