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籠の外のカナリア  作者: null
プロローグ
1/28

失恋

初めまして、ご興味を持って頂き、ありがとうございます。


百合作品の投稿を続けています、an-coromochiと申します。


今回は尖ったシチュエーションではなく、王道の学生百合を書いております。


百合に興味があるという方は、お暇なときにでもご覧になって頂けると嬉しいです!

 少女は息を吸うと、胸に手を当てた。


「ヒロ、ずっと好きでした!私と付き合って下さい!」


 ずっと高く、天に抜けるような愛らしい声が、校舎裏に生えている桜の木の下で木霊する。


 学園の設立と同時に植えられ、校舎の再建の折、正門と裏門が移り変わったことで日陰に押しやられたその古い木は、今では人を呼び出すときぐらいか、写生授業のときぐらいにしか使われない。


 そういう意味では、彼女の利用用途は正しいのだろう。


 声をかけられた男子生徒が、驚愕した様子で目を丸くした。


 それからややあって、ぽかんと開けていた唇をキュッと結んだかと思うと、端正な顔立ちに似つかわしい、柔らかそうな頬を指でかきながら微笑んだ。


 彼女の告白の返事をするのだろう。


 それを察して、私は踵を返した。


 降り積もった桜花の死骸たちを踏みつけにする。重い足を持ち上げる度に舞い上がる薄桃色には、人知れず散った私の想いなど想像も出来ないことだろう。


 桜はずるい。咲いている間も愛されるくせに、散り際まで美しいのだから。


 答えなんて、聞くまでもない。日頃の二人を見ていれば火を見るより明らかだ。


 大きな声で、彼女が喜びの声を上げるのが聞こえる。その姿を見なくても、飛び上がって喜んでいる様が想像出来る。


 これで良かったのだ、と言い聞かせるように胸のうちで呟き、一刻も早くその場を去りたい衝動に身を任せ、私は校舎裏という舞台から消えようとした。


 そのとき、後方から天使のような声が私の名前を呼んだ。


「莉亜!」


 反射的に首だけで振り向く。彼女に名前を呼ばれれば、そうするように躾けられた犬みたいに。


 春の柔らかい日差しを受けて輝く、美しい栗毛色の髪。天真爛漫という言葉がぴったりの彼女――日乃水姫は、明るく朗らかな表情で私を見つめ言った。


「莉亜のおかげで、ヒロと両思いになれたよ!本当に、本当にありがとう!」


 私は今にも駆け寄って来そうな彼女を、片手をかざして制止すると、穏やかさを装い、静かに口元を曲げた。


「私は何もしてないわ。ただ…水姫が頑張っただけだよ」

「違うよ!ずっと、私の背中を押してくれてたのは――」


「そんなことより」と私は相手の言葉を遮った。「…彼が待ってる。お幸せにね、水姫」


 体を反転させて、今度こそ、舞台から下りる。曲がり角を曲がる途中、視界の隅に映った、抱き合う二人の姿に胸をかきむしられるような想いが湧き上がった。


 とうとう言葉にされることのなかった私の中の感情は、やがて蛇にも似た形に姿を変え、私の首を締め始める。


 自己犠牲、と呼ぶには、あまりに傲慢だろう。


 じわりと、視界が涙で滲んだ。こぼれ落ちないよう天を仰ぐと、宙を舞う桜の花びらが霞んで雪のように見えた。


 こんな姿を誰かに見られたら、折角、押し隠した気持ちが白日のもとにさらされてしまう。


 そうなれば、水姫に軽蔑される。その姿を目で追うことすらも叶わなくなる。


 校舎裏からすぐの中庭は、放課後の静謐に満ちていた。聞こえてくるのは、校舎の向こう側のグラウンドで響く運動部の声だけだ。


 静けさが、やたらと胸に染みた。その拍子に、無様に鼻水が垂れそうになったため、慌ててすする。


(これでよかったのよ…水姫に私の汚い感情を悟られるより先に…離れなきゃいけないんだもの)


 そんなことを考えつつ、中庭を突っ切って校舎に入る。訳も分からない苛立ちで、唇を噛み締めていた。


 舎内に入る寸前で人にぶつかったので、「ごめんなさい」と涙混じりの情けない声で謝罪する。


 そのまま誰もいない教室に戻って来た私は、さらに人気のないベランダに移動した。真下は、遠方より通学している者だけに許されている、原動機付き自転車の駐車場となっている。


 膝を抱え、蹲る。両足の間に頭を突っ込んだ私の姿は、きっと不格好なダルマみたいで、見ていられないことだろう。


 じわり、と目に当てられていた制服の袖が濡れる。涙が止まらないことが酷く忌々しい。


「水姫…」ぼそりと、無意識的に漏れた自らの言葉に驚き、ぎゅっと歯軋りした。


 今日、私の親友でもある水姫の恋が成就した。


 記念すべき日だ。大事な親友が幸せの寝台に横たわった日なのだから。


 そして、私、風待莉亜にとっても、記念すべき日であった。


 中学生の頃から続いていた水姫への初恋が、跡形もなく砕け散った日なのだから。


(私が男だったら…こんなことにはならなかったのかしらね)


 ほんの少しだけ上げた視線の先で、まだ沈むには早い春陽が、私の気持ちなど知らないふりをして輝いていた。

平日は隔日、休日は連日続きを投稿します!

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