覚醒(2)
× × × ×
「どこまで走るんだい。」
息を切らした巴が先を行く紅蓮坊に声を掛けた。
「渡部村に着くまでだ。」
そう言う紅蓮坊も息を切らしていた。
「一度休まぬか。」
巴の声が後ろから聞こえる。
「その間にも人が死ぬ。」
紅蓮坊は顎を上げながらも大声を上げた。
「このまま駆けても、向こうに着いた時には妖怪の相手はできぬぞ。」
それもそうか・・・紅蓮坊は急に走るのを止め、土の上に大の字になった。
巴もその横に突っ伏した。
「俺達が甘かったのか・・・」
「私達は知らなかった・・それだけのこと
・・」
巴もハアハアと荒い息を切らしながら答えた。
「雉という手駒を持ちながら調べが甘かった。」
「それを言いなさんな。
木村一八のことがあるまで誰もあの者の力を知らなかった。」
「だが、彼奴は木村一八の後は追わせていた。」
「雉も猫又のことがこうなるとは予想もしていなかったのさ。」
「まあ良い・・息は整ったか。」
紅蓮坊は半身を起こし、巴を顧みた。
行きましょう・・巴もまた身を起こした。
× × × ×
「猫又のことはよくご存じか。」
奈良の街中で馬を借りた兵衛は、同じく馬上の芳川喜一郎に声を掛けた。
「猫は五十年生きると怪猫となる。百年生きると尾が二つに分かれ猫又となる。
それが二百年となると・・・」
喜一郎は後の言葉を濁した。
二人の馬が行く先、紅蓮坊と巴が走る姿が見える。
おおーい・・・その二つの影に兵衛が声を掛けた。
「馬に乗れ。」
二人を追い越し、馬を止めた。
「俺は女だな。」
喜一郎は巴を馬上に引き上げた。
紅蓮坊が跨がった兵衛の馬は行き足が鈍った。
「俺達を待つな。先に行け。」
兵衛の背中から紅蓮坊が叫んだ。
先に渡部村に着いた喜一郎と巴は馬から飛び降りた。
その目に映ったのは悲惨な光景だった。あちこちに死体が転がり、流れ出た血は大地を赤黒く染めていた。
「酷いな。」
喜一郎が一声漏らした。
「まだ生き残っている者達がいるかも知れない・・探すよ。」
巴が強く言う。
「待て。」
喜一郎はそう言って耳をそばだてた。
「あっちだ。」
僅かの時間を置いて、彼は森の中を指さした。
「なぜ解る。」
「微かに声が聞こえる。」
指さした先は、木造村の老人が言っていた翌年に遷宮を迎える神社がある所。
「何の神かは聞かなかったが、その力を借りて戦っているか。」
巴は一散に駆け出し、喜一郎はその後を追った。
小さな社が見える。それを猫又が取り囲んでいる。それを迎え撃つように社の軒下の桟敷に少年が立ち、二本の短い剣を構えている。
そんな中に巴と喜一郎が駆け込んできた。
大丈夫か・・・声を掛けながら巴は一匹の猫又を斬り斃した。
「助けてください。お社の中にはまだ何人もいます。」
少年は叫んだ。
待ってろ・・そう言って巴は懐から例の呪符を取りだした。
目の前に現れた黄泉醜女の姿に少年は後退りした。
「心配ない。味方だ。」
その姿に巴が声を掛け、その横では喜一郎が何匹目かの猫又を斬り斃していた。
それに力を貰ったのか少年は桟敷から飛び降り猫又を斬った。
そんな戦いの中に兵衛と紅蓮坊が乗った馬が到着した。
馬から下り様に紅蓮坊は六尺棒を横様に振った。
その一撃は宙に跳ねていた猫又を一度に三匹捕らえた。
兵衛も馬を降りる。その剣は早くも猫又を一匹斬った。
みんな強いんだね・・少年は安心したようにニコッと笑った。
その後ろ姿に屋根から飛び降りた猫又が迫った。
少年は振り向き様にそれを斬り捨て、勢い余って地面にペタリと尻餅をついた。
なかなかやるじゃない・・巴が笑顔を見せる。
その横から駆け出した喜一郎はまた二匹の猫又を屠った。
ウオーッ・・それでも減らない猫又に業を煮やしたか、紅蓮坊は首に巻いた鉄数珠を手に取り、思いっきり振り回した。数匹の猫又を叩き伏せ、その数珠は地面を打った。
紅蓮坊が打った一点から土が波のように走り、次々と猫又を呑み込んでいった。
それを放った紅蓮坊は不思議そうに自身の手を見ている。
休まないで・・そう言いながら巴は薙刀を振った。
するとその刃は炎を放ち、数匹の猫又を焼き尽くした。
「どう言うことだ。」
兵衛が怒鳴った。
「“綾杉”を抜いてみて。」
叫ぶ巴の声に、兵衛は背に負っていた“綾杉”を抜いた。
抜き出した“綾杉”は青白く光っていた。
その剣を振る。
風が走り、その風に捉えられた猫又が数匹、ズタズタに斬り裂かれていた。
すごい・・それを見ていた少年が小躍りした。
その後ろに社の戸をほんの少し開け、その光景を見守る幼女の眼があった。




