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猫又騒ぎ(3)

 木造村・・晴海達一行はそこに着いた。

 老爺が言ったように男達は子供に至るまで生気の欠片(かけら)も見えなかった。

 それに比し女達は、異様に元気が良かった。

 それにいたる所で野良猫を見た。

 猫又・・木村一八がそっと言った。

 猫は五十年生きると怪描になるという。それが百年生きると尾が二つに分かれ、猫又となる。もし、それ以上生きると・・・

 考えながら歩く兵衛に女がしなをつくって寄り添ってくる。

 兵衛はそれを振り払った。

 修験僧、紅蓮坊は艶を見せる女は久方ぶりに見た。

 僅かに心が動く。

 修行が足りんぞ・・紅蓮・・・自分で自らを戒めた。

 「猫が多いのね。」

 近くの女の子に巴は優しく声を掛けた。

 「あんたも猫になってもいいんだよ。」

 後ろから老婆の声がした。

 慌てて振り向いた巴の目には青い空以外何も映らなかった。

 「女共は猫又に取り憑かれている。

 男達はそれに生気を抜かれ、女達は旅の男を誘惑し、その生気を喰う・・時にはその肉体も・・・」

 一八がこそっと晴海に耳打ちした。

 「おなご全てか。」

 「とは限らんが、殆どの者がそうだ。

 だが取り憑かれているだけ・・人を喰う時だけ躰の中にいる猫又が現れる。」

 どうやって倒す・・晴海は悩んだ。

 女を全て殺せば、解決する・・だが、女達の肉体はただの人・・人を殺しても猫又は斃せない。

 「私がやりましょうか。」

 二人のひそひそ話に巴が割り込んできた。

 「そなたに何が出来る。」

 晴海は戯れ言を・・と言わんばかりに巴を睨んだ。

 「女と猫・・それを引き離しましょう。」

 そんな事が出来るのか・・と皆が猜疑の目で巴を見た。

 全員の注目の中で、巴は胸元から一枚の呪符を取り出した。

 巴の指先でその呪符は白く輝き、炎を発した。すると・・・

 にやぁ・・数十匹の猫が女達の中から弾き出された。

 「いっぺんにこんなにもか。」

 木村一八は怖じ気づいた。

 「私には・・」

 巴は続けて二枚の呪符を取り出し、それを宙に放った。

 呪符が醜い女の姿に変わる。

 「黄泉醜女(よもつしこめ)・・私にはこんな味方もいます。」

 現れた黄泉醜女は二体・・それぞれが五体の古めかしい衣装を着た戦人(いくさびと)を引き連れていた。

 「そなたは・・・」

 「遠い昔の陰陽師の血を引いている。

 これぐらいのことは出来るよ。」

 巴は笑い、呼び出した魔物達とともに猫又に斬りかかっていった。

 御前試合の時感じた違和感はこれだったのか・・晴海はやっと納得した。


 「あんたは偉い坊さんなんだろう。

 喝・・とか言って妖怪を退散させられないのか。」

 他の者達も巴と伴に戦っている中、一八(いつぱち)は晴海に抱きつくように近づいた。

 「出来ぬことは無いが、今は倒すことが肝要じゃ。そうしなければ、また人に災いをもたらす。

 その方も猫又を斬ったことがあるのなら、戦うが良い。」

 訴える一八を晴海は突き放した。

 仕方なしに一八は戦いに参加した。

 小さな目標に六尺棒を振り回す紅蓮坊は手こずっている。兵衛は“”綾杉”の力もあり、次々と猫又を斃し、雉は小柄(こづか)を投げて、猫又を屠っている。

 その中で一番活躍しているのは巴と彼女が率いる魔物達・・戦人(いくさびと)、黄泉戦は集団で猫又に当たり、黄泉醜女は単独で猫又を斃している。その戦いに一八は加わったはずだった。

 おおよその猫又を斃し尽くし、兵衛達は晴海の下に集まった。

 その中に木村一八の姿はなかった。

 「あの野郎、逃げやがった。」

 紅蓮坊が毒づいた。

 「私の剣を持ったまま・・・」

 兵衛は当惑の表情を見せた。

 「儂の懐にある小銭も盗んでいったようじゃ。」

 それらの人の真ん中で、晴海が苦笑いを漏らした。

 「あの男、猫又を斬ったと申しておりましたが、和尚様の目にはどう・・・」

 「それだけの力はあるようじゃった。

 ただ解らぬのは剣の腕・・お主にはどう映った、紅蓮坊。」

 「腕も何も、滅茶苦茶だったよ。」

 紅蓮坊は嘲笑するように笑った。

 「私にはそれ程酷いとは・・・」

 巴が横から言う。

 「兵衛・・どう思う。剣ではお前がこの中で一番。」

 「解りませぬ。

 ですが巴殿が言う様にそれ程酷いとは思えませぬ。

 私には腕を隠していたようにも思えまする。」

 「儂の推挙状も持っておる。

 それを持って、兵部ノ丞に取り入ったとしたらどうなると思う。」

 「あんな奴、御庭廻組どころか、京見廻組に入っても叩きのめされるだろうよ。」

 「そうとも言えないでしょう。」

 兵衛が紅蓮坊の言葉を即座に否定した。

 「その木村一八ですが・・・」

 雉が横から声を発した。

 何か・・と言いたげな表情でその声の主に晴海は振り向いた。

 「戦いの途中にあやつは姿をくらまし、南に走りました。」

 「行き先は。」

 「奈良と思いまする。」

 「なぜお前にそんな事が解る。」

 紅蓮坊が怒鳴るように問う。

 「私には手、足、耳、眼が在ります。

 それは私自身のものではなく、私に忠誠を誓う者達のものです。

 そんな彼等が木村一八を追いました。

 その結果・・・」

 「貴方は何者なのですか。」

 巴が声を上げる。

 「以前も申した通り、甲賀の郷の・・」

 「そこでの地位です。」

 ははははは・・・珍しく雉は大声で笑い、その質問をはぐらかした。

 「兵衛、あの者は京で通用する腕を持っているのか。」

 その会話を晴海の声が遮った。

 「それは解りかねます。」

 「そんなもん解りきっているよ。

 御庭廻組どころか、京見廻組に於いても奴の腕は下の下、そう易々とは・・」

 「あやつは儂の推挙状を持っておる。

 それがあれば數貫の側近に成り得る。

 その腕が・・」

 晴海は意味ありげに笑った。


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