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序章
鬼の災厄がここから始まる。
序章
どんよりと曇った空を一人の農夫が見上げていた。
彼の側では、母親に抱かれた赤児がピイピイと泣いている。
「降りそうだな。
先に帰っていな。」
農夫は彼の妻に眼をやった。
「この児にお乳をやってから・・」
妻はそう言ってニッコリと笑った。
季節に似合わぬ冷たい風が、頭の後ろにひとまとめにした農夫の髪をヒュウッと嬲った。
「風が冷たくなった。すぐにも降り初め・・・」
一陣の風が言葉を投げかけようとした農夫を包み、砂埃がその姿を妻の目から消した。
妻は赤子を胸に掻き抱き、砂塵が収まるのを待った。
顔に当たる砂飛礫が収まる・・眼を開けた彼女の視線の先には、夫の姿はなかった。