プロローグ
どっどど どどうど どどうど どどう
「――ぜったい、ゆるさない」
その子が立ちはだかったとき、音が聞こえた。
風の音というには、あまりにも強かった。その子のまわりに竜巻ができて、看板がくるくると巻き込まれ、紙くずのように空へのぼっていく。
うつむくその子の、赤い髪が舞い上がる。綺麗だな、と思った。
ぼくをつかんでいる、悪い大人たちが騒ぎだす。
「このガキ、さっきの公園からここまでついてきたのか」
「一体どうやって」
「それにこの風……なんなんだ」
「いいからさっさとどけろ!」
風は強さを増す。
その子を捕まえようとした大人たちは、もう前に進めない。
港の倉庫街、あちこちの壁や扉がみしみしと言うくらいに強くなる。
黒塗りの車が三台、大人たちは十人以上。
それなのに、ぼくと同じくらいの年のその子は一歩も引かない。力強い目で、大人たちをにらみつけている。
風の音に負けない大きな声で、その子はさけんだ。
「いっちゃんを、かえせ!」
――かっこいい。あんなふうに、ぼくも強くなれたら。
そう思った。
ぼくをかかえた人の足が、ずささ、と下がる。
そしてその子はすぅ、と息を吸い込み、空中に足を踏み出し――風に乗った。