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御所の鬼(10)

    ×  ×  ×  ×


 巴と紅蓮坊は夕暮れ前に御所に着いた。

 それを待って一番隊が詰め所を後にした。

 その中で相良市之丞は鼻先で笑った。

 「後は頼んだぞ。俺も何時でも動けるようにはしておく。」

 最後まで残った鬼木元治が紅蓮坊の肩を叩く。

 あいつ・・・紅蓮坊は猜疑の色をなした。

 「気にするな。気付いているはずはない。」

 巴がそれを気遣った。

 その向こうで源三が軽く手を挙げ、門の方へと向かっていった。

 

 刻は経ち、真夜中近くになった頃、兵衛がかえでを連れ御所の寝殿の庭に現れた。かえでの傍らにはげんたもいた。

 「げんたを静かにさせてくれ。」

 兵衛は将軍の居住まいを考え、かえでに声を掛けた。

 だいじょうぶよ、いいこだから・・・かえでは眠い目を擦りながら言った。

 それでも紅蓮坊の姿を見ると、自然とかえでの心は弾む。

 紅蓮・・・かえでを抱き上げ、喜ばしそうに遊ぶ大男を巴は睨み付けた。


 十二夜の月が中天高く昇る。

 かえでは花の御所の庭でじっとそれを見ていた。

 ぶるっとかえでの体が震えた。

 どうした・・それを目敏く紅蓮坊が見つけた。

 鬼が・・・かえでの眼は涙を湛えていた。

 一同に緊張が走る。

 かえでは寝所の床下の一点を指さした。

 そこは紛れもなく、将軍義政の寝所の下だった。

 そこに向かってげんたが走る。

 戻ってきたげんたの口には小さな木像が咥えられていた。

 「こいつが・・・」

 元凶か・・と紅蓮坊が呟いた。

 気を付けろ・・兵衛の声が聞こえる。

 巴は既に薙刀を手に身構えている。

 しかし何も起こらない。

 何事だ・・寝所の(きざはし)に義政の影が見えた。

 皆が庭に片膝をつく。

 これよ・・そんな中でかえではげんたが咥える小さな木造を指さした。

 鬼なの・・・かえでは涙を溜めた目を義政に向けた。

 その夜、義政は悪夢を見なかった。


 「これはわたくしの手柄でございます。」

 翌朝、晴海は将軍の前で大仰に手柄を誇った。

 「わたくしめが見いだした者達が将軍様の悪夢の元を見つけました。」

 鬼の小像を見つけたのは巴・・と公には公表されていた。寝所の前の庭には、かえでもげんたもいなかった。

 「二番隊の者達、先ずは褒美を取らす。」

 総軍義政の横からその側近が庭に金袋を投げた。

 「晴海、後はどう始末をつける。」

 その後に義政は平伏した晴海を見た。

 「たかが木像・・・」

 晴海は庭の端にいる小者に目をやった。

 その小者は真ん中が窪んだ石を庭の中央に持ちだした。

 紅蓮坊・・・晴海は大男に声を掛けた。

 「お主の金棒でそれを砕け。」

 その声に巴は絹に包まれた木造を石の窪みに置いた。

 かえでに素手では扱うなと言われていた。 巴は慎重にその小像を取り扱った。

 窪みに置かれた小像に紅蓮坊は気合いを込めて金棒を振り下ろした。

 がきっと派手な音はしたが、その小像は割れもせずに石の上を跳ね、それが晴海の額に傷をつけた。

 「何をやっておる。」

 晴海は己の額に手をやった。

 その指の間から血潮が漏れ出ていた。

 それをよそ目に紅蓮坊は自分が振るった金棒を見た。

 その金棒の棘が一つ弾け飛んでいた。

 確かに真っ直ぐに木像を打ち砕いたはず・・だがその小像は傷一つ受ける事無く、弾け飛んだ。

 これは・・・紅蓮坊は絶句した。

 「火をつけろ。」

 晴海は額に布を当てながら怒鳴った。

 その声に小者が弾け飛んだ木像を手に掴んだ。

 その瞬間、その小者の身体がびくっと硬直した。

 「何をやっておる。早くせぬか。」

 晴海は小者を叱咤した。

 だが、小者は動かない。

 それどころか木像を握った手から、次第にその肉が木肌に変わっていった。

 巴は慌ててその木像を目の前に舞い降りてきた絹で絡め取った。

 その絹は啓寿尼がかえでにと渡したものだった。

 木像を取られた小者の悲鳴が辺りに響く。

 その手は完全に木くずへと変わり、肘から先がぼろっと崩れ落ちていた。

 「火に・・・」

 恐怖に顔面を蒼白にした晴海が震える声で叫ぶ。

 他の小者が熾した焚き火に、巴は手の中に絹だけを残して木像を投げ込んだ。

 赤黒い炎が上がる・・・ぱちぱちと木の弾ける音がする。

 その音に晴海は安堵の眼差しを向けた。

 暫くして、その火も消えた。

 巴は自分が持つ薙刀の尻で燃え尽きた灰を掻き分けた。

 そこには、寸部変わらぬ木像があった。

 どうすれば・・・そこにいた者皆が絶句した。

 「寺に預け、祈祷を以て浄化しては如何でしょうか。」

 兵部ノ丞教貫が震える声を上げた。

 妙案・・・義政もまた真っ青な顔で頷いた。

 「南禅寺が宜しいかと。」

 晴海が言う。

 「彼の寺は京の北東を護る寺。

 北東と言えば鬼門。それを守り抜く寺に預けるのが最善かと・・」

 ここでも晴海はその機知を披露した。

 その言に義政も頷き、促された巴はまだ熱い鬼の小像を丁寧に絹にくるんだ。


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