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境源三成益(さかいげんぞうなります)(2)

 晴海は荷車の上で大きく身体を伸ばした。

 その尻や背の下には他の者達の荷物があった。

 ごとごとと揺れる荷車の突き上げるような揺れも、それらが緩和してくれる。

 晴海はうとうとと眠りに落ちた。

 ここまでの道中の疲れが出たのか・・晴海は覚めているとも眠っているとも解らない時空に快感を覚えていた。

 「あのおじいちゃんきらい、それにおじちゃんも・・・」

 その荷馬車の先ではかえでが声を上げながら、相変わらず巴に纏わり付いている。

 「何があった。」

 巴は遼河の顔を見た。

 「和尚様が皆の荷物の上に座ったとか・・・」

 遼河の答えは歯切れが悪かった。

 かえでが駆け回るその足に任せて歩を進めたせいか、荷車との距離はかなり離れていた。

 それまで元気だったかえでの足がふと止まった。

 どうした・・・真っ先に遼河がそれに気付いた。

 あそこ・・かえでは道脇の茂みを指さし、半泣きになっていた。

 巴はかえでが指す方向に眼を走らせた。

 鬼だーっ・・・巴は大声を上げた。


 晴海は夢とも(うつつ)ともつかない心地よい世界にいた。

 意識の外で何かが聞こえる・・晴海はそれを振り払うように寝返りを打った。

 晴海様・・夢の中、雉の声が聞こえる。

 晴海様・・もう一度。

 それで晴海は現実に戻り、苛立たしげな眉をそばだてた。

 鬼の襲来・・まだ晴海の意識は完全には現実には戻っていなかった。

 「荷車を降りてください。」

 紅蓮坊の濁声(だみごえ)が頭に響く。

 「鬼の襲撃でございます・・晴海様。」

 その後に雉の声・・晴海はそこでやっと現実に戻った。

 側には・・・晴海は見廻した。

 紅蓮坊と雉だけ・・・

 「他のものはどこにいった。」

 晴海の口から怒声が迸る。

 そこに兵衛が駆けつけてきた。

 「前方の鬼は巴と遼河が相手しています。」

 「雉、その二人もこちらに下がらせろ。」

 雉はその声に前に走った。

 以前二度の鬼の襲撃は邪鬼を筆頭に小鬼と餓鬼の集団だったが今回は様子が違う。

 「悪鬼がいます。

 それも青鬼を引き連れています」

 戦いながら前方から退き上げてきた巴が声を上げた。

 「何故そんなものを連れて来た。」

 「集まれと行ったのはあんただろうが。」

 紅蓮坊が怒鳴り、晴海はそれを睨み付けた。

 「こっちには赤鬼だ。」

 「雉殿は和尚様とかえでを護ってください。」

 「わたしはりょうがのところにいる。」

 かえでは荷車の藁束に突き刺してあった遼河の剣を抜き取ると、先頭近くに走った。

 「遼河・・解っているな。」

 その様子を目にして巴は遼河に眼をやり、遼河はそれに頷いた。

 かえでは着物の上から如来像に触れようとした。

 「だめだ、かえで。

 お前はおれの刀だけを持っていろ。」

 遼河は強くそれを止めた。

 後方には兵衛、紅蓮坊、それに雉が居るが、先頭は巴と遼河・・その二人でかえでを守り、青鬼を連れた悪鬼と闘わねばならない。

 そこに犬の吠え声がした。

 声の主が青鬼の足に噛みついた。

 青鬼はそれを煩わしそうに振り払い、そこに隙を見つけた遼河が、飛び上がって二本の剣で青鬼の首を落とした。

 「ほほう・・小太刀を使いまするか。」

 子犬の後ろから老人の声がした。

 「儂も手伝いましょう。」

 その老人も二本の小太刀を抜いた。

 それで戦闘がぐっと楽になった。

 五匹程度の邪鬼は遼河とその老人に任せ、巴は残った青鬼に正対した。

 後方からは赤鬼の断末魔の咆吼が聞こえてくる。

 それに憶したのか青鬼の後ろに居る悪鬼は逃げ腰になった。

 後ろの鬼を斃し尽くした三人が晴海を真ん中に駆けつけてきた。

 「いつまでやって居る。」

 また晴海の怒声。

 「そう怒るものではござらぬ。」

 老人が叱るように言う。

 なに・・・また怒鳴ろうとする晴海に、雉がそっと耳打ちをした。

 「なに・・あの女子(おなご)の力であればすぐに片付く。

 儂もそろそろ・・・」

 老人もまた、もう一匹の青鬼の前に立った。

 巴は簡単に青鬼を倒した。

 「首を落としなされい。

 さもなければ、鬼共は復活する。」

 復活・・・晴海の言葉を後ろに、老人は青鬼の首を落とした。

 「鬼は首を斬るに限ります。」

 その時にはもう悪鬼は逃げ去っていた。

 そこもとは・・・晴海が声を掛けた。

 「堺源三成益(さかいげんぞうなります)と申しまする。」

 老人は丁寧に頭を下げた。

 「何用あってここに。」

 「仔細は多加村にて。」

 堺源三成益と名乗った老人は先に立って歩き出そうとした。

 「このわんちゃん・・なんてなまえなの・・・」

 子犬にじゃれつかれながら、かえでが源三に尋ねた。

 「ははははは・・・ここに来る寸前に着いてきた・・名前は未だ無い。」

 かえでと子犬は無心に遊んでいた。

 晴海はその様子も気にくわない。

 「その犬・・お前にあげようか。」

 いいの・・かえでは歓喜の声を上げた。

 「名前はお前がつけるがよい。」

 源三は明るく笑った。

 「じゃあ・・げんた・・・げんぞうおじいちゃんがくれたから・・げんた。」

 その名が気に入ったのか、子犬は益々かえでに纏わり付いた。


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