空からの敵
「ああー食った食った。ごちそうさま!
全部うまかった! 天才だなお前!!」
「あ……よかった」
僕はホッとした。
「ありがたいけどさ、護衛にメシを用意してくれる雇い主なんて聞いたことないぞ」
「僕にできる御礼は、これくらいしかないからね。謝礼はお父様から出るだろうし、この食材だって元々はお父様の財産。僕にできるのは腕をふるうくらいだよ。
そんなに喜んでくれるなら、毎日だって作りたいくらいだけど……」
「ま、お前とは今日限りだからな」
「そう……だね、そうだった」
彼女の言うことは間違ってない。期限付きの関係だってわかってたはずだった。
けど、さっきまで盛り上がってて仲良くなった気がしてたのに。
「.......」
「なんだよ、そんな顔すんなって。しょうがないだろ。お前と話すのは楽しいけど、別に友達じゃないんだから」
「……」
さらに突き放されてしまった。
なんとなく、しんみりした空気が流れる。
「あのさ……」と僕が話しかけた時。
風が吹いた。
風香さんの方からではない。
校庭側から四阿へと、風が吹き付けている。
加えてバラバラ……と、プロペラのような音がだんだんと大きくなってきた。
僕達は顔を見合わせ、四阿を出て、揃って空を見上げた。
校庭の数十m上空。そこにホバリングする機体があった。
花びらが飛んでいく。
「なんだアレ」
「ヘリ……だね」
そう、それはヘリコプターだった。
横の扉が空き、今まさにハシゴが下ろされ、男が降りてくるところだ。
なにやら叫んでいる。
風とヘリの音で、その声はとても聞き取りづらかった。
男がハシゴを降りながらわめきちらしている、というのは絵面としてわかる。
「なんか言ってるね」
どれどれ、と風香さんは目を細める。
「『高山一郎だな! 誘拐するから悪く思うなよ!』だとさ。
宣戦布告型だな」
「……派手な登場だね」
「『風を使う護衛がいると聞いて、より強力な風を起こす、このヘリできてやったぞ! 目には目を、歯には歯を! 風には風だ!
どうだ、手も足も出ないだろう! 俺もだいぶ動きづらいけどな!』
……口の動きを読むのもバカらしくなってきた」
確かに風がすごい。ヘリが近づくにつれ、僕はだんだん立っていられなくなってきた。ズズ……と足が後方へ滑る。
横の風香さんはまるで無風のように立ち、呆れた顔をしている。
「一郎、ちょっと離れてろ」
「そうしたいけど、今ちょっとでも動いたら飛んでっちゃいそう……」
情けないが、すっかり足手まといになっている。
「しょうがねぇな」
風香さんはパーカーを脱いだ。
僕の手をとり、そのまま一本背負いの体勢になったかと思うと僕をおんぶし、パーカーの袖をひも代わりに、僕ごと風香さんのウエストで結んだ。
「えっ」
「行くぞ、しっかりつかまってろ」
「ちょっと待ってこれって」
「戦ってる間に他の奴に連れ去られるかもしれないだろ。くっついてろ。
それにしてもこの私に風で挑むとはな……後悔させてやるよ!」
彼女は腰を落とし、スタンディングスタートの体勢になった。僕は必死でしがみつく。
もしかしてと思う間に、助走をつけ、僕達の目の前に柵がせまり、風香さんの足が浮き、柵も蹴り。
僕達は空中にいた。
「うわぁ! 落ちる!」
「落ちねぇよ安心しろ」
「……へ?」
吹き荒れる風をものともせず。
足にジェットエンジンでもついているみたいに、風香さんは僕を背負ったまま敵の元へ飛ぶ。
ハシゴにぶら下がる男には目もくれず、ヘリ本体へと向かう。
フロントガラスの向こうでパイロットが驚くのが見えた。
風香さんは大きく右足を引き、
「おらよっ」
軽い掛け声とともに蹴りを放った。
ぶわっ、と風圧が生じ、回転していたプロペラの動きが止まる。
逆方向に風をぶつけたんだと理解した時には、風香さんはもう一蹴り放っていた。
たったそれだけで、竜巻が生じる。
「じゃあな」
まるでおもちゃみたいだ。ヘリコプターはぐるぐると不本意な旋回をしながら、ハシゴにぶら下がる男と共に上昇していく。
「行先は海にしてやった。頭を冷やしな」
「すっご……」
僕は心の底から感動していた。
彼女がいなかったら、僕は今日とっくに誘拐されていただろう。
こんなに涼しい顔をして、刺客をいとも簡単に退けるなんて。
ヘリはもう小さい。
最後に負け犬の遠吠えが聞こえた。
「くっそー! 化け物め!」
そう、はっきり聞こえた。
屋上に戻ろうと飛んでいた彼女の肩が、ビクッと震えた。
ふわり。
屋上庭園へと降り立ち、風香さんはパーカーの袖をほどく。
僕は久しぶりに足を地面につけた気分だった。まだふわふわしている気がする。
「ありがとう、助かったよ」
「……ん」
向き合った風香さんの表情はやや暗い。
さっきの「化け物」が響いているんだろうか。
「風香さんの風を操る力は本当にすごいね!
その……超能力かなにかなの?」
できるだけ明るい声で聞く。
自分でも何言っているんだと思うけれど、でも、聞かずにはいられなかった。
「最初に聞くところだろ、それ」
風香さんは、フッと口元で笑う。
その目は寂しそうだった。
彼女は胸の前から横へと、手を振る。
それだけで風が生じる。
「妙な力だろ。
ただの人間がかまいたちを起こし、竜巻を起こし、空を飛ぶ。
ずっと昔、祖先が風の神様と友達になって、力をもらった。それからうちの一族は皆この力を持っていたらしい。
私のこの赤い目と赤い髪は、力がある証なんだ」
だから親のどちらにも似ていない、と風香さんは重い声で言った。
「そのうち、力を持って生まれてくる子がだんだん少なくなって……私の父は力を持っていないし、同じ力を持って、護衛の仕事をしていた祖父ももう死んだ。
親にも疎まれてるんだ、母親にも言われたよ、化け物って」
「そんな……」
しょうがないさ、と彼女はつぶやく。
「小さい頃はやたら力を使って迷惑かけたからな。転校だってしょっちゅうしたし。自分がやらかしてしまったんだと気付いたのは、親が愛想をつかした後だった。今だって、家にいてもいなくても同じ……」
どんどん暗くなる声のトーン。落ち込んでいく彼女。
それをどうにかして止めたくて、僕は一歩、踏み出した。
「でも、昔の僕はその力で助かったんだよ、風香さん」
瞬間、そよ風が吹く。
「え?」という顔で、彼女が僕を見る。
僕はさらに、彼女へ近づく。
赤い髪に手を伸ばそうとしたが……その手首が震えた。スマートウォッチに着信。
お父様からだった。