宝物(ほうもつ) (2)
庵の外では遼河が紅蓮坊を相手に剣の稽古をしていた。そこへ巴が嬉しい知らせを持って来た。
そうか・・紅蓮坊と遼河は眼を輝かせた。
「剣の稽古か。」
巴が尋ねた。
「ああ、だが・・・」
「あんたは六尺棒、私は薙刀・・
兵衛がいれば・・・」
「それでも何かの足しにはなるだろうよ。」
紅蓮は豪快に笑った。
「剣を抜く稽古をしようか。」
巴は遼河の長い木刀を手に跪いた。
傷ついたかえでの姿が頭をよぎり、手が動かない。
「やらなきゃ駄目よ。」
巴が叱咤する。
遼河の手が木刀を掴む。
その手が微かに震えている。
「抜きなさい」
巴の声が大きくなる。
木刀が巴に触れぬように・・遼河は細心の注意を払って木刀を抜いた。
「それじゃあ蝿も殺せないぞ。」
紅蓮坊の声も飛ぶ。
「私に当たってもいいから、もっと速く。」
少しは速くなった。だがまだ・・・
「止めなさい。
そんなんじゃあ、かえでは守れないわよ。」
巴は木刀を投げ捨てた。
かえでは守れない・・その言葉が遼河に火をつけた。
「刀を持って下さい。」
巴に言った。
抜く・・何かに当たった感触が・・・
振り向くと巴は平気な顔をしていた。
だが、頬には紅い筋が残っている。
「もう一度。」
巴が声を掛ける。
巴は避けるのに慣れたが、紅蓮坊が延々とだめ出しをする。
「かえでだと避けきれんぞ。」
そんな日が何日か続いた。
「なにしてるの。」
かえでが濡れ縁から声を掛けた。
「大丈夫なのか。」
遼河がその姿に駆け寄った。
かえでの頬の腫れはすっかりとれ、そこには布が当てられているだけだった。
「けいじゅにさまが、もうそとにでていいって。」
「そうか、そうなれば益々稽古に励まねばならんな。」
紅蓮坊が遼河に促した。
「なんのけいこ・・」
「かえでに怪我させずに剣を抜く稽古だよ。」
巴が剣を持って座り、かえでに教えた。
「あれはかえでがだめなの。
まっすぐもったから・・・」
「真っ直ぐ・・・」
巴は首を傾げた。
「かえでがする。」
かえでは庭に降りてきた。
「かして。」
そして巴の手から木刀を受け取った。
「りょうが、まだよ。」
かえでは木刀をほぼ垂直に立てた。
「あのときはこうもったの。」
巴はそれと同じ様に構え、遼河に稽古をさせていた。
「ほんとうは、こう・・・」
かえでは右脇に木刀の先を抱え込み、それを横に倒した。
右脇でしっかりと木刀を支え、左手でしっかりと木刀を握っている。
「りょうが、ぬいてみて。」
抜きにくい・・それはかえでがしっかりと木刀を握っているからだった。
「かえで、力を緩めて。」
遼河が優しく言った。
「これでいいの・・かたなにはさやがあるから。」
紅蓮坊は室内に走り、遼河の剣を持ってきた。
「これでやってみろ。」
かえでが持つ木刀をその太刀に持ち替えさせた。
「最初はゆっくりで・・・」
巴が注意を与える。
かえでは鯉口を切って、その太刀を支え持った。
柄を握り、ゆっくりと剣を抜く。
抜きやすい。しかも縦に持った時よりも、剣の扱いが楽になった。
しかし、その重さに剣先が垂れる。
「両手で抜いてみて。」
巴が声を上げる。
今度は両手で・・・そうすると剣先が垂れることもなかった。
「もっとはやくていいよ。
かえではけがしないから。」
遼河は抜く速度を少し上げた。
「りょうが・・しんぱいしないで・・・
もっとはやく。」
遼河は言われるままに渾身の力で剣を抜き、すぐに後ろを振り向いた。
そこに跪くかえでは、にこにこと笑っていた。
「そうか・・刀は帯に横に差す。
そこに気付かなかった。」
紅蓮坊が大きく手を打った。
「兵衛がいればもっと早く気付いただろうにね。」
巴も大きく頷いた。
何かあれば巴の口から兵衛の名が出る・・それに紅蓮坊は僅かな嫉妬を憶えた。




