御所の鬼(22)
× × × ×
兵衛が駆け戻った侍所の庭は人と鬼でごった返していた。
その中央には既に一丈を超える木鬼の姿があった。
その前に立つのは巴のみ・・遼河はかえでを守り、紅蓮坊は他の鬼と相対している。
御所の護衛兵は鬼達に薙ぎ倒されている。
鬼の行き足は奥村左内が率いる僧兵達が辛うじて止めている。
「鬼若様、我等に構わず根の術を。」
人鬼の一匹が木鬼に向け叫んだ。
それで木鬼の名が知れた。
「紅蓮坊、鬼若とやらに向かえ。」
今度は人の声。
「鬼木殿、拙者もそちらに向かう。」
兵衛の声がそれに混じった。
後は頼んだぞ・・・大声を後ろに残し、紅蓮坊は庭の中央に走った。
「上にあがるぞ。」
城ノ介は安藤宗重の耳元で囁いき、宗重はそれに振り向いた。
「見ろ。
前村の前には木村一八のみ。
晴海の所にも雉と老人しかいない。
俺とあんたがそこに加われば、恩賞は思いのまま・・・」
城ノ介はにやりと笑い、宗重はそれに頷いた。
「市之丞、後は任せた。」
大声を上げ宗重は城ノ介に言われるままに階の上に登った。
その後ろの庭では土から飛び出る根に次々と兵達の命が絶たれていく。
それとほぼ同時に紅蓮坊は鬼若の前に立った。
当然根が走る。
だが、紅蓮坊はその根の動きを予測したように土中のその根を金棒で叩いた。
「あんた解るのかい。」
巴がその様子に驚きの目を向けた。
「どう言うわけかな・・・」
紅蓮坊自身も、そのわけは解らなかった。
「だがどうやってこの化け者を斃す。」
紅蓮坊は困惑気味に巴を見た。
その一瞥を受けた巴は、その場に鬼から奪った薙刀を突き立て、かえでの後ろに立ててあった自分の薙刀を取りに走り、すぐに戻った。
「あんたの力は“土”・・木とは余りにも手合いが合いすぎる。
私は“火”・・木を倒せるのは・・・」
「燃やそうというのか。
だがその力は・・・」
紅蓮坊は思案げに巴を見た。
「こここれに到っては仕方がない。」
巴は自身の薙刀を大上段に構えた。
「お前に向かう根は全て俺が潰す。
お前は思う存分やれ。」
紅蓮坊は巴にそう声を掛けると、次々と巴に伸び行く木の根を土の中で破壊した。
巴は頭上の薙刀をくるりと回した。
その刃に火が点る。
巴はそれを自分の身体に纏わり付かせるように舞った。
炎の旋風が巴の身体に纏わり付く。
それを以て巴は木鬼に斬り掛かった。
木鬼・・鬼若が炎に包まれ、苦しげにのたうち回り、自身も苦しめる炎に対し、あたり構わずその根を突き上げた。
巴の傍らに立つ紅蓮坊はその出現を先に察し、尽く(ことごとく)その根を潰した。
「退け(しりぞけ)。」
鬼木元治が最初に自身が率いる隊に声を掛け、他の隊もそれに続いた。
鬼若を焦がす炎は侍所にも燃え移った。
「火消し隊はいないのか。」
源三が大慌てで大声を上げた。
燃える侍所を見てあちこちから水を満たした手桶を持った者達が駆けつけてきた。その者達は、南池から数珠繋ぎで水を運んできた者達だった。
「主水の介殿、あの者達を鬼から護ってくれ。」
元治の声に、菊池主水の介は「おう・・」と応えその列の前に京見廻組の一隊を率いて向かった。
「相良市之丞、何をしておる。」
続けて元治は北門から引き上げてきた一番隊員に声を掛けた。
「そなたの手元にも京見廻隊がおろう、その隊で侍所の前を護れ。」
元治の指示は的確だった。
庭に群がる鬼退治は自身の手元に残った京見廻組の一隊と、北門から駆け込んできている奥村左内が率いる護皇隊の一団がその討伐にあたり、その中には国立京ノ介の姿も見えた。