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建部城ノ介

 京見廻組の詰め所に餓鬼に子供の足が囓られた・・との報が届いた。

 その真偽を確かめるため、宗重は三番隊を派遣した。

 三番隊隊長は渋々現場に向かった。

 その隊は大きな商家に着いた。

 家の中では子供がわんわん泣いている。

 「何事だ。」

 隊長は不機嫌そうな声を上げた。

 「息子が足の指を噛み切られました。」

 商家の主人が彼にそう訴えた。

 「餓鬼とか・・」

 「つぶさには見ておりませんが・・多分・・・」

 「多分・・・

 そんな事で俺達に訴え出たのか。」

 しかし・・そう言って商家の主人は言葉に詰まった。

 「軽々しく鬼などとは言わぬことだ。

 事によってはその方等を召し捕らえるぞ。」

 隊長は商家の主人に凄味を効かせた。

 それでは・・・主人は下を俯き悔しげな声を上げた。

 その後、同じ様な訴えは引きも切らなかった。


 そんな中でも城ノ介の生活は怠惰で退廃的なものだった。

 いつものように派手な着物を纏い、京見廻組の屯所内に宛がわれた自身の一室に遊び女を呼び、昼間から女と酒に(うつつ)を抜かしていた。他の組員はそれを快く思っていなかったが、それを成敗するには彼は余りに強かった。安藤宗重もその一人であったが、彼に助けられた恩義があり、それを仕方なく眺めていた。

 「俺が行ってこようか。」

 街中の噂とも妄想ともつかぬ訴えに、宗重以下辟易している所に城ノ介がぶらりと現れた。

 お前が・・と不審な顔をする見廻隊隊員の中で、宗重は表情を輝かせた。

 「行ってくれるか。」

 それは厄介ごとを押しつけられる安堵からだった。

 「もし、鬼だったらどうする。」

 城ノ介の言葉に隊員の一人はクスッと笑った。

 「それを俺が捕まえてきたらどうする。」

 城ノ介はその笑いを無視して、宗重に詰め寄った。

 宗重は何も答えられず、じっと城ノ介の眼を見た。

 「手柄はお前のものにしてやる。

 但し、俺の希望を叶えて貰う。」

 そう言うと城ノ介はぱちんと指を鳴らした。

 その音に(いざな)われ、どこから出てきたのか、背中の丸い醜い男が現れた。

 「左次・・準備しろ。

 佐助はどうしている。

 彼奴(あいつ)も連れて行くぞ。」

 「佐助様はお元気です。

 すぐにでも準備を。」

 小男はあっという間にその場から消えた。

 「さて・・約束だ。

 訴えのあった商家に行って、餓鬼を捕まえてこよう。

 それを連れて、お前は數貫の所へ行き、己の手柄とするが良い。

 俺は実利を貰う。」

そう言って城ノ介は背中を向けた。

 

その日の内に城ノ介は訴えのあった商家を訪れた。

 商家の主は彼に何度も頭は下げたが、背面では城ノ介の姿に唾棄でもしたそうな表情を見せていた。

 「子供を見せて貰おうか。」

 そんな事には頓着なく城ノ介は言った。

 商家の息子は、右足の親指を囓り取られていた。

 城ノ介はその疵痕を詳細に調べた。

 「お前の言う通りだな・・餓鬼だ。」

 その言葉に商家の主の顔が明るさを湛えた。

 では・・彼は安堵の声を上げた。

 「捕まえよう・・今後この家に祟りがないように・・

 ただ、これ・・・」

 城ノ介は自分の親指と人差し指で輪を作った。

 「十両程・・・」

 商家の主はそう言った。

 「それでは今回だけだな。

 今後でぬようにするにはその倍・・」

 城ノ介は笑ってみせた。

 商家の主は手代に目配せをし、その金子をすぐに持ってこさせた。

 左次・・その金を前に城ノ介は後ろに控える小男に声を掛けた。

 「佐助を放て。」

 その声に左次と呼ばれた背中の丸まった男は自分の肩に留まった小猿を放った。

 小猿は一度鼻をクンと鳴らし、すぐに動き出した。

 そこか・・城ノ介は座敷の床の間に掛かった掛け軸を(まく)った。

 その裏にはもう一枚の絵があった。

 その絵は餓鬼の姿・・・

 「あんた遊びが過ぎるようだな。」

 城ノ介はニヤリと笑った。

 「あんたの内儀に聞いてみることだな。」

 城ノ介はその絵を巻き取って懐に入れ、三方の上の金子を握りその場を去った。


 「元凶はこれだよ。」

 城ノ介は宗重の前に一枚の絵を置いた。

 これだけ・・宗重は不審げに城ノ介の顔を見た。

 「一緒に行こうか。」

 城ノ介はその場に座る宗重の肩を叩き、起立を促した。

 その行き先は室町御所・・その一角に座る前村兵部ノ丞の役所だった。

 その建物を前に城ノ介は身を退いた。

 「その絵を兵部ノ丞に見せろ。

 だが、奴はお前の言うことを疑うだろう。

 しかし、時を移せばその絵の中の餓鬼が実体化する。

 お前はそれを斬り捨てる。

 それでお前の株が上がり、俺は前にも話した実利を得る。

 どうだ・・・」

 城ノ介は宗重の顔を覗き込み、宗重はそれに同意を示した。

 宗重は城ノ介に言われたままに數貫の前に餓鬼の絵を披露した。

 その絵が何だというのだ・・數貫は不機嫌そうに言った。

 この方・・宗重は蕩々と語り出した。

 その(かん)に床の絵がカサッと動いた。

 殿・・それに側に控えていた小姓が気づきそっと數貫の袖を引いた。

 が、數貫はそれを異にも感じなかった。

 餓鬼の絵がボウッと暗い影を放った。

 それを持ち込んだ宗重も驚いた。

 それ以上に尊大に構えていた數貫は仰天し、腰を抜かした。

 殿・・小姓は刀を差しだした。が、數貫はそれを取ることも覚束なかった。

 やあ、やあ・・・宗重はその影に名乗りを上げた。

 フン、馬鹿な奴だ・・・遠くに控えていた城ノ介はその様子を察して鼻先で笑い、刀の(こうがい)に手をやった。それは何時でも手助けをするための備えであった

 (その程度の奴なら、お前でも斃せる。)

 宗重の頭の中に声が響いた。それは城ノ介の声のようでもあった。

 意を決して刀を振った。

 それ程の手応えはなかったが、餓鬼は塵のように崩れ去った。

 見事・・・數貫は後ろに手をついたまま叫んだ。

 「見事であった。」

 數貫は威厳をなおした。

 「さすがは京見廻組局長。

 褒美を取らす・・何なりと望みを言え。」

 數貫は上機嫌で言った。

 「屯所の拡幅をお願いしとうございます。」

 宗重は頭を下げたが、それは城ノ介の望みだった。

 「そんな事で良いのか・・さすがに儂が見込んだ男だけのことはある。」

 そう言いながら數貫は庭先で跪く男に眼をやった。

 「城ノ介も居ったか。」

 わざとのようにそう言った。

 「近々、ここに訪ねてくるが良い。」

 數貫は上機嫌で席を立った。


 「これであんたは推しも推されもせぬ京見廻組の局長だな。

 何しろ餓鬼を切った男だからだな。」

 屯所への還り道、城ノ介は意味深に言った。

 (あの時の声は・・・)

 宗重は口を出そうになった声をグッと呑み込んだ。

 「ところで、俺の部屋は狭すぎる。」

 城ノ介は宗重に囁いた。

 「俺が遊び女を侍らす部屋を一つ、茶でも飲む部屋も一つ、お前等とは違う食事のための厨房と・・そうだな厠も別にしてくれ。」

 宗重は一々頷くしかなかった。

 「左次が寝泊まりする小屋を一つ・・そうだな佐助の居場所もいるな。」

 どこまでつけあがるのか・・宗重は刀の柄に手を掛けようとしたが、その手はあっさりと城ノ介に掴まれた。

 「これで見廻組への配当も増えようが、その五分の一を給金とは別に俺に渡せ。」

 そこまで言って城ノ介はわははと笑って宗重の側を離れた。


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