夜叉の棲む山(5)
「肩車にしてやろうか。」
紅蓮坊の声にかえでは、うんと応えた。
かえでは紅蓮坊の肩車が大好きだった。
誰よりも高いところから辺りを見回せる。
その高さを怖いとは思わなかった。
あっちっちっ・・・かえでは鉢金に触れ、嬌声を上げて紅蓮坊の頭頂を叩いた。
その日はすこぶる天気がよく、日差しも強かった。
その太陽の力を受け、紅蓮坊の鉢金は熱くなっていた。
「巴、お前は熱くないのか。」
振り向く紅蓮坊の動きに紅蓮坊の肩の上でかえではきゃっきゃっと笑った。
「私の鉢金には内側に鹿革を張ってある。」
巴はそう言って笑った。
「俺のもそうしてくれれば良かったろう。」
「汗っかきのあんたに革なんて着けたら、ぐちょぐちょになっちまうよ。あんたには水分を吸う布が一番だよ。
それに金が掛かる。」
「それはお前のも一緒だろう。」
「髪は女の命・・・」
巴はにやりと笑い続ける。
「痛まぬように革を着けたんだよ。」
その言葉に紅蓮坊はチェッと舌を鳴らし、その仕草に皆が笑った。
「境殿・・」
それを割って兵衛が源三を見た。
「鬼について教えて貰いたい。」
「鬼についてですか・・・
それではここらで野営を張りましょう。」
「何故ですか。」
「夜ともなれば鬼の力が上がるからです。」
「力が上がる・・・」
兵衛が疑問を呈した。
「話しはおいおいと・・
先ずは野営の準備を。」
源三は焚き火となる物を集めだした。
「兎でも狩ってきます。」
兵衛は今回から持って来ていた半弓を手に、森に分け入った。
「遼河、あなたも着いて行きなさい。」
巴が少年に声を掛け、かえでがそれを追おうとする。
「あなたはここよ。」
巴はそれを止め、山菜を採ってくると言った。
「俺は何をすれば良いんだ。」
紅蓮坊が所在なさげに尋ねる。
「あんたはここの警戒と鍋の準備。」
「鍋なんかないぞ。」
「あんたの鉢金だよ。
その大きさがあれば鍋の代わりに成るよ。」
巴は笑いながら源三の後を追った。
じゃあ・・・紅蓮坊はかえでを頭上に差し上げ、かえでは大喜びできゃっきゃっと笑った。
「遊べとは言ってないわよ。」
そう声を残して巴も森に消えた。
一刻ほどで皆は帰ってきた。
紅蓮は手近な枯れ枝で火を熾していた。
「私の薪は不要だったかな。」
源三が火の前に座る紅蓮坊とかえでを見て笑った。
「何の、まだ足りんわ。」
紅蓮坊もまた笑った。
源三が薪をくべ、火が大きく熾きあがった。
それを見てまたかえでが騒いだ。
「火が一晩中燃えるだけの薪は集めてある。
獣避けには良かろう。
だが、鬼に対しては・・・」
「これを使います。」
巴は懐から一枚の式札を取りだした。
それに源三が頷いた。
「かえで、薬師如来様に俺達を護ってくれとお願いしてくれないか。」
紅蓮坊が優しく女童の頭を撫でた。
かえでは懐の像を着物の上から掴んだ。
「これで安心して寝られますな。」
源三は煮え始めた鍋に箸を延ばした。
黄泉醜女が率いる黄泉戦がかえでが張った結界の外を守り、内には火を焚いた・・それで獣にも備える。
焚き火の暖かさにも見守られ、かえでの首がこくんと落ちた。
「鬼の話しですが・・・」
かえでを寝かしつけて兵衛が切り出した。
「夜になれば力が上がるとか・・」
「それよりまず鬼の力だろう。」
兵衛の声を抑え、紅蓮坊が言った。
「鬼の力ですか・・・」
源三は少し言い淀んだが、すぐさま続ける。
「ご存知とは思いますが、鬼には色を冠した者が多くいます。」
「赤鬼や青鬼という事ですね。」
「その通りです。
鬼というのは人が持つ邪念の塊です。」
「ちょっと待て・・ならば鬼とは我等、人が生み出したとでも言うのか。」
「そうです。
例えば赤鬼は欲の塊です。青鬼は憎しみ、怒り。緑鬼は怠惰、眠り。黄鬼は心の甘え、執着。黒鬼は疑う心、愚痴・・という案配です。
それらを邪なる魂が集め、鬼の姿となったのです。」
「そう言う鬼達の力には差があるのですか。」
巴、紅蓮坊に続いて兵衛が尋ねる。
「当然個体差はありますが、どの鬼もその力はそれ程変わりません。」
「黒鬼というのは結構強そうだったぞ。」
「先ほども言った個体差はあります。
それに先ほど力と言いましたが、能力と言い換えるべきでしょう。」
「能力・・・」
巴が疑問を呈する。
「そうです。
赤鬼、青鬼は力が強く、緑鬼は力はさほどないが、薙刀を使いこなす。
黒鬼は大きな身体で力が強く、防御力も強い。
ですが、あなた方の力を見るとそれは苦にしないように思えます。
但し、黄鬼には気を付けてください。奴は妖術を使います。
この中でそれを破れそうなのは巴殿だけだと思います。」
そう言われて巴はげんたと共に寝入っているかえでをちらっと見た。
「話しはまたおいおいと・・・
今晩はもう休みましょう。明日はもっと強い鬼と闘わなければなりませんから。」




