腕比べ
それから三日後、義政の宣言通り京見廻組の接見が行われた。
全ての俸給は尾張斯波家によって賄われる。
今回の総見は教貫と晴海和尚、それに伊東玄白が出席し、まだ京に滞在していた斯波義廉も同席した。
「安藤宗重にございます。
この度は京見廻役に御推挙頂きありがとうございます。」
宗重はまず教貫と玄白に頭を下げ、それから土下座した。
「上様には私如き者をお取り立て頂き感謝の念もございませぬ。」
「その隊をご覧に入れよ。」
教貫は土下座する宗重に声を掛けた。
それもそのはず、義政の顔には長口上を嫌う風が見えた。
はっ・・・宗重は立ち上がり、隊員を呼んだ。
隊員達はその数、十数名・・義政が思ったより少なかった。
「先の御前試合で残った者が拙者も含めて十二名・・その内の一人は大怪我を負っております。
それを除けばこの人数でございます。
拙者はこれを七人ずつ七隊を・・・」
「先の話はどうでも良い。」
義政が苛立たしげな声を放ち、将軍の前に座る斯波義廉は宗重の声を手で抑えた。
「京の街に鬼の跋扈が続いておる。
晴海の話しでは、お前達でも今出没している餓鬼や小鬼は斃せるそうだ。
お前達には市中の鬼狩りを命じる。」
そう言って、義政は教貫に目を移した。
「そなたが言って居った男は連れてきたか。」
はっ・・と教貫は平伏した。
「ここに呼べ。」
教貫は幔幕の奥に声を掛けた。
「斉藤長太郎です。」
教貫は幔幕の後ろから現れた男を紹介した。
長太郎は背が高く細身に見えた。だが着物の内に隠された体躯には、がっしりとした肉が秘められていた。
「そなたの腕を教貫が誉めて居った。
そこにいる安藤宗重と手合わせをしてみるが良い。
勝った方を身近に召し抱え、教貫の補佐とする。」
その声に宗重は勇んで木剣を握った。
それに対し長太郎は鷹揚に木槍を手にした。
まず、宗重が突っかけた。
その剣を長太郎が捌く。
数合の立会の後、二人は後ろに退いた。
ありゃ、ありゃ、ありゃ・・・奇妙な掛け声を発し、今度は長太郎が突いて出た。
グルグルと回すその槍先に宗重は圧された。
「この者・・・」
晴海は義政の耳元に口を寄せた。
「そこまでじゃ。」
その声を聞いた義政がその仕合を止め、立ち上がった。
「着いて来るが良い。」
義政は教貫と長太郎に声を掛けた。
「安藤宗重・・そちを京見廻組の局長に任じる。
但し、その方の上役は前村教貫と斉藤長太郎とする。
これより、よく働け。」
そう言い残し、義政は奥へと去り、教貫と長太郎は腰を屈めその後を追った。
義政は書院に入り、二人はその前の廊下で平伏した。
「遠慮せずとも良い。中に入れ。」
二人は膝を以て書院内に入った。
「見事な腕であった長・・・」
義政は一瞬声を止めた。
「長太郎と申すか。」
はっ・・と彼は畳に額をこすりつけた。
「農民のような名だな。」
長太郎は耳まで赤らめた。
「その名に愛着はあるか。」
平伏したまま長太郎は首を横に振った。
「そうだな・・・
では蔵人とせよ。
名乗りは長光・・・
どうだ、余が決めた名だ。
異存は有るまい。」
長太郎・・いや蔵人長光は額を畳にこすりつけた。
「大炊ノ介・・・蔵人の上司が大炊ノ介と言うのも妙だな・・・」
義政は半開きの扇を口に当てて笑った。
「役職を与えよう。
それをそのまま名にするが良い。
兵部に組み入れる。これで余の廻りに出入りしても怪しまれることはない。
兵部ノ丞を与える。」
大いなる出世・・・教貫もまた、下げていた頭を更に低くした。
パンパンと義政は二度手を打った。
小姓が駆け足で書院に入って来る。
「晴海和尚を呼べ。
それに膳部の用意。」
義政は上機嫌でそう言った。