宝物(ほうもつ)
紅蓮坊達は出立の準備を整えていた。
そこに村人が集まってきた。
村人は牛に引かれた荷車を構え、その前に例の老爺が立っていた。
「せめてもの餞でございます。」
老爺は僅かばかりの金子を差し出し、頭を下げた。
「そんな物は・・」
「有り難く戴きます。」
紅蓮坊の声を抑え、巴がそれを手に取った。
「お前・・見かけによらず強欲だな。」
牛の轡を曳く紅蓮坊が巴を見た。
「強欲ってか・・・
そうかも知れんな。
だが、二人の子供を抱え、生きていくにはこうするしかない。
いく先で布施を言われたら、お前どうする気だ。」
巴は紅蓮坊に笑ってみせた。
「それはだな・・」
紅蓮坊は懐に手を突っ込み、金包みを引っ張り出した。
金包みに残っていたのは金子一に銀子三枚・・
「これだけあれば充分だろう。」
紅蓮坊は誇るようにそれを空に投げ上げた。
「私もそんなものだよ。
だが、あんたも私も一振りの剣を欲している。
給金は未だ先・・それも貰えるかどうかも解らない。
啓寿庵とやらに身を寄せ、かえでの治療費にかなりの金子を要求されたらどうする。」
巴は紅蓮坊に向け笑ってみせた。
「牛の口輪は私が取るよ・・あんた木刀を削るんだろう。
後ろに乗っていな。」
巴は尚も笑った。
荷車にはかえでが伏せ、遼河が面白可笑しく語っていた。そこに紅蓮坊は乗り込み小刀を取り出した。
「何をするんです。」
遼河が尋ねた。
「ぼくとうをほるのよね・・りょうがのかたなとおなじように・・・」
意識を取りもどしていたかえでは明るく言った。
かえでの顔は腫れ上がっていた。
その顔を右目と鼻、口を除き一寸程の巾のさらしにぐるぐる巻きにされていた。
紅蓮と遼河はまだかえでの疵痕を目にしたことは無かった。
近くと聞いていた三笠山まで一日を要した。
山懐に寂れた庵が見えた。
それが啓寿院寧音の庵であった。
寧音は啓寿尼を名乗り浮き世を離れ静謐に暮らしていた。
巴はその門を叩いた。
女童がその扉を開け、その後ろには妙齢の女僧が立っていた。
美しい・・巴はそう思った。
「委細は存じております・・どうぞ中へ。」
何も告げることなく、一行は尼寺に招き入れられた。
「まず、傷を見せて頂きましょうか。」
庵の座敷に座った女僧は、早速かえでの顔をぐるぐる巻きにしたさらしを解きに掛かった。
「殿方は外へ・・」
童とは言え女・・その心持ちを按じたか、女僧は紅蓮坊と遼河に促した。
かえでの傷は左頬、下から上へと斬り上げられていた。
とっさに躱そうとしたのか、その傷は左目の下で大きく曲がり、三日月型をしていた。
「縫い方は・・・」
巴が恐る恐る声を掛けた。
「引き攣れも少なく、素人が縫ったにしてはよい出来でしょう。
ですが縫う前の処置を誤っています。
酒で拭きましたか。」
「いいえ、酒には甘みがありそれが害をなすかと・・・」
巴の声は小さくなった。
「酒にも二種あります。
一つは発酵しただけの物、もう一つはそれを醸造した物。
後者は傷を洗うに適しています。」
巴は頷き、自分の書き付けにそれを書いた。
「腫れだけでも取り除きましょうか。」
啓寿尼は自分の懐から小さな金仏を取りだした。
「お藥師様です。」
啓寿尼はそれをかえでの傷の上を何度も往き来させた。
驚いたことに、それに従ってかえでの顔の腫れが少しひいた。
「お藥師様の力です。」
驚きの目を向ける巴に啓寿尼は当たり前のように言った。
「疵痕を消すことは出来ませんが、腫れをひかせたり、傷の治りを早くしたりは出来ます。
これを毎日朝晩行えば、三日もすれば熱も下がり、腫れはひきます。
その後二日あれば、傷口は塞がります。」
啓寿尼の言葉に、巴は安心したように頷いた。




