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前村大炊ノ介教貫(まえむらおおいのすけのりつら)(2)

 日々、公務は公務としてある。

 教貫は武芸の見届け人を探し街中を歩き回っていた。

 「長太郎。」

 教貫は大槍を肩に彼の後ろを歩く男に声を掛けた。

 斉藤長太郎は教貫の用人であり、槍の名手でもあった。

 「誰ぞ噂は聞かぬか。」

 斉藤長太郎は小首を傾げたが、すぐにポンと手を打った。

 「そうでございます。

 伊東玄白という武芸者が弟子を引き連れ、近々京の都に参るそうです。」

 「儂も知らぬ噂をそちはどこで手に入れた。」

 教貫の声に長太郎は顔を赤らめ、笑いでごまかした。

 「まあ良い。

 その男と会えるよう手配いたせ。」

 そう言う教貫の眼の端に浅黄の着物を着た女の影がよぎった。

 「長太郎・・そちは先に帰れ。」

 突然の言葉に長太郎は驚いた。

 「儂は今宵は帰らぬと妻に伝えておけ。」

 「ご主人様はどちらへ・・・」

 「公務じゃ。」

 そう言い残して、教貫は京の街中に消えていった。


 人混みの中、教貫は浅黄の着物の女を捜し求めた。

 似た色の着物を着た者に手当たり次第に声を掛けた。

 「私をお捜しです・・」

 人混みを掻き分ける彼に後ろから声が掛かった。

 「その方・・・」

 「三日ぶりですね。」

 教貫はその姿に駆け寄り、彼女の衣服に手を掛けようとした。

 「まあ、まあ・・こんな人中で・・人目もありましょうに・・・

 それにまだ時刻も時刻・・」

 彼女は教貫の手を優しく掴み、彼の耳朶(みみたぶ)に唇を寄せ、

 「暮れ六つの鐘の頃に例の社で・・」

 そう言って彼の耳朶に寄せた唇から、甘い吐息を吐きかけた。


 御前試合の場所の設定、人員の配置、その他の公務も手に着かない。

 教貫はじりじりと(とき)を待った。

 「お先に帰り申す。」

 自分の部下達が忙しく立ち働く中、彼はひと言掛けて役所を出た。

 暮れ六つの鐘は間もなく・・彼は道を急いだ。

 鐘とほぼ同時に教貫は社に入った。

 以前とは違い、そこには(しとね)が敷いてあり、その上では女が艶めかしく着物から脚を出していた。

 教貫はその脚にすがりついた。

 「名を・・名だけでも教えてくれ。」

 「まあ、まあ・・お侍様がそのような・・・」

 女は妖艶な微笑みを見せた。

 しかし、女は名を明かすことはなかった。

 夜が明け、女はまた薄暗い中に消えた。


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