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木村一八

 大和路で逐電した木村一八(いつぱち)は、ちゃっかりと數貫の側用人となっていた。

 掃部ノ兵衛の剣を持ち逃げし、晴海和尚の懐から小銭も盗んだ。その足で一八は奈良の人混みに紛れて姿を隠し、そこから京へと向かった。

 兵部の役所で晴海和尚からの推挙状を見せ、數貫に面会を求めた。

 その時の彼の姿はたった今、戦闘を行ってきたようにぼろぼろの着物に薄汚れた袴を着けていた。

 一八はわざとのようにその姿のまま役所の奥へと通った。

 役所の長である前村兵部ノ丞數貫の前に出ても、彼には悪びれる様子はなかった。

 「その姿はどうしたものじゃ。」

 數貫はその姿を忌むように縁側に座る男に声を掛けた。

 「申し訳ございません・・このようなむさい姿で・・・」

 一八は床に頭をこすりつけた。

 「晴海の推挙状を持っているそうじゃの。」

 數貫は側に控える小姓に顎をしゃくった。

 小姓の手に晴海からの推挙状を手渡し、一八はしゃべり続けた。

 「私は晴海和尚様とその供と一緒に妖怪を討ちました。」

 一八はその舌には自信があった。

 「妖怪・・・」

 「左様でございます。

 猫又という妖怪・・・

 それを見て和尚様は私のためにその推挙状を(したた)めなさいました。

 和尚様の口から京の都の危急を聞き、私は着の身着のままここまで馳せ参じました。」

 推挙状が小姓の手から數貫に渡った。

 「本物ではあるようじゃな。」

 數貫はその字面と花押を見ていった。

 「京に入ります前、山道で私は鬼と出くわしました。」

 一八は嘘と(まこと)を混ぜながら話をした。

 「何・・鬼と・・・」

 「出会ったのは赤鬼でございました。

 その際・・」

 話しながら一八は剣を抜いた。

 數貫は一瞬怯えた。が、その剣に刃がないのを見ると安心し、言葉を掛けた。

 「その方の剣、刃が無いではないか。」

 「その際・・」

 また一八は話を続けた。

 「その際、この刀が折られました。

 相手は赤鬼・・強うございました。」

 一八が言う赤鬼とは紅蓮坊のことかも知れなかった。

 「折れた剣で、その方はどう戦った。」

 「剣が折られたのは戦いの途中ではありません。

 幾多の傷を負いながらも、私は最後に鬼の腹を突きました。」

 「それでどうなったのじゃ。」

 數貫は興味津々で話しに乗ってきた。

 「鬼は痛がり、大暴れしました。

 その時ぽきりと・・・」

 「剣が折れたのか。」

 「左様でございます。」

 「して鬼は斃したのか。」

 「斃したか、斃してないかは定かではございません。

 何しろ鬼は山中に逃げ込みました故。」

 「その方はそれからどうした。」

 「私の刀の切っ先は、今も鬼の体内に有るはずです。しかし、刀がなければ戦うことはできません。

 そのままここまでやって参りました。

 それ故、このような見窄らしい姿に・・・」

 「解った・・その方を召し抱えよう。」

 數貫はパンパンと二度手を打った。

 呼ばれて小姓が彼の前に跪いた。

 「この者に金子を与えよ。

 当座の資金と支度金(したくきん)じゃ。」

 それを聞いて一八は深々と頭を下げた。


 それから一八は京の街中に住居が与えられ、手渡された金で着物と袴、それに刀を新調した。

 彼奴等、何時京に戻ってくるのか・・・一八はその事ばかりを考えた。

 戻ってきたら和尚の小銭と掃部ノ兵衛の刀を返し、頭を下げねばならんかな。

 鬼の話しは兎に角として、木造村から逃げたことは知られてはならん・・・出仕する際もそればかりを考えていた。


 何度目かの出仕の時、安藤宗重と村田善六が呼ばれた際、一八はその場に同席していた。

 翌日の人選の時もまた・・・

 二人が下がると、

 「一八。」

 唐突に數貫が自分の名を呼んだ。

 「先程はああ申したが、桂金吾を出向させると御所の守りが手薄になる。

 その方、安藤宗重が戻るまでの間、京見廻組を見てくれ。

 使いは出しておく、すぐに挨拶に向かえ。」

 何てことだ・・一八は思った。

 晴海和尚からは聞いていたが、本当に鬼と戦うことになろうとは・・・

 一八は気が塞ぐ思いはしたが、ここの生活は捨てられなかった。


 一八はその足で京見廻組の屯所へ向かった。

 そこでは安藤宗重以下、鬼退治に出かける一番隊と二番隊が忙しく準備をしていた。

 「御免・・木村一八・・・」

 へっ、さっき使いのあった者か、農民のような名だな・・・一八の声を聞いて何人かがあざ笑った。

 「木村一八兼定と申す。」

 一八はとっさに嘘をついた。

 「突然武士らしくなりやがった。」

 それでも嘲笑は止まず、一人が木刀を投げ手寄こした。

 「ここじゃあ腕がなければ・・」

 あの通りだと・・その男は床掃除をする同士に顎をしゃくった。

 後から公募によって集められた者達は、その剣の(つたな)さから、伊東玄白の弟子だった者達から蔑まれ、同じ隊員でありながら、下働きとして使われている者が多かった。

 「局長の代理かなんかは知らないが、お前も腕がなければああなるんだよ。」

 声を掛けた男は自分も木刀を取り、屯所の庭に飛び降りた。

 「さあ来いよ。」

 男はそこから一八に声を掛けた。

 「無茶はするなよ、何しろ數貫様の肝いりだ。」

 支度を小者に任せた宗重は廊下に腰掛け笑い声を浴びせた。

 仕方ないか・・一八も庭に降りた。

 相手は一八を馬鹿にしたように何の構えも取っていない。

 一八はその前で大きく腰を割り、真っ正面に木刀を構えた。

 「剣先が振るえているぞ・・怖いか。」

 確かに一八が持つ木刀の先は僅かに動いていた。

 相手は尚も馬鹿にしたように一八の周りを回ろうとした。

 キエーッ・・その瞬間一八の口から掛け声が飛んだ。その前には胴を強かに打たれて口から泡を吹き悶絶した男の姿があった。

 やるな・・・その光景を見て数人が憎々しげに木剣を取った。

 「止めておけ・・お前達が敵う相手じゃない。」

 それらを止める声、その声は城ノ介のものだった。

 「安藤様ご不在の間、この組をあずかる木村一八兼定でござる。

 以後お見知りおきを。」

 一八はそう言うと木刀を投げ捨て、そのまま屯所の廊下に上がった。

 「済まぬ、よく拭いておいてくれ。」

 一八は下働きのようにこき使われる男に声を掛け、そのまま屯所の玄関へと向かった。

 「一八さんよ・・」

 草履を履き、玄関を出ようとする後ろから声が掛かった。

 振り向くとそこには先程の優男が立っていた。

 「こいつは左次という。」

 優男は横に立つ背中の曲がった男を紹介した。

 「俺達が帰ってくるまで何かとあろうが、こいつをあんたに預けておく。何かの力にはなるだろうよ。」

 優男は言葉とは裏腹の微笑みを見せた。


 「名を変えたそうじゃな。」

 屯所から戻ると數貫は意味ありげに笑った。

 「さっき城ノ介から使いがあってな・・

 木村一八兼定と名乗ったそうじゃな。」

 「申し訳ございません。。馬鹿にされ、咄嗟に・・・」

 一八は頭を下げた。

 「木村一八兼定・・良い名ではないか。

 今後もその名を使え・・箔がつくぞ。」

 數貫は笑って奥に引っ込んだ。


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