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短編集

王子様に婚約破棄された根暗令嬢は、今まで隠してきた特技”魔法剣技”で優しく『ざまあ』する

作者: 星乃カナタ

「お前と婚約破棄させてもらうぞ、根暗女」


 私の婚約者である王子アルセドがそう言い放った。

 リディアス王国の王城にて行っていた、貴族や他の令嬢、他国の王子や王様が集う──王子アルセドの生誕二十周年祭。

 そんな公衆の面前で、そう、高らかに、怒りの混じった声で。

 彼はそう言ったのである。


「え──?」


 この国の王。

 その王子にして、政治に関してはとても権力のある彼は……私を見限ったのである。私は動揺して、喉から声が出なかった。

 いや、正確にいうと。

 声は出たのだけれど、それは言葉ではなかった。


 理解出来ない。

 ちょっとした啞然。


「な、なんで……ですか」

「そんなの、決まっているだろう。お前が根暗だからだよ。いつも下を向いていて、内向的で、コミュニケーションもろくに出来ない」

「……」

「要はだな。お前は、オレの婚約者に相応しくない。見合わないんだよ! うちの王様(おやじ)は何故かお前をオレの婚約者に仕立て上げたが、そんなのゴメンだ」


 パーティーの参加者たちが、突然始まった修羅場にざわついている。


 ……それはあまりに突然過ぎて、私にはざわつくことすら出来ないけれど。


「なんだお前は、なんなんだアジル・クリスフィ。何故──お前はそこまでに魅力がないんだ」


 突きつけられる事実に胸が痛くなる。

 確かに彼の言う通りだった。

 私は顔を俯かせて、目をつむる。

 グサグサと降り注ぐ言葉の刃には、反論することが出来ない。というか、反論することは許されていない状況であった。


 なんで。


 なんでなんで。

 なんでなんで。

 なんで、なんで?


 根暗なのは、悪いことなのか──?


 場の雰囲気なんか無視してそう嘆きたいけれど、”私の胆力”じゃそんなことは出来ない。

 それが、アジル・クリスフィが婚約破棄された理由だろう。


 セミロングの赤髪に赤い瞳を持つ、どこにでもいるような容姿であり、根暗だったからこそ──。

 私は婚約破棄されてしまったのだ。


「…………すみませんでした」


 周りの視線には、棘がある。

 勇気のある自分ではないので、実際に顔を上げて……周りの視線がどんなものなのか、確認することは出来ないけれど。

 この程度、確認出来なくても分かる。


 どうせ、


『やっぱり、あんな根暗女。婚約破棄されて当然だわ』

『家系が良かっただけで、あの子自体はあんまり良くなかったからねえ~』

『滑稽話だな、こりゃあ! 酒が進む!』


 みたいなことを考えているに違いない。


 ……そう考えると、背中から悪寒がたって居ても立っても居られなくなった。勢いのまま、倒れてしまいそうだ。でも、それでいいのかもしれない。

 こんな悪夢みたいな状況に……卒倒してしまいたい。

 倒れて、何もかもが夢だったと気が付きたい。


 けれど、これは紛れもない現実だった。

 私の額から汗が滴る。


「やっと、お前も気付いたか? お前っていう存在は、どうしようもなく、終わりなんだよ」


 彼のその発言は致命傷だった。

 決して物理的なモノではなかったけれど。

 精神的に言うのならば、確かにそれは致命傷に該当していた。


 アジルの心に、ヒビが刻まれる。


「うっ……」


 頭が痛い。

 そのせいか、バランスを崩してその場で倒れかけてしまった。体の重心がブレて、ふらりと舞うように倒れる。


 のだが。


「大丈夫ですか」


 ふと、その時。

 誰かが倒れかける私の肩を持って支えてくれることで──倒れるのが、防がれるのだった。

 こんな時に、誰だろうか。

 声からして、若い男の人だろうけれど。


 瞑っていた目を開いて、その人を見た。


「えっ……」

「どうしましたか」


 そこにいたのは、美少年だった。

 いや、もう……大人になるごろぐらいの歳かもしれないけれど。少年のようなあどけさを残した白髪ウルフカットの貴族らしき少年。

 まるで白馬の王子様みたいに、彼はいた。


「い、いや……っすすすすすすすす、すみませんっ! ありがとうございます──」

「いえいえ。というか、そこまで驚かなくても……」


 そこで彼が、この状況を睨んでいるアルセドに聞こえないぐらいの声量で、私に耳打ちした。


「流石に……あれは、酷いと思いますし」

「…………」

「僕の名前は、シュノ・クレイアです。以後お見知りおきを」

「も、もちろんですっ!」


 シュノの微笑む姿を見ると、ちょっとだけ胸がドキっと高揚してしまう。まるで乙女みたいに、何も知らない町娘みたいに。

 ……最も、実際に私はそうなんだけども。


「そこまで緊張しなくても良いんですが」


 そう優しく私を気遣ってくれる美少年とは対照的に。

 先程私を婚約破棄した王子様が嘲笑しながら、大声をあげて言った。



「──おいおい! そこの小僧、ソイツはただの根暗女だぜ? 優しくしたところで、損しかないから……オススメしない! ハハハハハ!!」



 まさしく、嘲笑。

 そこでやはり、と私は辺りを見渡して知った。

 パーティーに参加しているほぼ全員が、私に対して、奇怪なモノを見る目を送っていた……そのことを。


 やっぱり、そうだったのだ。


 だがしかし、彼は違う。

 シュノ・クレイアは違う。


 なんと彼は、王子に反論したのである。


「アルセド王子」

「なんだよ、俺の言葉に反応するっていうのか? この低級貴族程度が」

「無礼を承知で、僕の話を聞いていただきたい」

「……はっ、なんだよ」


 先刻までざわついていた会場が、一瞬にして静寂に満ちた。当然と言えば当然。普通の神経を持つ人間ならば、まず『王子様に反抗する』なんて思考には思い至らないのだから。


 だからこそ。

 この空気で発言することが許されているのは、王子とシュノの二人だけだろう。

 私はそう確信していた。


「いくら彼女の性格に難があろうと、この仕打ちは酷いと思います。……それに、根暗だからどうしたんですか。それはただ、マジメで堅実な性格なだけなんじゃないですか?」


 地獄のような世界。

 みんなからの視線を集める中で。

 先制攻撃をしたのは、私の隣に立つ少年のほう。


 彼は、臆することもなく王子様の意見に堂々と反論を述べていく。


 ……凄い。


「あ──?」


 しかし、相手はかの王子だ。


 アルセド王子。

 子供の頃から、まさに王子様という感じで……誰からも妨げられることなく、周りからチヤホヤされながら育ってきた暴君。

 彼の暴力性は、国民の裏でかなり恐れられているものだ。


 それはきっと、この会場にいる人間たちにとっても例外ではないのだろう。王子の怒りが混じった疑問形に、参加者たちは肩をビクつかせていたのだから。


 だが例外もいる。

 それが、シュノ・クレイア。


「王子様の、彼女に対する仕打ちは……酷すぎます! 婚約破棄は撤回しなくてもいいですが。謝罪してください。少なくとも、こんな公衆の面前で王子様がする仕打ちではないですよ」

「テメエ、なんつった?」

「分からないなら、もう一度言わせてください」


 空気がピりついて痛い。



「──謝罪してください。アルセド王子」



 その言葉が分水嶺だったのか、彼がそう求めた刹那に。

 王子の怒号が飛んだ。アルセド王子の目つきは、まるで虎のように鋭く、憎しみが込められていた。


「テメェ! 聞いていれば、無礼が過ぎるじゃねえか!! ──おい!」

「どうやら、沸騰石を入れ忘れたようですね。……失敬」

「なんだって!」

「なんですか? 事実を比喩しただけですよ、ちょっとだけ。貴方みたいに、意地悪に言っただけです」


 毒を以て毒を制す。

 棘を以て棘を制す。


 そう言わんばかりの勢いだ。

 王子様の激昂が予想通りだ、と言うように彼は作り笑顔のまま……皮肉交じりに彼を批判する。


「クソが、お前みたいなクズを招待したのは誰だ? あ!? ったく、せっかくオレが楽しんでいたパーティーが台無しだぜ。おい、そこの見張り兵士ども! そいつらクソ共を追い出しやがれ!」


 だがしかし、私はもうただの婚約破棄された令嬢。

 彼だって、いくら我が強いとはいえ、……王子様にたてつく程の権力は持っていない貴族身分。


 王子様に、権力などで勝つことなど不可能だった。


 彼の命令により──会場の入口付近で見張りをしていた、甲冑姿の兵士たちがコチラへと走り寄ってきて、まずフィノを拘束する。

 同時に私も拘束されてしまった。

 抵抗しようとしたけれど、動揺して手も足もまともに動かない。


 まずい。


「くっ!」

「きゃっ!」


 乱暴な力で、兵士は私たちを拘束した。

 ……ああ、あああああ。

 わざわざフィノさんが助けてようとしてくれたのに。

 全てが無駄になってしまった。

 私の所為で、犠牲になってしまった。


 私なんかを庇おうとして、身柄を拘束されてしまったのだ。


 その事実を一瞬で理解した私は、更なる絶望に叩き落される。


 ……信じられない。

 そんなこと。おかしいでしょう、そんなこと。


 なんで私の人生は、ここまで不運続きなのだろうか。

 なんで私の人生は、ここまで人を不幸にさせるのだろうか。


 途方もない、途轍もない絶望。

 終わり。希望の途切れ。

 希望的観測もなく、ただ号哭を吐く余裕すらない。

 ダメだ。もうダメだ。

 何もかもが無駄だったのである。



「大人しくしろ、無礼者共め!」

 兵士が叫ぶ。



 兵士は力強く私の背中に回した両腕を握りしめた。それでいて、私たちを会場の外へ連れ出そうとする。


 ────暴れようとするけど、ダメだ。


 これ以上暴れてしまったら、……また優しい人を傷つけてしまうだろう。フィノさんを、傷つけてしまうだろう。なにせ私たちを拘束した兵士は、腰に剣を携えていたのだから。

 もしこの行動に反抗したら、彼らは剣を抜いて、即刻処刑──なんて恐ろしい事に、出てしまうかもしれない。


 あのアルセド王子なら、その命令を下しかねない。

 あり得る未来だった。


 だがしかし。

 そんな悪夢は──案外、簡単に瓦解することになる。


 私が暴れることは無意味だと悟った瞬間だった。


 パーティー会場。

 王城のある一室。その天井が、何者かによって破壊されたのだ。



 ──ゴゴゴゴゴッ! 



 物凄い轟音が周りに響いて。

 照明であるランプが割れて、地面に落ち、床を装飾していた”赤と黄色のお洒落なカーペット”に引火する。

 石レンガで造られた壁や床は崩れ落ちていく。


「な、なんだっ!?」


 明らかに動揺した声で、王子が言う。


 ……私たちも動揺に驚き、絶句していた。

 急に起こった奇怪な事件。一瞬にして、自分たちの周りを取り巻いた炎の渦たち。気づかぬ内に全員に迫っていた『死』の感触。


 何が起こったのか、全く分からない。

 フィノも、私も、それ以外の他の参加者たちも同様らしい。


「何が起こったんだッ!!」


 兵士たちも慌てふためき、私たちの拘束を解除する。

 そして、その時だった。私たちは……この惨状を引き起こした犯人を見る。──息を殺して、息を吸い込んだ。


 あ。

 隣にいたフィノが小さく漏らす。


「──焉竜種(ドラゴン)だ」


 壊れた壁や床。外に露出している部分から覗ける景色は……夜空だけではなかった。赤い鱗に、赤い眼、赤い翼、驚くことすら許されない巨体に、驚くことすら忘れてしまう覇気。

 そうだった。

 王城をこんな惨状にした犯人は、ドラゴンだったのだ。

 焉竜種(ドラゴン)。不意に、人が密集する町々に現れては、一夜も待たずに全てを焼き野原にしてしまう──災害。


 人々が恐れ、忌み嫌い、泣きわめく。

 悪魔を体現したような存在が、王都、しかも……王城を不意に襲撃してきたのだ。


 その驚きは、計り知れない。



「きゃあああああああ!? だ、誰か助けて!!! 誰かあああああ!!!!」

「やめて、死にたくない!!! 死にたく……アッ」

「やめて、やめてえええええ!!!!」



 理解が遅れて、追いついた。

 壊れた壁から顔を突っ込むドラゴンは、一人二人の参加者……貴族たちを噛み切った。ボリボリと、ただ餌を食べるように。

 一瞬して食べられてしまった参加者数人。


 本当に地獄のよう。


 その景色を見た、他の生存者(さんかしゃ)たちは一気に逃げ出していく。さっきまで強気だった兵士たちも、一瞬戦おうとしたのか剣を抜いて相対するが、『一人の兵士がまた食べられた』為、他の兵士たちは剣を投げ捨てて、また逃げていった。


 ……ドラゴンとは、それほどまでに恐ろしいのだ。


「これは、……好都合です」

「……え?」

「ほら、この混乱に乗じて、一緒に逃げましょう」

「ま、まあ──は、はい」


 こんな時でも、彼は優秀で、冷静だった。

 隣に立つフィノは炎が渦巻く会場内で、煙を吸って咳き込みながらも、そんなことを提案する。

 それには私も賛成である。

 今のうちに逃げたほうがいいと、私も思っていた。


 まあ性格が根暗なので、ハッキリとした意思表示は出来ないのだけれど──。


 私は彼が差し伸べてくれた手を取って、立ち上がって出口の方を見た。出口の方は幸いにして、まだ炎が届いていない。


 良かった。

 逃げれる。

 そう、私は安堵の息を漏らした。


 が。


「や、やめてくれええ!?!? く、クソっ!! お、オレに近づくなよ!!!」


 聞き覚えのある男の声が、情けなく聞こえてきたのである。誰の声だろうか。そんな疑問の答えは、分り切っていた。

 そう。先程まで横暴にふるまっていたアルセド王子である。


 彼はどうやら腰を抜かしてしまったらしく。

 炎の渦の中で、ドラゴンに睨まれていた。

 今にも。

 今にも食べられてしまいそうである。



「彼は置いておいた方がいい。因果応報ですからね──」



 そんな終わり一歩手前の王子を一瞥したのちに、フィノがそう言う。

 というか、普通はそうするしかなかった。


 ドラゴンなんて、常人が倒せるものではないからだ。勇者や、剣聖といった名のある戦士たちではないと倒すことなど不可能なのである。


 普通の人間が彼に手を差し伸べようとしても。

 ただ一緒にドラゴンの標的にされて、食い殺されるだけで。


 酷く無意味な行動なのである。



「いや……、私は人を見捨てることなんて、出来ません」



 しかし、なんでだろう。

 私は馬鹿なんだろうか。

 いや、馬鹿なんだろう。

 ……私は彼を助けずにはいられない、と思ってしまったのだ。私は彼を助けなければならない。そしてちょっとだけ、見返してやりたいと思ったのである。


 ──それは本当に、ちょっとした感情であり実際には。


 実際には、人が無残にも死んでいく光景を『剣聖』として見逃すことは出来なかっただけである。


「って、おい……! 無理だ、危険すぎる!」

「大丈夫です……っ、さっきは──さっきは絶望していて、動揺していて、体が動かせませんでしたが。今は問題ないです」

「ど、どういうことなんだ?」

「──端的に言うと、私は『剣聖』ですから……っ!」


 そう。私は令嬢であり、剣聖という立ち位置の剣士であった。

 正確には、『剣聖』ぐらいの実力を誇る、自称剣聖だけれど。……小さな頃から、ただひたすらに剣の修行をしていたことにより身についた技術。


 女の子なのに剣を習うのか? と両親に言われたりしたけれど。

 私は剣が好きだから、と肯定したエピソードを覚えている。


 女の子はふつう魔法を覚えるので……私は習得した剣技に魔法を交えて、戦う自己流を編み出したりもした。


 そして死ぬほど修行を積んだ結果、私はそのように強くなったのである。


 ……ただ、剣の修行に励むあまり────あまり友達をつくって、遊んだりしなかったのでコミュニケーション能力は著しく低い。

 それが、私という人間が根暗だと評価された最たる理由だろう。


「け、剣聖!?」

「そうです。正確には、それぐらいの実力を持つ、だけですけど!」


 そして。


 ────腐っても、私だって一般的な人間の道徳心ぐらい持っている。例え相手が、私に対してどれだけ酷い仕打ちをしてくれた相手だとはいえ。

 父上が王様と仲が良いからという理由で、婚約させられた相手だとはいえ。

 憎しみを持つべき相手だとはいえ。


 見逃し、殺すことは出来ない。

 私は助けることしか出来ないのである。


 ────だからこそ、体は自然に動いていた。

 ……ああ、体が軽い。


 修行の時に比べれば、何も苦しくない。


「アジルさん!」


 そこで彼が始めて、私の名前を呼ぶ。

 私はそれに呼応するように、根暗な自分をすっかり忘れて、……返事をした。先程に兵士が逃げる際落とした剣を拾い、握りしめた。


「シュノさん、私はあなたに感謝してます。……だから今度は、私は貴方を助けます。ここで私があのドラゴンを倒せば、貴方についてしまった汚名は晴らせると思います。


 なにせ、そうなれば──シュノさんは『王都を救った英雄を救った英雄』になるんですから!」


 ドレス姿のままで、炎の渦に突っ込んでいく。

 大して熱くはない。

 物凄い速度で移動しているので、熱さは私の脚に届かない。大丈夫。何も問題はない────っ!!


「なっ! お、お前……!」


 王子は啞然としていた。

 一瞬にして、ドラゴンの目の前へと到着する剣聖。


 そしてすぐさま。



風剣撃(ウィンド・ブレイク)!」



 魔法を交えた剣撃を放った。

 私はまず、部屋に顔を突っ込んでいたドラゴンの首を斬り裂いた。ただの剣撃に加えて、鋭い風が重なって威力が増す。

 自慢じゃないけれど、私の一撃は冗談抜き重い。


 それを私は、ドラゴンに対して三回喰らわせた。


 どうやらそれは、やはりドラゴンにとってかなりのダメージとなったようで。ドラゴンは首を縦にして、咆哮をあげた。


 両翼を広げて、飛ぼうとするドラゴン。

 それに対して、私は更なる追撃を加えていく。


 次は──、こうだっ!



炎舞(ファイア・ダンス)──剣砲(ガン・ソード)!」



 周りを支配していた炎を、私が両手に持つ剣に吸収させて……(まと)わせた。そしてそのまま剣の先端を、ドラゴンの翼へと向ける。

 すると、剣にとりついていた炎は一斉に、槍となって──ドラゴンの翼を貫通させ、燃焼させた。


「ギャアアアアア!!!!!」


 竜が叫ぶ。

 そしてそのまま、空飛ぶことは叶わず地面へと墜落していく。


 落ちていくドラゴンは、もう息絶えているかもしれない。

 それほどまでに、一瞬でドラゴンは致命傷を負ってしまっていたのだ。私の攻撃で、翼は燃え尽きて、体にまで炎が追いついて、首が切れかけていて。

 もう死んでしまっているかもしれない。


 ────されど、もう一撃。


「剣撃融合。『風』と『火』よ。轟き(あまね)けッ!

 ……風炎竜(デッド)五剣撃(ファイブ・ブレイク)!」


 落下中のドラゴンを、横に真っ二つに切り分けて、私はドラゴンが完全に絶命したことを確認した。


「はあ、はぁ、はあ──ッ」


 膝をついて、私は息を吐いた。

 疲れた。

 久しぶりに本気を出したから、疲れてしまったようである。脚が緊張と焦りを思い出して、震え始めた。

 今更感があるけどね。


「す、凄いな……凄い。びっくりしちゃったよ、思わず。アジルさん。おかげで、助かった──。みんなもね」

「……ほ、本当ですか?」

「本当だよ。そして、本当に君の言う通りになったらしい」


 疲れた私をいたわるように、彼は私に駆け寄ってきて、そう言ってくれた。──彼が一瞥した方向を見る。

 そこには、逃げ遅れた貴族たちが私たちを憧れ、敬礼の視線でこちらを見ていて、敬うように……拍手してくれた。


「ほら、ね」


 そう。

 私は──あやうく王都が破壊されるかもしれない災害を、一人で退けたのだ。自分で言うのはちょっと気恥ずかしいけれど。

 英雄になれたのである。


「凄い! 凄かった!!! さっきは……あんなこと言って悪かった! あんたは凄い!!」

「さっきは、ごめんなさい! 貴方は命の恩人だ!! 感謝してもしきれない」

「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」


 周りから聞こえてくる声は、私──アジルを称賛するものばかりだった。

 先程とは正反対の状況に、思わず何かが決壊して、涙をこぼしてしまう。……どうやら、根暗な私でも取り柄というものは、あったらしい。



 ◇◇◇



 あれから数日後の話。

 私は王都の中で、超有名人となっていた。

 ────王都壊滅の危機を救った大英雄だと讃えられたのである。……当初、アルセド王子は私の功績を否定していたのだけれど。

 他の上級貴族たち多数が『アジルさんはまさしく大英雄だ』と証言してくれたおかげで、私の功績は、私のものになった。


 ……王様からは、大金や名誉を貰うことになった。

 王城のメインフロア、部屋の奥に王座が置かれた『王の間』にて。長細い部屋の構造であり、その両端には兵士たちが立っている。


 半壊していた城の中で、『名誉授与』の儀式が行われる。


「令嬢にして剣聖の実力を持つ、アジル・クリスフィよ。国王……我が名【アルカド】を以て此処に宣言する。アジル・クリスフィは『英雄』だ! と。

 混乱を引き起こした災害、ドラゴンを見事倒した功績を讃え、その名誉を与えよう。


 また、アジル・クリスフィが望むのならば。

 可能なことは、全てしよう。

 金銭面での援助でも、豪邸の建築でも、王城に住むことでも。


 ……なんでもを、許可する!」


 そう。

 私たちが褒め称えらえるパーティーである……!


 私とシュノの周りには、様々な人達が来賓としてココに訪れていた。かなりの視線が私たちに集中するので、かなり私は緊張しています。

 脚はガクガクブルブル震えて……。


 王様から手渡される賞状を受け取る手も、震えます!


「ありがとうございます」


 私が賞状を受け取り深く一礼すると、拍手が巻き起こった。

 ひいいい。

 人多すぎ。


 というか、だけれど。

 英雄になれたとは思っていたけれど、そのおかげで貰えた名誉はともかく……『なんでも出来る』って。

 そこまでは想像していなかったので、怖気づいている。


 まさか英雄という存在が、ここまでとは……。


 そして、次。


「続いて、シュノ・クレイア」

「……え、僕もでしょうか」

「そうだとも」


 次にシュノの表彰があるらしい。彼はびっくりしていたけれど、私は表彰されて当然だと思っていたので大して驚かない。

 彼は凄いのだ。


「英雄を助けた英雄。我が息子の尻拭いをしてくれた……感謝すべき存在だ」


 ──感謝すべき。

 その通りである。


「同様に。貴族にして勇気を持つ、シュノ・クレイアよ。我が名【アルカド】を以て此処に宣言する。シュノ・クレイアは『英雄』だ! と。

 そしてアジルと同様の報奨金を与え、名誉を与え、何事も許可しよう」


 そう王様が宣言して、再び大きな拍手が巻き起こった。

 彼は深くお辞儀して、慎重に王様から賞状を受け取る。


「さあ、ではこれから……我が国の誇りある英雄たちを祝うパーティーを始めようではないか……!」


 王様がそう言うと、会場が沸き起こった。

 うおおお! 我慢していたぜ、と言わんばかりの声量で周りに立つ貴族や冒険者たちが叫んでいる。

 そう、このパーティーは授与式の後にお食事会を行う予定だったのだ。

 既にだが、この王の間には料理が並べられた円形テーブルが沢山設置されていて、準備完了。


 私もお腹ペコペコだし、楽しみだった。


 王城の料理とか、美味しいものばかりだから。

 ……あの王子様に婚約破棄されたせいで、もう食べられないのかと絶望したけれど、食べ続けられるようで助かった。


 ────って。


 あれ。


 アルセド王子は?


「王様(おやじ!) ……何してるんだよ!!」


 その時。ちょうど。本当にタイミングが良く。

 ざわついていた会場内を、更にざわつかせるように──人混みに紛れていた王子様がそう絶叫するのだった。


「……なんだ。恥さらしのアルセド」

「んだって!? なんであんたは、こんなパーティーをしているんだよ。正気か? あの女は、オレが婚約破棄してやったヤツだぜ?」

「それの何に問題があるというのだ?」

「問題だらけだろうが!」


 どうやら。


「王子様、あんなひどい目にあったのに……まだ懲りてないんだね」


 そうらしい。

 フィノが私にそうこしょこしょ話的な感じで、そう呆れていた。さすがの私でも、これは呆れてしまう。

 ……彼は何一つ変わっていなかったのだ。


 王子様は変わらない怒号を持続させる。


「なんでだ!!!!」


 それに対して、ついに。

 王様はぷちりと切れたようで。


「お前の方こそ、なんなんだ!!! この恥さらしが!! お前……の意味の分からない身勝手な婚約破棄の所為で、どんなにワシへ迷惑がかかったのか、分かっているのか!!」

「……は? はあ? な、なんでそんな怒るんだよ」

「貴様がそれほどまでに愚かで、馬鹿だからだ! もちろん、悪い意味でだがな。言わなきゃ分らぬか? お前はクズだ。紛うことなきな。英雄とワシの顔に泥を塗ったんだぞ? なんなんだ。大金をはたいてまでやったパーティーでした事が、親への復讐か?」


 王様が王子様を、そんな感じで怒鳴りつけるのだった。

 まさに公開処刑みたいな感じ。

 ……私はそこまでしなくても良いと思うけれど、彼のためを考えると『これぐらい怒られた』ほうがいいのかもしれない。


 そう、思った。


 かの暴君で有名なアルセド王子様でも、王様から真正面に怒られれば……反論出来ないらしい。


「な、なんなんだよ。オレが悪い、間違っていたっていうのか?」


 そして彼は周囲を見渡して、ようやく理解する。

 彼と私の立場が逆転していることに。

 彼自身へ、参加者たちから冷めた視線を受けていることに。


「そうだ。貴様が全て間違っていたのだ。

 だから土下座して、謝罪しろ!!!!」


 間違っていた。

 そう直々に伝えられて、彼の心は折れてしまう。


「う、うわああああ! くそ、くそおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 たっぷりと彼は嘆き、嘆いて、嘆き切った後に。

 私とシュノの前へと立ち、ゆっくりと膝を曲げて腰を下ろし、土下座の形になった。……私はここまでやれ、なんて言ってないんですけどー。


 ここまですると、ちょっとどころではなく。

 悪い気がしてならない。


「……では、謝れ」

「──」

「謝れ!!」


 土下座したアルセド王子が、私たちに向けて、ゆっくりと声を出して言った。



「すみませんでした……」



 ──謝罪。

 彼が私たちに謝罪したのである。

 そのシチュエーションに少しばかり混乱するけれど、私はしっかりと飲み込んだ。状況を嚙み砕く。


「……土下座なんて、しないでください」

「アジル?」

「一応、元々は婚約していた仲なのですから。……私だって思い至らない部分もありましたし、私こそすみませんでした」


 フィノを遮って、私は続けてそう言うのだった。

 その言葉に。ボロボロの王子は涙を流す。


「……本当に、すみませんでした」


 と。

 そして。

 事が終わったので、私たちは彼も混ぜてお食事パーティーを続けることにするのだった。



 ◇◇◇



 こうして私たちは国の英雄となる。

 パーティーが始まり、私たちは提供された美味しい料理の数々を頬張っていく。どれも絶品だ。

 美味しいサラダに肉や魚。

 油で揚げたよくわからない食べ物。

 高級な調味料も使われていて、美味しいものばかり。


 ……ご飯をたらふく食べて、私たちはお腹いっぱいになった。

 パーティーも終盤に差しかかかってきたころ。


 シュノは不意に私の目の前へと、近づき言う。


「言いたいことが、あります」

「……私に?」

「そうです」


 彼の目つきは優しい。

 ……彼がふとした瞬間に吐露する笑顔を見れば、それだけで疲れがどこかへ消えていってしまうというほどだ。


「そう、あなたに言いたいことがあるんです」

「は、はい……なんでしょう」

「単刀直入に言います」


 そんなことを想起していた私に、予想外のことを──彼は伝えた。



「……僕と婚約していただけませんか? アジル・クリスフィ」



 そう。

 そんな夢のような提案を、彼はしてきたのである。

 ななななな、なんで──!?

 思わず嬉しすぎて料理がのったお皿を落としてしまいそうになる。慌てて、私は姿勢を取り戻した。


「わわわ、私なんかと……、な、なんでですか!」


 その問いは愚問だった。

 そう言うように、彼が続ける。


「貴方のその美しく、優しいところに一目惚れしてしまったのですよ。最初あなたを助けた時は、可哀想だったから。それだけでしたが。……貴方は恨むべき存在の命を危機を救ってしまい、またもう一度助けてしまうほどお人好しなんです。分かりますか?」

「そ、そうなんでしょうか」

「そうなんです。そして私は──そんな魅力のある貴方に、惹かれたのです」


 そう、らしい……です。

 私は──魅力があると。



「貴方の美しいまでに優しいその甘さを、僕にも。

   ……少しばかり分けていただけませんか?」



 緊張。動揺。驚愕。嬉々。衝動。

 様々な感情、状況が入り混じる。

 ああ、ああ。あああああ!

 私の人生は不幸なことばかりだと思っていたけれど……やっぱり、勘違いだったみたい。

 人生というのは不幸と幸運が同じ量あるなんて言われているけれど。本当に、その通りなのかもしれない。


 私はそう思うのだった。



 そして、答えはもちろん。


「──こ、こんな私でよければ。喜んで……!」


 イエスだった。



 私とシュノが結ばれた瞬間に、会場では今回の儀式で一番大きな拍手が巻き起こった。こうして私たちのちょっとした英雄譚が終わりを告げる。


 これは、婚約破棄された私が──幸せになるまでの物語。



 この瞬間私は、そう、何の間違いもなく、何の外連味のない。


 ……幸せ、であったと断言出来る。



「ありがとうアジル、これからよろしく……!」

「こちらこそ、ふつつか者ですがよろしくお願いいたします!!」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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