111・雇用
僕は領地に来てからは、誕生日会は体調不良を理由にほぼ不参加だ。
アーリーへの贈り物はちゃんと選んで発注している。
そして、夜になってからこっそりと会いに行く。
今年は小粒の魔石を数個、宝石箱に入れて贈った。
「何にでも加工出来るものだよ」
リリーへの贈り物にも、魔道具の燃料にもなる。
良質な魔石なので売れば良い値が付くはずだ。
「ありがとう!、リブ」
アーリーがギュッと抱き付いてくる。
生体情報を更新しながら、これもいつまで続くかなと思うと少し寂しい。
アーリーからは毎年、新しく出た本をまとめて贈ってもらっている。
それを、一年かけて読むのが僕の暇つぶしだ。
来年は本邸で成人の宴が行われるので、その日は参加しなければならない。
公爵家の縁戚関係や、お祖父様の友人、アーリーの学校の友人などが集まる。
今から気が重い。
南の歓楽街の町が完成し、次は領主館の使用人棟を改装した。
一階は今まで通り領地の子供たちの勉強する教室。
二階は食堂と会議用、一部は子供たちの寝泊まりする娯楽用の部屋。
三階を全て執務用にした。
使用人の私室は本館の余った部屋を使ってもらう。
この本館、部屋数だけは無駄に多いんだよな。
三階は来客用だが、使用人の家族用が二階に、それより少し狭い程度の独身使用人用の部屋が一階にズラリと並んでいる。
夏になり、公爵家文官の一団が領地にやって来た。
独身が多いが、家族連れもいる。
色々と事情がありそうな面々だ。
「独身者は二十五名で男性二十名、女性が五名。
夫婦が五組、五人家族が一組です」
スミスさんが名簿を見ながら報告する。
いつも通りに独身男性は全て兵舎行き。
辺境地じゃ鍛え直さないと使えないからな。
嫌ならいつでも王都に帰ってもらって構わない。
さて、何名残るかな。
試用期間は一ヶ月と決まっている。
毎日、朝一に王都に向かう馬車が出ているので帰る場合には自腹でそれに乗ってもらう。
一ヶ月後に帰る場合は、馬車代、途中の宿泊費は公爵家負担である。
勿論、領地に滞在している間は公爵家の文官とその家族という扱いなので、滞在費は無料で、仕事もあるが強制ではない。
「好きにして構わない。 そちらにも都合があるだろう」
本気で領地で勤める気がある者以外に、観光、遊び目的の者もいるのは知っている。
だけど、最初にちゃんと「領主に迷惑をかければ地下牢行き」には署名させた。
彼らの雇い主はお祖父様になるからね。
いくら僕が一任されていても、彼らが素直に僕を公爵の代理と認めない場合もある。
「反抗的な者の名前を書いて通信用文書でお送り下さい。
すぐに解雇通知を返しますので」
文書送信に慣れてきたカートさんの返信が早い。
解雇後なら好きにして構わない、ということだ。
僕としては何名を地下牢行きに出来るか、楽しみである。
温室で休憩していたら声を掛けられる。
「坊ちゃん、大きくなられて!」
本邸に引き取られた頃、庭をフラフラしていて、よく世話になった老夫婦だ。
庭師の青年の親戚に当たる。
「老後は田舎に住むのが夢だったんですよ」
「坊ちゃんがいるところなら安全だし」
「えー、そうかなあ」
僕はチラッと庭師の青年を見る。
「あははは、間違いではないでしょ」
魔鳥の世話を頼むために呼んだらしい。
なるほど、来たのは文官だけではなかったのか。
「わ、わたしはソルキート隊長に憧れて!」
平民の兵士も混ざっていた。
辺境地に遠征出来るのは、騎士や実力が認められた者に限られる。
若い平民の兵士はまだまだヒヨッコなので、志願しても領地には来られない。
だから文官の募集に潜り込んだらしい。
いや、だからさ、文官が人手不足なんだよ。
うーん、全体的に足りないから、まあいいけど。
独身女性五人のうち、若い娘さんは二人で、あとは夫を亡くした未亡人である。
「公爵家に奉公しているだけで結婚のお話しはたくさんいただくのですが」
煩わしいことも多いらしい。
「ここなら領主館だけでなく、町中にも色々仕事はあるから、自由に選んでいいよ」
そう言ったら驚かれた。
「公爵家に忠義は感じております。 決して裏切るようなことは」
ん?、そんなことは心配してないけどな。
「色々事情はおありでしょう。 一ヶ月はゆっくり見極めて下さい」
こっちも観察させてもらうからね。
そんなわけで、新たに四十名が増えた。
ジーンさんや子供たちに案内を頼んでいる。
一応、客というより仕事仲間だ。
しかし、公爵家本邸で働いているという自負からか、領地で働く者を田舎者扱いしているのをチラチラ見かける。
いいのかな?。
ここで働くことになれば、歳下でも先輩だぞ。
王都と辺境地じゃ、安全面もだいぶ違うから、現地の人間に従わないと不味いこともあるんだがな。
いやまあ、ここで働く気がないなら別にいいんだけど、カートさんに報告はさせてもらう。
動きが怪しい奴は若干いるが、恐らくは誰かに調査を頼まれたんだろうな。
温泉施設にも少人数ずつ行ってもらっている。
予約制だけど何とかねじ込んだ。
問題起こす者はいないと思うけど、そこでの行動もちゃんと見られてるからね。
気を付けろよ?。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
公爵領である辺境地に文官の募集があった。
王都の本邸で働くオリビアは二十代後半の独身女性。
「あの、これ、私でも参加出来ますか?」
使用人用食堂に張り紙をしていた文官に訊ねる。
「勿論です。 北の領地は新しい施設や町が出来て人手不足なんです。
現地で人を雇うにも、そもそも田舎なので人口が少ないんですよねー」
若い文官はそう言って苦笑した。
「しかも、領主はまだ未成年で代理ですから」
公爵家後継といわれる少年アーリーの双子の兄イーブリス。
彼の評価は公爵家の使用人の間では真っ二つに分かれていた。
イーブリスは七歳で領主代理として辺境地に赴任した。
七年前だ。
オリビアは、まだその時は公爵家に来ていない。
「イーブリス様って、どんな方ですか?」
オリビアは何人かに訊いてみた。
「うーむ、なんていうか、おとなしい子供だったよ」
古くから勤めている人でも七歳の子供の印象はほぼ変わらない。
「病弱でね、かわいそうな子だよ」
公爵が三歳の時に引き取った孤児だというのは一部の人間しか知らなかった。
亡くなった公爵家の一人息子にそっくりな双子。
弟が後継として本邸に残り、兄は病弱で転地療養のため辺境地に行った。
なんだか同情してしまう。
オリビアは王都から離れた地方都市の出身で、その地方では名家の子爵家の娘だ。
ただ母親が早くに亡くなり、父親が再婚。 新しい母親や腹違いの妹と上手く行かず、王都の学校へ進学と同時に家を出ていた。
今では妹も結婚して子爵家を継いでいる。
オリビアは学校を卒業後、公爵家で働き始め、仕事が忙しいことを理由に家には一切帰っていなかった。
特に美しい容姿であるわけでもなく、会話も得意ではない。
勉強しか取り柄がないガリガリに痩せた娘だ。
それでも真面目であることを評価されて、学校から推薦で公爵家に入れた。
四十名の使用人たちと護衛の兵士は、十日を掛けて辺境の領地に到着する。
「ようこそ、皆さん。 遠い所、お疲れ様です」
「先にお部屋へご案内いたしますわ」
美しい執事夫婦が出迎え、地元の子供たちが案内してくれる。
「ほえ、立派な館だなあ」
領主館は三棟あり、それぞれに大きな浴場があった。
男性は兵舎にある浴場、女性は使用人棟の浴場を案内される。
一緒に十日間の旅をして来た皆と湯に浸かりながら考えた。
(私は運が良いわ)
実家から最近、金の無心が届くようになったので、どこかに身を隠そうと思っていたところだったのである。
(ここなら公爵家を辞めなくてもいいし、またいつか王都に戻れるかも)
オリビアにはそんな期待もあった。