夜叉の棲む山
翌朝、雉が巴達がいる農家にやって来た。
「間もなく出立します。ご用意は如何でしょうか。」
「行こう・・準備は万端だ。」
「少しだけ待ってくれ。」
紅蓮坊の横から巴が言った。
「結構でしょう・・半刻と晴海様には伝えます。
それに、今回は山登り、荷車は途中までしか使えませんが・・・」
雉は旅仕度を終えているかえでの姿を見た。
「私は先に参ろうかの。」
源三は腰を上げ、雉を促した。
「それでは後刻お待ちしております。」
そして素知らぬ顔で晴海の元へ帰っていった。
「仕度は出来ておるのに、何事だ。」
紅蓮坊は巴に詰め寄った。
「みんなこっちに来て。」
巴は残った三人を森の陰に誘った。
「遼河、あんたは例の鎧を着なさい。」
巴に言われて遼河はすぐに、真っ黒の革鎧を手に取った。
「違うよ・・道着の下に着けるんだよ。
上からだと目立ちすぎる・・そのため道着は少し大きめに作って貰っている。
覆面の上にはこれを巻いて。」
巴は鉄板が貼られた鉢巻きを遼河に投げ渡した。
「かえでには・・・」
「あなたにはこれよ。」
巴は桜の花びらがあしらわれた頭巾をかえでに渡した。
その頭巾は眼の辺りまでを隠していた。
「深すぎはしないか。」
紅蓮坊が心配そうに言った。
「この子にはなるだけ修羅場は見せたくない・・その為だよ。」
巴は僅かに笑った。
「俺にも何かあると言っていたよな。」
ああ・・・巴は重そうな包みを荷車から引っ張り出し、それをどさっと土の上に置き、拡げて見せた。
「羽織だよ・・あんたのは繕ったと言ってもぼろぼろだからね。
それにこの羽織には細い鎖が編み込んである。
あんたは無茶をするから、これが護ってくれるよ。」
真っ黒な羽織の背には紅蓮の炎・・紅蓮坊はそれを見て子供のように喜んだ。
「まだあるよ。」
巴の言葉通り、真っ黒の大風呂敷の中には銀の兜のような物が残っていた。
「これは何だ。」
紅蓮坊は半球状の鉄製の物を取りあげた。
「鉢金だよ。
頭を護るためのものだ。
それを被れば頭頂から頭の前部は護れる。」
早速、紅蓮坊はそれを着けようとした。
「馬鹿・・先にその風呂敷を被るんだよ。」
「また馬鹿と言ったな。」
「あんたの坊主頭に金物を直接被れば、日差しの強い時には熱くなって被っていられなくなるよ・・それ位考えろ。
その風呂敷は太めの麻紐で編んである。風通しはよく、剣でも斬れにくい。
そして熱さからあんたの馬鹿な頭を護ってくれるよ。」
フン・・と紅蓮坊は鼻を鳴らした。
「ところでお前の物は無いのか。」
あるよ・・・巴は浅黄に染められた革鎧をとりだした。
「どうだい・・良い色だろう。」
巴が取り出した物は胸を覆い、袖は肘上まで、腹の正面から脇腹までは細い鎖がつき、それは下半身の膝上までの細い革袴を吊り下げていた。
「お前そんな物を着て、小便や糞はどうやってやるんだ。」
「馬鹿な事を考えるんじゃ無いよ。
いつも着ているわけじゃ無い・・闘う時だけだ。」
巴は頬を赤らめ、紅蓮坊を睨み付けた。
「わたしも着替えるからね・・見るんじゃないよ。
さあ向こうを向いて・・・」
巴は紅蓮坊の身体を後ろ向きにした。
暫くの時間を掛け、みんなの着替えが終わった。
巴は頭に紅蓮坊と同じ様な鉢金を被っていた。
「さあ行くよ。
ぐずぐずしていると晴海がまた癇癪を起こすからね。」
そう言って巴はかえでと共に荷車に乗り、女童に頭巾を被せていった。
荷車の後ろからはげんたが元気に着いてきていた。
「遅い、遅い・・・
どうして彼奴等はいつもこう儂を待たせるのだ。」
そろそろ晴海が癇癪を起こしかける頃、巴達は小さな寺院の庭に着いた。
「遅い・・儂が来いと言ったらすぐに飛んでこい。
それに何だその出で立ちは。」
晴海は鉢金を被った紅蓮坊と巴、覆面に鉢巻きの遼河、頭巾で深く顔を覆ったかえでを見据えた。
「これからは、鬼との戦です。
その仕度を調えて参りました。」
「そなたと紅蓮坊の鉢金は判る・・だが何だあの童共の頭巾と覆面は。」
「今後、二人は私達と離れる事があるかも知れません。
その時、鬼に顔を覚えられていては二人の命が狙われます。
それにかえではまだ幼子、鬼との修羅場を見せたくはありません。
それであのような格好をさせています。」
巴は凛として晴海の言葉に異を唱えた。
「まあ良い・・だが、ここに居る源三の話しを聞くと途中からは山道になる。
その女童の足で着いてこれるかな。」
晴海は意地悪そうににやりと笑った。
「着いてこれるかどうかはかえでが決める事・・ですが私達はこの子を置いてはいきません。」
「その時は俺が負ぶっていくよ。」
横から紅蓮坊も大声を上げた。




