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籠の外のカナリア  作者: null
五章 星降る瞳

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星降る瞳.3

天蓋の下に、日は差さない。それなのに、胸には温もりが灯っている。

 真宵は次第に異様な熱量を帯びていった話を終えると、ひと休憩だと言わんばかりに息を吐き、私の体にもたれかかってきた。


 眠るように目蓋を下ろしたまま、真宵のたおやかな唇がもぞもぞと動く。


「…これが、私が莉亜のことを好きになった理由」


 最後の台詞を編んだ彼女が、満足そうに微笑んだ。


 言い切った、と思ったのだろう。


 だが…。


「とどのつまり――私の見た目を好きになったってこと?」


 それを聞いて、真宵ががばっと起き上がる。どうでもいいが、マットが柔らかすぎて、少し動くだけで激しい波が立つ。


「え、嘘、今の話を聞いた感想が、それぇ…?」


 明らかな失望が真宵の瞳に浮かんだのを見て、私はムッと唇を尖らせる。


 がっかりしたのは、そちらだけではない。


「だって、事実じゃない」

「いやいや…いやいやっ!ほら、見て!」と私そっくりの、『あかの他人』が描かれた絵画を指差す。


「私が小さい頃から大好きだった絵のモデルと、こんなにそっくりだったんだよっ!?恋人作れって言われて入った学校でそんな人と出会ったら、それはもぅ運命じゃん!この人と結ばれるしかないって思うじゃん!?」


 怒涛の勢いに押し流されかけるも、ぐっとこらえて強気な態度を維持する。


「そんなこと言われても、私には関係のない話じゃない。私は、どこの誰とも知らない人に似ているから好きになったと言われても、嬉しくないわ」


 まさか、こんなことを言われて私が小躍りして喜ぶと思われたのだろうか。だとすれば、私はよほど能天気に思われていると見える。


 しかも、恋人を作れば転校する、というのは意味の分からない話だ。もしや、私をその条件を満たすために体よく使うつもりだったのではないか。


 不信感を眼差しに込めて、じろりと真宵を睨み、体を押し返す。それでさすがに私の気持ちが分かったらしい、彼女は慌てた様子で手を振った。


「ち、ち、違うよ!?そんなんじゃないからね!?」

「…私、何も言ってないわ」

「だって、目が!疑いに染まってるよ!?私が条件を達成するために莉愛を恋人にしたって思ってるでしょ!」

「あら、違うのかしら」素気無くぼやけば、ますます真宵は早口になった。「違うって!それなら、さっきお母さんにすぐ恋人だって言ってるよ」


 それはたしかにそうだ。条件を満たすためなら、すぐにでも母親に報告すればいいだけだ。


 とはいえ…そういう問題だけじゃない。


「でも、貴方が私の『見た目』に惹かれたという事実に変わりはないわ」

「そうかもだけどぉ…」


 すると、唐突に真宵が目を丸く見開いた。そして、すぐににやけ面になったかと思うと、人差し指で私の肩をぐりぐりいじり始めた。


「もぉ、そういうことかぁ、そういうことだね!」

「はぁ…?なに、ちょっと、痛い、うっとうしいわ」

「つ・ま・り、もっと中身のことを好きになってほしかった、ってことでしょう?早く言ってよぉ!」


 図星を突かれて、一気に体が熱くなる。そして、その熱くなった体に真宵が勢いよく飛びついて来る。


「きゃっ」と小さな悲鳴と共に、私の高い背丈が特上のベッドに押し倒される。一緒になって倒れてきた真宵が体をすり寄せて来るのが、恥ずかしくて、嬉しくて…むずむずして、たまらなかった。


「きっかけは確かに見た目だけど、今はそうじゃないよ」


 付き合って初めて、真宵のほうから私に触れてきた。それだけで、イライラは飛んだ。


「莉愛の艶っぽいクールな声が好き、理知的な言葉で綴る莉愛の誠実な考え方が好き、迷ったり、不安になったりしても、立ち止まらないで足掻くところが好き、あとあと…たまに強引になるところも、やらしくなるところも好き!」


 下から覗き込んでくる真宵の瞳に、吸い込まれそうになる。


 駄目だ、この感覚は。


 止まらなくなる。


 私は自分の手綱を握るため、真宵から視線を逸らして天蓋を見つめた。


「さ、最後のは…余計よ」

「えへへ」子どもっぽく笑った彼女の頭が、私の首筋に寄せられた。「これからはもっと頻繁に、具体的に伝えるね」


 自分が言いだしたことだが、別にそこまで求めるつもりはない。


 そんなことをしたら、私のほうがどうしたらいいか分からなくなりそうだ。


 一先ず、この話題については納得できた。まぁ、冷静になって考えれば、真宵が条件のためだけに私と一緒にいるはずがないことぐらい分かるのだが、どうしても不安になってしまった。というか、あれだけの言い分では納得したくなかったのだ。


 私たちは、しばらくそうして二人で寄り添っていた。何度となく、今すぐ起き上がり、真宵のことを抱きしめ、酸素を求めて唇を貪りたいと思ったが、どうにかこらえた。


 やがて、むくりと真宵が起き上がった。


 幸せそうな顔に、くらりとする。きっと、私も今同じ顔をしていると確信できた。


 天蓋の下に、日は差さない。それなのに、胸には温もりが灯っている。


 真宵のほうから、そっと、触れるだけのキスをしてきた。幸せ、という言葉が体中に広がる。


「夕ご飯、準備しよっか」

「…ええ」

「莉愛、何が食べたい?」


 脳裏には、貴方、という言葉がよぎった。


 最低な自分、と顔を歪める一方、こういう欲望に素直な自分のことも真宵は認めてくれるのだと安心もした。



 夕ご飯は二人だけで食べた。てっきり、真宵の母親である彩も同席すると思っていたが、彼女は作業場にこもったまま出てきそうにないらしかった。


 インスピレーションを感じたときは、自分もよくあることだ、と真宵は事も無げに説明したが、私に気を遣ったのではないかと申し訳なく思った。


 必死になってお風呂の同伴を求めた真宵を跳ね飛ばして、先にお風呂を頂く。


 浴室もやたらと広く。何人同時に使う前提なのかと不思議に思った。


 風呂から上がり、大きな窓が並ぶ廊下を歩く。窓の外には漆黒の夜が翼を広げていた。


 星が呑まれてしまっている。綺麗な夜だ。


 気付けば、鼻歌を歌っていた。ずっと昔に聞いていた、優しい歌だ。


 部屋に戻れば、真宵が絵を描く準備をしていた。もう、顔が本気モードに入っている。真剣で隙のない顔つきである。


「お風呂、ありがとう」

「うん…」上の空の返事。これはもう仕方がない。


 モデルとしての服を着替えるよう言われていたため、私は着慣れないレースのついた黒のロングネグリジェで身を包んでいた。


 ベッドに腰かけて、真宵を待つ。


 夜がこんこんと更けていく。真宵はそのまま夢の中にいるみたいにお風呂へと消えて行った。


 三十分ほどすると、ばたばたと足音を立てて真宵が戻ってきた。この間購入した恋愛小説を読んでいたのですぐには気が付かなかったが、真宵の血相が変わっていた。


「お、お、お…!」


 トドみたいだ、とどもる真宵を見てぼんやり考える。


「お、お風呂上がりの莉愛――あぁ…見過ごしたっ…!もう、色々と手遅れぇ…」

「…はぁ、馬鹿」


 きちんと髪も乾かしていない真宵に、さっさと色々と済ませるよう伝える。彼女は明らかに落ち込んでいたが、絵を描く時間がなくなると考えたのか、私の言葉に大人しく従った。


 真宵の様子が落ち着いたのは、もう十一時近くになってからだった。


 うつらうつらしていると、誰かが肩を叩いた。引き上げられるようにしてまどろみから戻ると、目の前に真宵の顔があった。


「描くよ、莉亜」


 眠気も吹き飛ぶほどの真剣な面持ちだった。私は軽く頷くと真宵が導くままに従い、窓枠の向こうを覗いた。


 夜は、さっきよりも美しく見えた。夜が深まったのか、それとも、私が一人ではないからか。


「明かり、消すね」


 そんな状態で絵を描けるのか不思議だったが、とりあえず頷く。


 ふっ、と一瞬で光は死んだ。いや、ぼんやりとだが真宵の手元にだけ生きながらえている。どうやら、小型の照明が置いてあるようだ。


 光が消えたことで、窓の向こうはますます神秘的になっていた。


 星の光がないのに、あらゆる影の輪郭を目でなぞることができた。雲の隙間から木漏れ日みたいにして降り注ぐ月光のためかもしれない。


 もう、そこから先は真宵の指示などいらなかった。


 どれだけの時間、そうして外界を眺めていただろう。


 頭の中には無数の景色、特に中学生の頃のものが多かった。水姫に救われてからの思い出ばかりだ。


 話さなければならない。たくさん、傷つけてしまった。


 覚悟がいるだろうか…、きっと、いるだろう。平気で前言を撤回できるほど面の皮は分厚くない。だが、このままにしていられるほど、無神経でもない。


 あの男の期待に応えるためでは断じてない。


 私の魂がそれを望んでいる。


 彼女のおかげで変わりつつある、私の奥底が。


 じっと窓の向こうを見ていてくれと言われていたが、私はついつい、真宵のほうへと視線をやってしまった。


 刹那、真宵と目が合う。そういえば、目が合った状態を描きたいと言っていたはずだが…。


 真宵が息を飲んだのがここまで伝わってきた。彼女は切なそうな吐息と共に道具をそばのテーブルに置くと、立ち上がって私のそばに来た。


「…どうしてだろう、上手く、描けないや」

「筆が進まないの?」

「いや…描けてはいるし、悪くはない仕上がりなんだけど…もっと、やれる気がする。今日の私なら、もっと、莉亜の本当を描き出せる気がするんだ」


 やはり、性根はどこまでも芸術家肌なのだろうか。感覚的な言葉が多くて、直感的に真宵の発言に頷くことは難しい。


 すると、不意に真宵が動きを止めてからしみじみと言った。


「綺麗だね、莉亜の瞳」

「…ありがとう、嬉しいわ」


 普段なら恥ずかしくて言えない言葉が、夜の魔法で押し出される。


「まるで、星が降っているみたい…」


 瞳を覗き込むため、背を曲げた真宵が花に吸い寄せられるみたいにして私に口づけを落とした。自分でも驚きだったらしく、離れた顔には丸々と見開かれた瞳が二つ、乗っている。


「――…そっか、こんなに眩しいなら、月の光なんていらないんだ…」

「それって、どういう…」


 閃きが真宵の両目を駆け抜けたかと思えば、瞬く間に体を引きずられ、ベッドに放り込まれる。


「きゃっ」


 普段の何だかんだ優しい手付きではない。今日は明らかに乱暴だった。


 投げ込まれた私は、真宵、と彼女の名前を呼ぼうとした。だが、それよりも早く覆い被さってきた真宵に、無理やり言葉の自由を奪われる。


 撹拌された互いの酸素。


 間近で見つめ合った妖星の如き瞳から放たれる、劣情と陶酔した光。


 そして、闇、闇、闇。


 久しぶりに、真宵がこういう人間だということを思い出させられながら、私は苦しさのあまり彼女の体を押し返す。


「ま、真宵…!」ようやく息ができたと思ったのも束の間、再び口を塞がれて、四方の感覚も覚束なくなる。「んむっ…」


 真宵は私の唇を貪るだけでは飽き足らず、激しく私の体を撫で回した。


 それが意味のある行為なのかは、知識のない私にも分からない。ただ、明確な目的があるというより、満たされぬ何かを満たすために、私の体に触れているような気がした。


 さすがに、へそから首筋までを撫で上げられた際には、私も身を固くして真宵に苦言を呈したため、彼女はほんの少しだけ身を離し、私に跨ったままじっと恍惚とした瞳でこちらを見下ろした。


「綺麗だよ、莉亜…」


 心ここにあらず、といった感じで真宵がぼやく。少しだけ心配になって彼女に手を伸ばすと、すぐに両手を掴まれ、頭の上に押し上げられた。ぎこちない、焦った様子でネグリジェのボタンに手をかけられ、息が止まりそうになる。


 はだけた胸元、月明を食む青白い肌。


 それを見て、真宵はまた一つ色っぽい吐息を漏らす。


 眼前に、真宵の顔が迫る。またキスされると思っていたが、なぜだか、彼女は驚愕した様子で固まっていた。


 やがて、彼女は嬉しそうに跳ね上がると、私に今の姿勢でじっとしていろ、と命じた。


「ま、真宵、どうするつもりなの?」

「いいから、じっとしててね」


 何を始めるのかと思えば、真宵はまた絵を描き始めた。どうやら、納得のいく構図が見つかったらしい。


 それからは長かった。時間の感覚が麻痺するほど、真宵は絵を描くことに没頭しており、私が少しでも動くと、「動かないで」と短く宣告した。


 私は緊張感と昂揚感、高鳴る鼓動と疼きで眠ることはおろか、身動ぎ一つできなくなっていった。


 はだけた胸元、抵抗をかなぐり捨てて、相手を誘うみたいに掲げた両腕…。


(こんな無防備な姿で、じっとしていろだなんて…)


 酷く自分勝手ではあったが、今の真宵にそれが分かるとは思わなかった。それほどまでに彼女は一心不乱な様子だった。


 それに…私も嫌ではなかった。


 そうして、再び長い時間が流れた。白み始めた空の光が窓の向こうから、この一室にもたらされた頃、ガタン、と真宵は立ち上がり、ふらふらとした足取りで私のいるベッドに倒れ込んできた。


「終わったの…?」


 短く問いかけるも、真宵はうつ伏せで横たわったまま反応しない。


 それでも何度か話しかけていると、ようやく真宵は首だけ上げて、「寝る」と発し、それきり動かなくなった。


 夢の終わりみたいに、突然置いていかれてしまった私は沸々と煮えたぎり始めたものを感じ、真宵の体を揺さぶる。


「こっちは貴方のせいで色々と考えて眠れなくなっているのに…!起きなさい、真宵!自分だけ眠ろうなんて…え、嘘、もう眠ったの…!?」


 一体、どうしてくれるんだと肩を落とす。


 窓辺に寄って来た早起きの鳥が、ぴぃ、と一つ鳴いていた。

ご覧いただき、ありがとうございます。


最後の章になりますので、ここまでお付き合い頂けたみなさんには、最後までご覧になって頂けると恐縮です。

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