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鬼猫又(2)

 木部村に入った。

 あの児じゃないかい・・・村人がひそっと言った。

 ああ、間違いねえ・・他の村人が横目で見る。

 「何をこそこそと言っていやがる。」

 紅蓮坊が村人達に噛みつくように言った。

 鬼っ子ですよ・・・紅蓮坊が怖いのか、近くにいるかえでが怖いのか、村人は震える声で言った。

 「鬼っ子・・・」

 巴は遼河を見た。

 その眼に遼河は俯いた。

 「何のことだか教えろ・・遼河。」

 紅蓮坊が声を飛ばす。

 「かえでの前じゃあ・・・」

 遼河が口を濁す。

 「俺が教えてやるよ。

 教えてやるから、その鬼っ子を連れてさっさとこの村を出て行きな。」

 素行の悪そうな男が大声を上げ、村人達がその後ろについた。

 「教えて貰おうじゃないか。」

 紅蓮坊はその前でどんと六尺棒を地に打ち立てた。

 その姿に村人達は怯んだが、男はひかなかった。

 「鬼っ子だから、鬼っ子って言うんだ。

 その子が泣くと鬼が来る。

 泣き声で鬼を呼んでいるんだよ。」

 「違う。」

 遼河はかえでの耳を塞ぎ大声を上げた。

 「何が違うんだい・・現にその子が泣いたから鬼が現れ、その子の父親が鬼に掠われた・・多分鬼の餌になったんだろうよ。」

 「違う、違う、違う・・・」

 遼河は大声を上げて、かえでの耳にその男の言葉が入らないようにする。

 「ふん、それが証拠にこのガキは大声を上げていやがるんだよ。

 鬼っ子の親がいなくなってからも、こいつが泣くと餓鬼やら小鬼やらが現れた。

 それで俺達はこの親子を追い出し、旅の修験僧に頼み、お祓いを受けた。

 それにはたいそうな金が掛かったよ。

 なあみんな。」

 男は後ろに居並ぶ村人に声を掛け、彼等はそれに頷いた。

 「違う・・かえでが泣くから鬼が来るんじゃない・・鬼が来るからかえでが泣くんだ。

 かえでは鬼が来ることを教えてくれていたんだ。」

 遼河は口々にかえでを罵る村人を睨み付けた。

 「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ。

 そいつが泣けば鬼が来ることに間違いはねぇ。

 とっとと出て行きやがれ。」

 後ろの村人達もその声に同調した。

 仕方なしに歩き出した四人の後ろを、遠巻きに村人達が追ってくる。

 「婆さんがいたろう。」

 突然紅蓮坊が言った。

 「俺達を追い出すように木造村に行けと言った婆さんが・・・」

 その声を聞いてかえでがびくっと躰を震わせた。

 それに気付いたのは遼河だけだった。

 「追い出したなんて言いなさんな。

 宿がないから木造村まで行けと言っただけよ。」

 巴がそれを嗜める。

 「いいや、あれから行けば、もう夜が更けている。

 しかも、猫又共が待っている村に・・・

 何故行けと言ったと思う。」

 それは・・巴は言葉に詰まった。

 「探してみようぜ・・あの婆さんを・・・」

 紅蓮坊は先頭に立って歩き出した。


 夕暮れ間近、その老婆は木の根に腰掛けていた。

 「いや、こわい。」

 その姿を見てかえでは後ずさりした。

 「ただのお婆さんよ・・怖くないわよ。」

 巴が声を掛ける。

 が、かえではそこから一歩も動こうとせず、遂にしくしくと泣きだした。

 「鬼が・・・」

 それを見て遼河が言った。

 「どこにもいないわよ。」

 巴は辺りを見廻した。

 「構えろ・・信じてみようじゃないか・・この子を・・・」

 紅蓮坊は六尺棒を腰だめに構えた。

 遼河の後ろで泣いていたかえでは小さな石を手に取っていた。

 「でていけ・・・」

 その石を老婆に向け投げた。

 それが軽く老婆に触れた。

 老婆の姿が徐々に変化していく。

 「でていけ・・でていけ・・」

 かえでは続けて二、三個の小石を投げた。

 当たった小石に妖怪が苦しむ。

 「この女童が・・・」

 妖怪は遂にその姿を現した。

 その身体は、大男の紅蓮坊より遥かに大きく、五本の尾を持った巨大な猫又。しかも、頭には二本の角さえ生やしている。

 「まず、お前から喰ってやる。」

 巨大猫又はかえでに近づこうとした。

 「いや、あちにいけ。」

 かえでは小石を投げ続けた。

 それにどういう力があるのか、石が当たる度に巨大猫又は後ろへ、後ろへと弾き飛ばされた。

 そこにはここまで着いてきた村人達がいた。

 ある者は呆気に取られ、ある者は腰を抜かして逃げ遅れていた。

 まもって・・かえでが声を上げた。

 その眼はもう泣いてはいなかった。


 「猫又なのか・・それとも鬼なのか・・」

 巴はその異様な大きさと、頭に生えた角に疑問を憶えた。

 「おにねこまた・・いっぱいいきるとそうなるの。」

 かえでが後ろから言った。

 その時にはもう、紅蓮坊は村人達を守るためにその前に立ちはだかり、巴は遼河とかえでの前に立っていた。

 鬼猫又はその間を横に走った。

 「にがしちゃだめ。」

 かえでの声に巴がそれを追う。

 そしてその前に立ち塞がり、薙刀を構える。

 「ふっふっふっ、引っ掛かったね。

 あんたと我、どっちが速いと思う。」

 鬼猫又はニヤリと笑った。

 「狙いは・・・」

 「紅蓮、かえでを守って。」

 巴の前から鬼猫又が消えた。

 紅蓮坊が村人の前からかえでの元に走る。

 だがその時にはもう、鬼猫又はかえでの前に現れていた。

 そこにいるのは・・・

 遼河は短い二本の剣を構えた。

 「りょうが・・これ・・・」

 かえではその後ろ姿に剣を捧げた。

 刃渡り二尺八寸近く、柄を含めたその全長は三尺五寸を優に越す。身に負っても遼河にはとても抜けない太刀をかえでは捧げ持っていた。

 遼河は二本の短い剣を鬼猫又に投げつけた。

 二寸に満たない脇差し程のその剣は、軽々と鬼猫又に弾き飛ばされた。

 遼河はためらわずかえでが捧げる太刀の(つか)を握った。

 その鯉口は既に切ってあった。

 躊躇せず遼河はその太刀を抜いた。

 抜かれた刀身が夕日を受け、ギラリと光る。

 遼河はそのまま振り向き様にその太刀を振った。

 遼河は何の手応えも感じなかったが、鬼猫又の咆吼があたりに響いた。

 「りょうが、りょうが・・・」

 かえでが駆け寄ってくる。

 遼河はその声に振り向いた。

 「りょうが・・・」

 かえでは遼河に抱きついた。

 そして力をなくした。

 「かえで・・・・」

 遼河はかえでの顔を見た。

 その頬はぱっくりと割れ、おびただしい血を流していた。

 「かえで・・かえで。」

 遼河は大声を上げた。

 そこに紅蓮坊と巴が駆けつけてきた。

 遼河はしっかりとかえでを抱きしめていた。

 どうした・・二人が声を掛けた。

 「かえでが・・かえでが・・・」

 遼河はそう言うだけだった。

 「見せてみろ。」

 巴は強引に遼河の手からかえでを抱き取った。

 「ここいらに我等を泊めてくれる家はないか・・

 医者はいないか。」

 紅蓮坊は大声を上げたが、誰もそれには応えなかった。

 「遼河、これで強く押さえていろ。」

 巴は布を取り出して遼河に指示し、立ち上がった。

 「頼む・・この子がいなければ、あんた達はあの鬼猫又にずっと支配されていたんだ。

 この子がいなければ・・・」

 巴は一筋の涙を零した。

 それでもそこにいた村人達は後ずさりをした。

 お(やしろ)に行きなされ・・一人の老爺の声がした。

 「後は儂が何とかする・・とにかくその子を寝かせなされ。」

 お社を血で汚す気か・・村人の一人が叫んだ。

 「その血で助かったんだろう。」

 老爺も大声を上げた。

 「東に小さなお社がある・・そこに・・・」

 老爺はかえでを抱きかかえる遼河達を振り向いた。

 「行くぞ。」

 紅蓮坊は遼河をかえでごと抱きかかえ、走った。

 「頼む・・止血のため布がいる。

 それを・・・」

 言葉を残し、巴もその後を追った。


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