剣豪公家(6)
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どう思う・・・室町殿を後に巴はすぐに口を開いた。
「どう思うもなにも見た通りだ。
雉は故郷に一族郎党を抱えて仕方ないとしても、あの坊主・・・」
「相当な吝嗇家ですな。」
そこには兵衛もいた。
「自分の棒給は金三十以上・・それに運営費たるもの百・・・それを使ったのを見たことがない。」
紅蓮坊は忌々しげに大声を上げた。
人に聞こえる・・・巴はそれを咎めた。
「かえで・・夕餉を取ろうか。」
それとは関係なく、今日貰った金二を手に遼河は女童を見た。
「無駄遣いはするなよ。」
巴はそれを聞きとがめた。
なんで・・・遼河は不服そうに頬を膨らます。
遼河にとって金二は今まで手にしたこともない金子だった。
「あんたは一年間その金でかえでと共に生きていかなければならないんだよ。」
巴は眼を怒らして、遼河を見た。
「おれはこれ以外にも働く。」
「それは出来ないんだよ。」
紅蓮坊も強く言った。
「お前は幕府に・・いや、前村兵部ノ丞教貫に召し抱えられた。
つまり、御庭廻組以外の仕事は出来ないんだよ。」
兵衛が諭すように言う。
金二ってどれ位・・・不安になったのか遼河が尋ねた。
「かえでと二人、一年間暮らしていくのがやっとだ。」
巴がそう言った。
「かえでにまともなべべを着せてやりたいだろう。
お前の姿形もふさわしいものにしなければならない。」
紅蓮坊の濁声が響く。
そのためには金が要るんだよ・・巴がそれに補足した。
「とにかく飯は食おう・・拙者も腹が減った。」
横から兵衛が声を掛け、じゃらっと巾着を鳴らした。
晴海和尚に褒美を貰ったからな・・兵衛は苦そうな笑いをちらっと漏らした。
五人は場末の飯屋に入った。そこでさえ遼河とかえでにとってはめくるめく様な経験だった。
「ここはおれのおごりだ。
酒は飲むか・・・」
兵衛は笑顔を見せた。
貰おう・・・それに対し、巴がそれにすぐに応じた。
拙僧は・・修験僧・・・紅蓮坊は言葉を濁した。
飲みたいんだろう・・巴が言う。
しかし・・・紅蓮坊が答えを躊躇する。
飲むんだな・・巴が念を押し、仕方なげに紅蓮坊が頷く。
酒を三合・・・兵衛が声を店の奥に向けた。
遼河とかえでは無心に目の前の旨い飯に貪りついていた。
そんな中で巴がひそと話し出した。
「晴海のこと・・どう思う・・・」
俺は好かん・・・紅蓮坊が大声を上げた。
静かに言え・・・巴がそれを嗜めた。
拙者もどうにも・・・兵衛が静かに言った。
「吝嗇が過ぎる。」
巴が小さな声で言う。
「彼奴は俺達の運用のための金を幕府から貰っているはずだが、それを一向に使おうとはせん。
全てといって良い程、自分の懐の中だ。」
紅蓮坊が不平を鳴らした。
「雉は解る・・・郷里に一族郎党を抱えている。
だが・・・」
兵衛はその後の言葉を呑み込んだ。
「何かあるかもかは知れん。
だが・・・」
巴も言葉を濁した。
「彼奴は好かん・・何があるにせよ、金に汚い。」
紅蓮坊の声がそろそろ大きくなり出した。
しーっ・・・巴がそれを指を唇に当てて止めた。
「私はいつかは別れねばならんと思っている。」
それに紅蓮坊も頷き、兵衛を見た。
「確かに・・いつかは・・・
だがそれは今ではない。
まず、自分達が動けるための金を貯めるべきだ。」
兵衛の声はあくまでも静かだった。
どれ位・・・紅蓮坊が尋ねる。
それは解らん・・兵衛が答える。
「年に金三あれば生活は出来る。
我等は年に十・・色んな出費を考えても年に金五あれば充分だ。
それに私には・・・」
「和尚からの特別金ですか。」
巴が言う。
「晴海はどれ位の金を持っているのだ。」
紅蓮坊が吠える。
それにまた巴が唇を指で押さえる。
「本人の棒給は三十。それに加え、自由に使える金は年に百らしい。」
兵衛が小さな声で言った。
何処からそれを・・・巴が問う。
「雉に聞いた。」
そんなにか・・・紅蓮坊が唸る。
「その中から・・・」
兵衛は恥辱を感じるように俯いた。
「それを貯めてください。」
巴の言葉が続く。
「貴方が、私達と同じ感情を持つのであれば、それを貯めて、後々のために残して欲しい。」
兵衛はその言葉に大きく頷き、その横で巴と紅蓮坊は眼を合わせた。
「お前、遼河をどう思う。」
紅蓮坊が突然きりだした。
「青鬼を斃したそうだな。」
「それも木刀でだ。」
「そんな馬鹿な。」
巴の言葉に兵衛は驚きを表した。
「かえでの力だ。」
巴の声がますます小さくなった。
「かえでの・・・」
兵衛もそれに倣った。
「死んだ大井彦正も、かえでが放つ光りの中では青鬼に善戦した。」
三人は周りの耳を気にしながら、ひそひそと話し続けた。
「かえでが鬼に奪われれば、その力が鬼に利する。
かえでを護る者が必要だ。」
「そなた達が・・・」
「いや、危険だ。
俺達が過剰にかえでを護れば、鬼共が気付く。」
「そうなると遼河独りか・・・」
「だから人を集めねばならぬ・・余り名の知れていない者達をな。」
「啓寿尼様もそう言っていた。」
巴の口から尼僧の名が出、紅蓮坊は少し悲しげな眼をした。
「啓寿尼様に何かあったのか・・病はもう少し保つと言っていたが。」
巴は紅蓮坊を見つめ、紅蓮坊は首を横に振った。
「病か。」
紅蓮坊はそれにも首を横に振った。
「ずたずたに斬り裂かれていた。」
そう言って紅蓮坊は目を閉じた。
「ずたずたに・・・」
兵衛が絶句した。
「嬲り殺しか・・」
巴がひそと言った。
「致命傷は背中から心の臓に届く一撃・・・それまでは息が在ったと思う。
現に・・・」
紅蓮坊は胸中から一枚の懐紙を取りだした。
「床に書かれていた。
それを写し取ってきた。」
紅蓮坊はそっと目頭を拭った。
又・・・巴は首を振り、その紙を兵衛にも見せた。
「どんな意味が・・・」
兵衛は疑問を呈した。
「それを調べようと思う。」
紅蓮坊が強く言った。
「先ずはこの子達が住む所と、着物だな・・・なあ遼河。」
紅蓮坊は食べ物を頬張っている遼河の背中をどんと叩き、遼河はその勢いに口の中のものを吹きだした。




