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御所の鬼

 紅蓮坊達の引っ越しは済んだ。遼河とかえでも山科の兵衛の実家に去った。

 京の街中に残ったのは兵衛だけ・・その兵衛は自分達とは距離を置く。と言ったと紅蓮坊に聞いた。

 巴は僅か数ヶ月ではあったが遼河とかえでの二人と暮らした時間を思い出し、懐かしさと共に、淋しさを憶えていた。

 紅蓮坊の所へでも行ってみるか・・巴は道行きの仕度をした。

 紅蓮坊が住む寺までは二刻ほどで着く、巴は珍しく女らしい衣装を着ていた。

 道は山道に掛かった。

 動きにくい・・・巴は自分の姿に後悔を憶えた。

 山道を歩く事二刻、谷間に小さな寺が見えた。

 あそこか・・巴の足は速くなった。

 一人の男の子が見える。その子が寺の外を駆け回っている。

 まだまだだ・・・紅蓮坊の大声も聞こえる。

 「お前は最強の忍びの者になるんだろう・・ならば走れ。

 先ず走って体力をつけろ。」

 その声は小太郎を叱咤する声だった。

 紅蓮・・・巴は大きな背中に声を掛けた。

 「おお・・巴・・・久し振りだ。」

 振り向いた紅蓮坊は巴に駆け寄り、抱きつこうとした。

 巴はそれをするりと躱した。

 「何かあったのか。」

 頭を掻きながら紅蓮坊が言い、

 何も・・と巴は答え、

 「遼河とかえでの所に行ってみようと思ってね。」

 と続けた。

 「そうか、俺も一緒に行こう。

 だがその前に一つ手伝ってくれぬか。」

 何を・・と巴が問うた。

 「山に山賊共が住み着いている。

 その中に以前この寺で修行をしていた休慶という奴がいるらしい。

 ここの和尚実休様はその若者の心根を愛で、弟子としてここに住ませた。」

 その通り・・・後ろから老僧の声がした。

 「儂は休慶を愛し、自分の名の一字を与えた。

 あいつは心優しく、修行にも熱が入っていた。その修行のおかげで魔を退ける力を持った。にも係わらずあの男は鬼に魅入られ、鬼に心を売った。」

 「鬼に魅入られたと言いますと・・・」

 「人鬼じゃよ・・・女のな。」

 「女・・・ですか。」

 「男は女に弱く、女は男に溺れる・・それが人間の性じゃ。」

 実休はぐりっと鼻をほじり、それを見て紅蓮坊がくすっと笑った。

 「とにかく、その休慶を連れ戻し、その根性を叩き直す。

 その手伝いをしてくれ。

 そいつがいれば、俺も心置きなくこの寺を離れられる。」

 「ここを出るのか。」

 「いや違う・・俺が居ない間にここを任せられる。」

 手伝うよ・・巴は頷いた。

 「だがお前・・武器は・・・」

 「相手は何人ぐらいいるんだい。」

 「七、八人でしょう。」

 寺の住職が横から言った。

 「そ程度であればあんたと私・・素手でも大丈夫だよ。

 それにこれもある。」

 巴は腰に差した“小烏(こがらす)”を鞘ごと手にとって見せ、

 「あんたの姿を見れば相手は逃げ出すよ。だからこれを使うまでもないだろうだろうけどね。」

 巴は明るい笑い顔を見せた。

 「そうか・・それじゃあ今から山に登ろう。

 小太郎、お前も来い。」

 紅蓮坊はそこにいた男の(おのこ)も誘い、三人はすぐさま山に向かった。

 所々で単体または二、三匹での鬼が現れる。

 紅蓮坊はそれらの全てを小太郎に任せた。

 「危なくないか。」

 巴は心配そうな顔をした。

 「その時は手助けをする。

 相手は邪鬼だろう。」

 紅蓮坊は巴の顔を見返した。

 そうだが・・巴は言葉に詰まった。

 「大した相手ではない。」

 あんたにはそうだろうけど・・巴は心の中で呟いた。

 巴の心配をよそに小太郎は果敢に鬼に立ち向かった。

 その動きは素速く、邪鬼の攻撃は(ことごと)く空を斬った。

 巴は感心したようにその動きを見ていた。

 暫くの間を置き、紅蓮坊と巴の力を借りずとも、小太郎は三匹の邪鬼を屠った。

 「首を・・・」

 巴は邪鬼の(むくろ)に近づこうとした。

 「放っておけ。」

 それを紅蓮坊が止めた。

 「源三殿が言っておったが、真実(ほんとう)に鬼を伐つ力があれば、首を打たずとも鬼は復活しないそうだ。

 ここで、小太郎の力を見極めるのも、一つの手かも知れぬ。

 何しろ我等には、鬼を伐つ力の見極めは出来んからな。」

 紅蓮坊は側らの石に腰を落とした。

 「行こうか。」

 そこで暫く待って紅蓮坊が立ち上がった。

 邪鬼の身体は小太郎に斬られたところから塵に変わっていっていた。


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