伝えたい言葉
「やめてください!」
僕は二人の間に割って入った。両手を大きく広げる。
先輩の拳が、顔の数cm前で止まる。
「――おどきなさい、高山君」
「そいつの言う通りだ、そこをどけ一郎。
お前は守られる側だ、あたしを守る側じゃない」
後ろから、弱々しい声。
「嫌だ」
「どうして? 今だって怖い思いをしたでしょう?」
「怖いです。僕はきっと先輩に勝てっこない」
「だったら……」
正面の先輩を、僕は睨む。
「それ以上彼女を侮辱しないでください。
風香さんは――化け物じゃない」
先輩は動揺していた。
「どうしたの高山君、あなたそんなにはっきり自己主張する人じゃなかったでしょ。お人形のように微笑んでくれていればそれでいいのよ。
そんな、まるで怒っているみたいに」
「怒っているんですよ、先輩。
確かに僕はこれまで体が弱いから、ドジだからと大人しく過ごしてきた。
でもこんな体でも彼女の盾になるなら、僕はあなたの前に立ちはだかります」
先輩の構えが、ゆっくり解けていく。
「なんで……そこまで」
「僕は、彼女を守りたいんです」
後ろの風香さんの元へ歩み寄り、跪く。
「一日限りの護衛なんて嫌だ。僕は君と一緒にこれからも勉強したり、ごはんを食べたり、毎日を一緒に過ごしたい。
置いていかれるなんて嫌なんだ――昔みたいに」
「お前……」
僕は傷だらけの手をとる。
赤い瞳を見る。
「僕には何もない。わがままを言うようだけれど、君と離れたくない。
どうか、君が良ければ僕の恋人になってもらえないだろうか」
そして、彼女の手の甲に口づけを。
「――僕は、僕の全力でもって、君を守り君のそばにいるよ」
誓いを立てる。
僕にできるのはそれくらい。
だからそれを全力でやる。君に責任を持つ。
「こい……びと?」
風香さんがきょとんとして、それから赤くなる。
「な、何言って……」
ドゴォン!!
音に振り返ると、先輩が手近な長椅子を蹴りで粉砕していた。土煙が上がる。
「そうよ、さっきから何を言っているの、高山君。
さてはそそのかされたのね、その化け物に。
そいつを叩きのめして――再教育してあげるわ」
その時。
先輩は弾かれたように入り口の方を見た。
僕らもかすかな足音に気づく。
誰か、来る。
「お迎えにまいりましたよ、坊っちゃま」
「悦治!」
高山家の初老の執事、悦治がそこにいた。
「おやおや、修羅場ですな」
朗々と礼拝堂に響く声。
戦闘態勢に入っていた先輩は、ちらりと視線を寄越した。
「また邪魔者が一人増えたわね。
お年寄りを相手にする趣味はなくてよ」
執事は老眼鏡のフレームを押し上げる。
「奇遇でございますね。私も戦う気はございません。
少々、仲間に手は貸しますがね」
そうして悦治は燕尾服の内側から、なにかを取り出す。
「風香様にこれを!」
そのまま投げられた物を、僕は二本とも受け取った。
「これは……」
茶色のビンだ。
ラベルになんて書いてあるか、僕は知っている。悦治が多忙の時に飲んでいる栄養ドリンク。
「『眠気打破』。
どうしてこれを――」
「坊っちゃまのスマートウォッチから健康状態が私に送られてくるのです。睡眠薬を盛られたと判断いたしました。
が、ここを見つけるのに手間取りました。申し訳ございません」
「いや、来てくれてよかった。ありがとう」
僕はビンのフタを開け、風香さんに飲ませる。真っ青だった顔色が、みるみる良くなっていく。
見届けて、僕ももう一本を飲む。
ずっと続いていた頭痛がとれた。血管の先まで温まっていくのを感じる。
僕の頭がスッキリしたということは、きっと風香さんも――。
「白鳥会のご令嬢とお見受けします。
ここで退かれてはいかがでしょう?
じき応援も来ます」
悦治の言葉に、先輩は肩をすくめる。
「そうね、すでに計画は失敗。だけど」
やけに据わった目をして、先輩は再び構える。
「こうなったら完璧に叩き潰したいわ。
その子もまだやる気みたいよ?」
僕の肩をつかみ、風香さんが立ち上がった。