先輩の思い
目を開けると、高い天井。吊り下げられたシャンデリアで、たくさんの光が揺らめいている。
「ここは……?」
「学園の礼拝堂よ」
白鳥先輩が僕を上からのぞき込む。起き上がろうとして身じろぎして、気がつく。
僕は祭壇の上にいた。普段なら燭台や花が置かれている長机。少し動けば落ちそうだ。
手首と足首が縛られている。スマートウォッチもない。
「もう少し待ってもらえるかしら。
学園の防犯カメラからさっきの映像を消したり、これから連れ出すのにも細工が必要で、今業者にやらせているの。
何しろ急に計画を思いついたものだから」
「計画って……」
「せっかくだからおしゃべりしましょう」
先輩は綺麗な縦ロールに指を入れ、くるくると回す。
知っている人なのに、ずっと笑顔なのに、まるで知らない表情だ。
「今朝、私の耳に入ってきたのよ。
高山美術館の話、あなたが鍵だということ。あなたが誘拐される恐れがあるかもしれないと。
――それで私の心は決まったの」
「どういうことです?」
先輩の冷たい指が、僕の頬をつつ……と撫でた。
「『高山君の美貌を、学園の皆の共有財産にしましょう』
そう言い続けて、周りをけん制してきた。
最初は確かに、あなたの学園生活を守るためだった。
でも、今日にもあなたが誘拐され、私の前からいなくなるかもしれない。
そんな事態になってようやく、私は私の想いの強さに気づいたの」
先輩は胸に手を当てた。
「そう、誰よりもけん制していたのは、私の心。
本当はずっとあなたを私のものにしたかったの。
絵画から抜け出てきたような、美しい姿。私の可愛い天使.......」
語りだす口調は、だんだんと速くなる。
潤んだ目が、熱を帯びる。
「だから私だけが高山君を見られるように、誰かに誘拐される前に、いっそ私がさらって閉じ込めてしまおう!」
バッ! と先輩は天井へと両手を広げた。
「――それを今朝思いついたのよ。
神の啓示にも似た瞬間だったわ」
恍惚とした表情で、先輩は僕の髪をひと撫でする。
「……」
「一つ計算違いだったのは、あなたを守るためにあんなふざけた名前の子が護衛についたこと。風を操るなんて。おかげで他の刺客にあなたを奪われなくて済んだけど、どうやって追い払おうか悩んだわ。だけど」
くすくす、と笑い声が頭に響く。
おかしくてたまらない、といったふうに、笑いはだんだん大きくなる。
「だけど、睡眠薬を自分から服用してくれるなんて!
きっと、天が私に味方しているのね」
先輩の笑いは哄笑へと変わり、礼拝堂の中で反響する。
僕は目を閉じた風香さんの顔を思い出した。石畳の広場に倒れる彼女。ぎゅっと胸につまされる光景だった。誰か、彼女を助けてくれただろうか。生徒が通りかかったはずだ。
そうであってほしい。
携帯の着信音が鳴り、白鳥先輩が画面をタップした。今にも鼻歌を歌い出しそうなほど、その顔はうきうきしている。
「セキュリティの細工が終わったみたいだわ。もうすぐ業者がここに来る。
あとはあなたを運んで、私の屋敷に連れて行くわ」
このまま、会えないんだろうか。
「……風香さん」とつぶやく。
「あら、お迎えが来たわ」
ギィ……と扉が開く音。
視線だけそちらに向ける。
男の顔がのぞいた。