御所の鬼(5)
「始まった・・行くか。」
小太郎が興奮気味に巴に言った。
「まだだよ。」
巴がそれを抑える。
ばたばたと跫音を立て男が一人、巴達が見る家の中に駆け込んでいった。
何事だ・・酒に灼けた大声が聞こえる。
鬼が襲ってきました・・駆け込んだ男が答える。
仕方なさそうに二人が酒席を立ち、その姿が見えなくなると、
今だよ・・巴が傍らの小太郎に声を掛けた。
が、そこにはもう小太郎の姿は無かった。
巴は小太郎に遅れぬようにと“”小烏”を手に鬼の前に立った。
「一匹はやっつけた。」
小太郎は鬼の背に飛びついてその口を押さえ、既にその喉笛を斬り裂いていた。
「て、敵・・・・」
大声を発しようとする鬼の首は、巴の“小烏”によってその足下に落ちていた。
「騒がしいようじゃ。見て参れ。」
杯を口に運ぶ休慶の膝の上に身を横たえていた女が、卑猥な裸踊りを続ける女に声を掛けた。
その女が悲鳴を上げ、捻切られ、大口を開けた首が休慶の前に転がった。
「佐那・・これはどうした事だ。」
休慶は女と共に立ち上がった。
「鬼の襲撃のようです。」
佐那と呼ばれた女はそう応えた。
「鬼とはよくぞ言ったものだ。」
鬼と言われた紅蓮坊はにやりと笑った。
「帰ってこい。休慶、和尚様が待っているぞ。
まだ髪を剃っているところを見ると、完全に鬼に堕ちたわけではあるまい。」
紅蓮坊は大喝を轟かせた。
そう言われた休慶は身体の芯からびくっと震えを走らせた。
佐那・・・休慶は傍らの女に眼を走らせた。
戯言を・・・女は壁に立てかけてあった薙刀に手を走らせた。
もう一人の女は、素裸のまま既に薙刀を手にしていた。その上、後ろからは何人もの跫音が聞こえる。
「前に居るのは緑鬼か。」
紅蓮坊は巴を見た。
「緑鬼と人鬼。」
それに駆けつけてきた巴は頷いた。
「緑鬼はおれがやる。
巴、お前は後ろから来るやつらを倒してくれ。
だがその前に、あのくそ坊主に、佐那とか言う女の正体を見せてやってくれ。」
紅蓮坊の言葉に、巴はすぐさま懐から式札を取りだした。
それが碧く怪しく燃え立った。
その炎の先で佐那が身悶えた。
おのれ・・・佐那は絞り出す様に言った。
佐那の姿が変わっていく。
額の両脇から長い角が伸び出し、手足の爪は長く伸びた。
嘘だ・・・休慶は叫んだ。
「幻術を使い、お前等は私に偽りを見せておる。」
「これじゃあ駄目だ・・斬った方が良いんじゃないか・・紅蓮坊・・・」
子供が言った。
「そう言うな。
実休様の頼みだ。」
紅蓮坊は小太郎に笑って見せた。
「俺はそこのくそ坊主と話しをする。
お前はその間にそこの人鬼を斬れ。
巴は後ろから来るやつらを頼む。」
「休慶、そなたは鬼から私が護る。」
佐那はちらっと後ろの坊主を見た。
休慶はその姿に手を合わせていた。
馬鹿が・・紅蓮坊はその姿に歩み寄ろうとした。
その前に佐那が大手を広げて立った。
その横にはこれも薙刀を構えた緑鬼がいた。
紅蓮坊は横様に鉄棒を振った。
緑鬼はそれを薙刀で受けたはずだった。
だが、その刃はぼきりと折れ、緑鬼の頭半分が消し飛んだ。
佐那はその光景にたじろいだ。
その隙を狙い、小太郎は女形の人鬼に斬りかかった。
後ろでは巴が人と邪鬼を見分けながら戦っている。
「小太郎、坊主の前の人鬼の相手は任せた。
俺が坊主に近づけるようにしろ。」
紅蓮坊はずいっと歩を進めた。
「鬼だと・・・」
休慶が大声を上げる。
「そうだ、鬼だ。人鬼と言うらしい。
人が鬼に堕ちた姿だそうだ。」
「違う・・違う・・・佐那は鬼などでは無い。」
休慶は駄々を捏ねるように喚いた。
「紅蓮、人鬼はお前が・・・」
その向こうでは巴もまた叫んでいた。
「小太郎で充分。
遼河もそうした。」
「遼河と小太郎では年が違う。」
巴は襲い来た人を大きく足を振り上げて蹴った。
「同じ童、歳は関係ない。」
「童のうちの五歳は大いに関係ある。」
「だそうだ・・・小太郎どうする。」
「おれがやる。」
小太郎は気合いの入った声を発し、改めて身構えた。
「よく見ておけ、佐那とやらの死に様を・・・」
小太郎の動きに翻弄される人鬼の脇を通り抜け、紅蓮坊は休慶の脇に座った。
その前では人鬼と小太郎の闘いが続いていた。
素速い・・あの動きは遼河よりも上かも・・・後ろで人と鬼を相手にする巴は唸った。
人鬼の薙刀は尽く空を斬った。
小太郎は素知らぬ顔で攻撃を続けている。
その手に握る刀は逆手・・刃渡りは二尺を僅かに越した位だった。
その刃が人鬼を追い詰めていく。
あらぬ方向を向く巴の頭上に太刀が振り落とされる。
巴はそれを躱し、大きく振り上げた踵を切りつけてきた男の額に落とした。
その踵を受けた男は、脳震盪でも起こしたか、ふらふらと崩れ落ちた。
「その着物でそんなに足を振り上げたら女陰が見えるぞ。」
紅蓮坊が揶揄するように声を掛ける。
「下履きは履いている。」
要らぬ事をと言うように巴が大声を上げる。
「その格好で腰巻きで無くは下履きとは・・・さては月の物か。」
あんた・・・巴は顔を真っ赤にして怒鳴り、闘いはよそに紅蓮坊に詰め寄ろうとした。
「ほら、ほら・・後ろから邪鬼が来るぞ。」
「あんたがやりな。」
巴はその攻撃を躱し、その背を紅蓮坊に向かって押した。
蹈鞴を踏んで邪鬼が紅蓮坊の前に迫った。
それを休慶を押さえつけている紅蓮坊の金棒が横様に払うと、邪鬼の胴は半分千切れ、その身体は壁板に叩きつけられ、ぶくぶくと黒い泡に変わっていった。
「あんたその力・・・」
巴は驚きの声を上げた。
「解らん・・・急にこうなった。」
紅蓮坊は己の手を不思議そうに見た。
「なんだかんだ言ってないで手伝ってくれ。
俺の方に鬼が集まって来た。」
人鬼、佐那と戦う小太郎が大声で助けを求めた。
「巴頼んだぞ。
俺はここでこの坊主を逃げぬよう押さえておく。」
「見込みはあるのか。」
「ある・・・と思う。」
「ならばそいつは任せた。」
巴は声を残し小太郎に群がる人と鬼の中に斬り込んでいった。
人は薙刀の柄で殴り倒し、邪鬼は斬った。
その横で小太郎は佐那の相手をしている。
佐那は薙刀は手にしていたが、その技量は稚拙、全ての攻撃が小太郎に躱されている。
斬れ・・・それでも斃す事に躊躇する小太郎に巴が檄を飛ばした。
でも・・・小太郎は人の姿をした鬼を斃す事に、それでも戸惑いを見せる。
「人と思うな、そいつは人にあだなす鬼だ。
今ここで斬らねば、逃げ延びて、また人を襲う。
下の村の平和を思うなら、斬り伏せろ。」
巴は強い言葉を小太郎に飛ばした。
その言葉に小太郎は意を決した。
暫く順手で使っていた刀を、逆手に持ち替えた。
素速く動く・・その動きに人鬼は着いて来られない。
虚空に人鬼の悲鳴が響き、休慶の前に佐那の首が転がった。
「口惜しいぞ・・・お前を使い、村の者を洗脳し・・我が世を創り・・御方様に・・・」
そこまで言って、首は事切れた。
巴は瞑目するように崩れゆく首に手を当てた。
「そうか・・・お前も、そのような・・・」
憐れむような言葉が、巴の口から漏れた。
人鬼は小太郎に斃され、邪鬼共は巴に斃された。
「どうだ・・人があのような死に方をするか。」
紅蓮坊は諭すように休慶に話しかけた。
「私は・・・」
「欺されたのだ。
お前は欺され、鬼の手先に落ちるところだったのだ。
そんなお前でも、まだ信じ、実休様は待って居られる・・・寺に帰らぬか・・・・」
休慶はじっと考え込み、そして言葉を発した。
「私は・・私は・・・・」
「ここで言わずともよい。
詫びは実休様の前でするがよい。」
紅蓮坊は涙を溜める休慶に笑って見せた。




