剣豪公家(8)
× × × ×
「あの経衡という男、どういう素性だ。」
室町館からの帰り、晴海は雉に尋ねた。
「中御門明豊の落とし胤と言うのは真のようです。」
雉はそう切り出した。
母親が下賤の生まれであったため中御門の姓は貰えなかった。
母親はそれを不憫に思い、せめてもと清磨という貴族風の名を与えた。
中御門明豊からは幾ばくかの手当てが送られており、親子の生活には不自由はなかった。
清磨は七歳のころに自身の出自を知り、その頃から剣術を習い始めた。
清磨が十歳の時、明豊の下向があった。母親は一目父の姿を見せようと、通りに清磨を連れて行った。その時、一人の暴漢が明豊目掛けて走った。
清磨はその前に大手を広げて立ちはだかった。
暴漢は包丁を手にしており、清磨は脇腹を刺された。
それにも係わらず清磨は暴漢を投げ捨て、腹に刺さった包丁を引き抜くや、その暴漢の首を掻いた。
立ち尽くす明豊の足下に少年は倒れ、その姿に女が駆け寄った。
「・・・・・」
明豊は女の名を呼んだ。
「貴方様の息子です。
貴方様のことは教えていました。
それで貴方様を護ろうと・・・」
女は涙に暮れた。
「すぐに牛車に乗せろ。」
明豊は付き人に叫び、そこから自分の館に帰った。
一時は危篤状況に陥った清磨ではあったが、二月足らずでほぼ快癒した。
明豊は清磨を身近に呼び、名を聞いた。
「清磨です。」
少年ははっきりと答えた。
「いかにも貴族らしい・・・」
明豊は口に扇を当てて笑った。
気丈にも少年はその目を睨み付けた。
「暫くはその名で良かろう。」
その眼光の鋭さに明豊はたじろぎ、眼を逸らした。
「今回の褒美じゃ・・元服の暁には新しい名を取らす。
但し、傷が完治したら、家に帰れ。」
そう言って明豊は立ち上がった。
「帰りません。」
清磨が大声を上げ、明豊がその声に振り向いた。
「私は今回同様、貴方様をお守りいたします。
貴方様が亡くなれば、兄者人を・・・」
清磨は屹と言った。
「何を申す・・・」
明豊は戸惑った。
「この日のため剣術を習いました。
庭の隅でも構いません・・ここに置いてください。
命を懸けてこの館を護ります。」
「宣胤を呼べ。」
明豊はそこに座り直した。
清磨は座敷を下り、庭先に平伏した。
そこに若い公家が現れた。
「何用でおじゃりまする。」
「宣胤、そこに座れ。」
明豊は廊下の一角を指さし、仕方なさそうに彼はそこに座った。
「お前さんの弟じゃ。」
明豊は席を立ち、庭に平伏する少年を指さした。
弟・・・宣胤はじっと庭の少年を見た。
「お前も薄々は知って居ったろう・・・」
宣胤が頷く。
「お前とは一つ違い。
まあいろいろあってな・・・・」
明豊は笑ってみせた。
それで・・・宣胤は困惑の表情を見せた。
「ここに居りたいそうじゃ・・
お前さんと麻呂を護ると申しておる。」
剣の腕は・・・宣胤が尋ねる。
修行中だそうだ・・・明豊が答える。
宣胤は手を二つ打ち、小姓に何事か伝えた。
それから暫くすると庭に一人の男と少年が現れた。
「麻呂の剣術指南役とその弟子でおじゃる。
立ち会わせてみようではおじゃらぬか。」
その声に剣術指南役は二本の木刀をそれぞれに投げ渡した。
指南役の弟子は上段に剣を構え、清磨は正眼に静かに剣を構えた。
市井の者と侮ったか、弟子は無造作に打ち込んだ。
その脚を払い、斃れた弟子の喉元に清磨は剣先を突きつけた。
そこまで・・・指南役が声を上げ、宣胤の耳元に何かを囁いた。
「父上、出仕させては如何でおじゃろうか。
ここで、修行を積み、父上若しくは麻呂の身近に置いては・・・」
「まず身なりを調えさせることじゃな。」
明豊は庭先に金入れを投げ捨てた。
それから清磨は帯刀を赦されて中御門館に出仕し、明豊の下向に付き従い、暴漢や強請たかりから彼の身を守った。
この長禄三年明豊が亡くなると宣胤に仕え、中御門を名乗ることを赦された。
「経衡と言う名は。」
雉の話しを聞き終え、晴海は尋ねた。
「結局、名は貰えず、自分でそう名乗ったようです。」
そうか・・・とだけ声を発し晴海は自身の屋敷に帰った。




