鬼猫又(4)
どれだけの時間が流れたのか・・
「終わったぞ。」
声と共に巴が社を出てきた。
「かえでは・・・」
遼河は涙に濡れた眼を巴にやった。
「血は止まった・・大丈夫だ。」
そこで巴は辺りに眼をやった。
「紅蓮は。」
「どこぞに行くと・・・」
「何か考えのあってのことだろう・・彼奴らしい。」
かえでに会いたいと、遼河の気が焦った。
「行ってもいいぞ・・だが傷には・・・」
遼河の気持ちを察し巴が声を掛けたが、その時にはもう遼河はそこには居なかった。
「これからは・・」
遼河と共に木の根に座っていた老爺が腰を上げた。
「素人の手当て・・医師を求めてこれから京に帰ったものやら、奈良に行ったものやら・・・」
巴は困惑の表情を見せた。
「南に行きなされ。
奈良に入る前に三笠山という山がある。その麓に尼寺があります。そこの尼僧は啓寿尼とい言い、薬師の心得があります。
あの大きな修験僧様が帰ったらそちらに行ったが宜しいかと・・」
巴は老爺に丁寧に頭を下げた。
それから一刻程で紅蓮坊は戻ってきた。
その手には真っ直ぐな木が一本握られている。
「遼河はどこにいる。」
紅蓮が大声を上げ、呼ばれた遼河は社から飛び出してきた。
「巴、これを持て。」
紅蓮は木刀になりかけの木を握った。
「そうじゃない、逆さまだ。」
言われて巴は剣先を握った。
「遼河、剣を取れ・・あの刀を抜くようにな。」
「嫌だ。」
遼河はすぐに反発した。
「いや、やって貰う。
この木刀はあの刀と同じ長さに伐ってきた。
今はかえでの力を借りてでもあの太刀を抜かねばならん。
かえでもそれを望み、あの太刀を捧げ持った。
怪我をさせたのはお前の腕が稚拙だったからだ。
だから稽古をする。」
「それでも嫌だ。」
「ならば、かえでが良くなり次第俺達と別れろ。
但し、かえではあれだけの力を見せた・・お前にしてもそうだ。
いつかは鬼共の間にその名は知れよう。
知れれば、お前達二人を脅威と感じ、奴等は襲ってくる。
その時、今のままのお前独りで、かえでを守りきれるか。」
「紅蓮・・あんたはこの子達の能力が解るのかい。」
巴が口を挟む。
「解らぬ・・だが実際に見た。
渡部村でのことを憶えているか。」
巴が頷く。
「お前の薙刀は炎を放ち、俺の数珠は土を割った・・兵衛の“綾杉”も力を得た。
あの時かえでは社の扉の隙間から俺達を見ていた。」
巴はそこまでは気を回していなかった。
「この前も言っていただろう、教えただけ・・と。
そして、取り付いた猫又を追い出す力。
最後には鬼猫又の正体まで暴いた。
鬼っ子の名と同じ様に、かえでの力はこの村で噂になる・・いや、既に噂になっていよう。故に人が集まった。
それはすぐに鬼共にも知れる。」
巴は納得して肯いた。
「自分達の正体を曝ける者を鬼共がそのままにしておくと思うか・・遼河。
その時今のお前で、かえでを守りきれるのか。
お前はかえでを守ると誓ったんじゃなかったのか。」
紅蓮は喝を飛ばすように言った。
「巴さん、座ってください。」
遼河は強い声で言った。
「よし・・と解ればここまでだ。
かえでの看病に行くぞ。」
紅蓮は豪快に笑った。
「ところでお前は一本の木刀のためにどこまで行っていたんだ。」
社に入り、巴は尋ねた。
「木造まで行った。」
「木造・・何故そんな所まで・・」
「渡部の社を建て替えるために木を伐っていた爺さんがいたろう。」
巴が頷く。
「あの爺さんに頼んでご神木を貰ってきた。
若木ではあったが俺の眼には光って見えた・・それを伐らしてもらい、木刀風にした。
これからあの太刀に似せて仕上げていく。」
「何故そこまで・・」
「彼奴・・」
紅蓮はかえでの横に眠る遼河を指さした。
「彼奴の力があれば木刀でも鬼を倒せるかも知れん・・と思ってな。
あの太刀、それに腰裏に差している二本の脇差しをなるだけ使わせたくない。
何か謂われのある物のような気がする。
それが折れちゃあ元も子もない。」
「しかし、どう使い分けさせる。」
「それはかえでが選んでくれるよ。
それにあの太刀に似せた木刀を使い続ければ、彼奴の稽古にもなる。」
「あんたは力ばかりの馬鹿かと思っていたんだが・・そうでもないようだね。」
巴はにこっと笑ってみせた。
「馬鹿は余計だろう・・・
まあついでに言うと、お前もその薙刀以外の武器を求めたが良いかもな。」
「折れるってか。」
「俺の六尺棒も鬼に対抗できることが解った・・鉄数珠に至っては不思議な力を持っている。俺も剣を求めるつもりだ。
まあそうなると、左手一本で六尺棒を扱う稽古をしなければならんがな。」
巴は頷き、
「ところで、どっちが先に寝る。」
と声を掛けた。
「一緒に寝てもいいんだぜ。」
紅蓮坊は大きな笑い声を上げ、巴はその頬を打とうとした。
「先に寝る・・丑の刻には起こしてくれ。
交代する。」
紅蓮は手枕でごろんと横になった。
夜が白々と明け、遠くからは鶏が朝を告げて鳴き抜いているのが聞こえる。
「卯の初刻か・・・」
紅蓮はあくびを噛み殺しながら遼河を起こした。
「巴と交代で起きていた。」
目を擦る遼河に紅蓮が言う。
「巴はもう少し寝かせておく。
ここからはお前が起きている番だ。
かえでが目を覚ましたらすぐに起こせ。
そうでなかったら、巳の刻には俺達二人を起こせ。」
そう言って紅蓮はまた横になった。
そうやって三日程が過ぎた。
食事は村人が運んできてくれ、湯浴みも農家でさせて貰った。
何を思い立ったのか、紅蓮坊は先の老爺を呼んだ
「かえでのことだが・・」
紅蓮は話し始めた。
「村人達に口止めしてくれぬか。
噂に上れば、あの力・・鬼共が見逃さぬ。
我等で守れぬことは無かろうが、危険は侵したくない。」」
老爺は頷いた・・が、
「もう遅いのでは・・“鬼っ子”と言う噂と、この間の件・・既に村人の口の端に上っている。」
「だろうとは思うが、これから先その噂を封じて欲しい。
ひょっとするとこの村自体にも累が及ぶかも知れん。」
頼む・・と紅蓮が頭を下げている時に遼河が社を駆け出してきた。
「かえでが目を覚ました。」
「お世話になりました。明日には発ちます。」
紅蓮は老爺に深々と頭を下げた。




