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宝物(ほうもつ (3)

 「あと三日・・」

 庵の濡れ縁から啓寿尼の声が聞こえた。

 「三日もすれば、かえでの身体も旅に耐えられるようになります。

 皆様、中へ・・・」

 啓寿尼は室内に皆を呼んだ。

 啓寿尼の前に四人が横一列に列んで座った。

 「この度は助かりました。」

 まず巴が頭を下げ、皆がそれに続いた。

 啓寿尼は薬籠を巴の前に置いた。

 「日に二度、かえでの傷を拭き上げ、この中の膏薬(こうやく)を塗って下さい。

 まだ少し痛いとは思いますが、その痛みはすぐに取れましょう。」

 「膿を持つことは・・」

 「もうありません。

 毎日の治療を続ければ、十日もすれば快癒いたします。」

 「疵痕は・・」

 遼河が口を挟む。

 「完全に消えることはありません。

 どうしても残ってしまいます。」

 遼河は下を向いた。

 「かえで・・」

 啓寿尼は少女を呼んだ。

 そして、文机の上に金色に輝く小さな薬師如来像を置いた。

 「わたくしがしたように傷ついた人を見たらこれで撫でてあげなさい。

 あなたにはその力があります。

 大事にするんですよ。」

 「もらっていいの。」

 かえでは嬉しそうな声を上げた。

 「もう一つ。」

 啓寿尼は書院の引き戸を開け、そこから錦の刀袋を取りだした。

 「あなたも自分で身を守らなければなりません。」

 そう言うと啓寿尼は刀袋の緒を解き、中から美麗な脇差しを取りだした。

 「“小狐丸”と言います。

 昔、天皇様に献上された刀とか・・

 真偽の程は解りませんが、それがわたくしの家に伝えられ、わたくしの守り刀として研ぎおろし、この長さになっています。

 あなたが使うのに丁度いいかと思います。」

 そんなものまで・・・巴は断ろうとした。

 それを手で制し、

 「遼河と二人、外で稽古なさい。」

 啓寿尼は子供二人を庵の外に出した。

 「何故あんな大事な物まで・・・」

 「もうわたくしには必要ないからです。」

 啓寿尼は少し悲しそうな眼をした。

 「ところで・・」

 そこからすぐに話しを変え巴を見た。

 「あなたには医術の心得があるようですが。」

 「父が医師をしておりました。」

 それで・・啓寿尼は巴の傷の縫い方を誉めた。

 啓寿尼は文机の引き出しから何冊かの本を取り出した。

 「治療の方法、薬草の知識、その外、病についても書き記してあります。

 「わたくしの頭には全て入っています故、これをお持ちなさい。

 かえでにも教えてやるのですよ。」

 何から何まで・・・巴は感謝に堪えなかった。

 「何故ここまでするとお思いでしょう。」

 啓寿尼は手招きで二人を近くに呼んだ。

 「わたくしは夜叉でした。」

 二人は驚いた。

 「誤解しないで下さい。

 夜叉と言っても人外のものではなく、人として夜叉となりました。」

 般若・・・紅蓮坊がぼそっと言った。

 「そう言った方が近いかも知れません。

 嫉妬から狂って夜叉となり、人一人を殺めようとしました。

 ですがすんでの所で踏みとどまり、仏門に入ったのです。

 ですがその事で永らく絶えていた鬼が自分達が世に出る方法を思いつきました。」

 紅蓮坊がごくりと唾を飲む。

 「人に取り憑くことです。

 そこから自分達に実体を持たせることに成功しました・・・

 鬼の始まりはわたくしかもしれません。」

 そんな事は・・・巴が否定しようとする。

 それには構わず啓寿尼は話を続ける。

 「そんなわたくしが仏門に入りました。

 鬼達はわたくしを還俗させようとしました。

 そうすることで自分達の居場所を拡げるために・・・」

 それで・・・話しを止めようとする巴を制し、紅蓮坊が促す。

 「ですが、恋した男の代わりにお釈迦様の虜になったわたくしは彼等の誘惑には乗りませんでした。

 かえって、彼等を滅することをお藥師様に祈りました。」

 もう二人は静かに聞くしかなかった。

 「鬼の出現は徐々に少なくなっていきました。

 そうなると鬼共はわたくしが邪魔になり、わたくしの命を狙うようになりました。

 それから身を守ったのが先程の“小狐丸”です。」

 「あんな脇差し一本では、鬼が大挙して押し寄せてきたらどうにもなるまい。」

 紅蓮坊が疑問を挟む。

 「その通りです。

 ですが、ある夜わたくしは夢を見ました。

 お釈迦様が夢枕に立ち、黄金の薬師如来像をわたくしの枕元に置きました。

 朝、目覚めた時あったのが先程かえでに渡したあの金仏(かなぶつ)様です。

 あの像を手にした時から、鬼達は現れなくなりました・・わたくしを鬼の襲撃から護ってくれたのです。」

 「そんなに大事なものを二つとも・・何故です。」

 巴の声に啓寿尼は道服の袂に手を掛け、左の乳房を晒した。

 紅蓮坊はその行動にさっと目を伏せ、巴は目を見張った。。

 「気にせずとも良い・・見なさい。」

 紅蓮坊はそっと眼を上げた。

 その眼の先には醜く崩れた乳房があった。

 「それは・・・」

 紅蓮坊は恐る恐る訊いた。

 「たちの悪いできものです。

 わたくしはもう長くありません。」

 啓寿尼は悲しげに笑った。

 「かえでを鬼に渡してはなりません。

 遼河もです。」

 巴と紅蓮坊は目を丸くした。

 「かえでには鬼を見分ける力があります。

 そして遼河はそれを滅する力が強い。」

 それに二人は肯いた。

 「あなた方はご存じでしょう。」

 二人は眼を合わせた。

 「それもだが・・・」

 紅蓮坊が口を開いた。

 「かえでが見ている前で俺達は不思議な力を使った。」

 「見ている前で・・・」

 巴は疑問を挟んだ。

 「憶えているか・・俺の鉄数珠が地面を割り、お前の薙刀が炎を放った。」

 「かえでは関係ないでしょう。」

 「いいや違う。

 あの時かえでは社の開き戸を微かに開けてこっちを見ていた。

 そして俺達が・・・」

 「かえでには人の能力を引き出す力があるのでしょう。

 取り憑いた鬼を追い出す力だけでなく、その力・・必ず鬼が狙います。

 鬼にその力を使わせてはなりません。

 決してかえでを鬼に奪われてはなりません。

 それにその話しも他言無用。」

 「兵衛は知って居るぞ。

 彼奴の”綾杉”も不思議な力を宿した。」

 「ではあなた方とその方の三人だけの内密に・・・」

 啓寿尼は念を押すように言った。

 「お藥師様の像があればかえでには鬼は近づけないのでは・・」

 巴が疑問を挟んだ。

 「わたくしと違い、かえでの力は鬼を遠ざけるものではありません・・鬼の力を削ぐものと思います。

 鬼共はそれを恐れるでしょう。」

 二人は頷くしかなかった。

 「かえでを鬼共から守ってください。

 そしてあなた方同様、あの子を護る者を探してください。」

 啓寿尼は深々と頭を下げた。


 啓寿尼が言った通り、三日後にはかえでは元気になっていた。

 「荷車を使ったが良いですよ。

 元気になったと言ってもかえでの身体は長く歩くには堪えません。

 その荷車は村人の好意だそうです。

 それに・・・」

 啓寿尼は銅銭の束を取り出した。

 「(はなむけ)だそうです。

 三つの村はあなた方に助けられた・・そのお礼だそうです。」

 庵の周りには何人もの村人がいた。

 「京にいきなさい。

 北の山で鬼退治が行われたそうです。

 そこで活躍したのが・・・」

 啓寿尼は珍しく大声を上げ、その前には双子の女童が立ち、彼女らも名残惜しそうに手を振っていた。


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