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110・教育


 僕は領地に戻り、翌日からまたバタバタと忙しくなる。


「カートさんからニ、三日おきに書類を取りに来るよう、言われました」


スミスさんと本邸の文官の間では、僕が本邸に行く度に書類の交換をしてきたが、不定期では困るということになったらしい。


今まで僕は本邸に行く当日の午前中くらいに知らせを送ってたからな。


あっちではいきなり来た感じになるんだろう。




 僕は大量の書類にため息を吐く。


「文書箱でも作るか」


書類が入る程度の箱に闇の精霊に頼んで住んでもらい、本邸と常に繋がっているようにすれば行き来する時間の無駄はなくなる。


書類のためだけに闇の精霊を使うのはちょっと気が引けた。


「でも、それだと闇の中で書類が行方不明になりませんか?」


そうだなー。


「なるべく構造を簡単にして、二つ作ってみよう」


領地から本邸用と、本邸から領地用。


そうすれば中で混ざらないだろう。


「書類を送る前に枚数や簡単な内容を書いたものを一枚送っておき、後から本書類を送る」


それで相違がないか確認してもらえばいい。


量が多い場合は封筒や袋に入れて送ったほうが良いかな。


「分かりました、やってみましょう」


あ、でもそれ、作るのは僕か。


うーむ。


「忙しいのは最初だけですから、繋がった後はお任せ下さい」


スミスさんには邪魔臭いって思ったのがバレた。




 二日後、書類用木箱が四つ、目の前にある。 


早いな。


領地用と本邸用、各二個。


執務室から私室に移り、少し室内を暗くして闇の精霊を呼び出した。


簡単に意識の中で説明する。


「出来る?」


箱の中に本邸と常時繋がっている穴を開ける感じだ。


 しばらく身体を揺らす精霊をスミスさんと二人で見守る。


ポンッと黒い塊を投げてきた。


「自分で作れってか」


僕はため息を吐く。


闇の精霊が作り出した魔物を、僕が形を作って使命を与える。


イヤーカフやピアスを作ったのと同じだ。


貰った塊を四つに裂いて、箱の底に敷く。


単純な魔道具の完成。


「でもこれ、本邸に繋げるのは僕じゃ無理だよ。


え?、出来るって?、ホントに?」


小さなもので生物でなければいける、と闇の精霊が言うので、夜になってから試して見ることにした。


昼間、堂々と行ったら本邸が混乱するからな。




 知らせを送り、夕食後に本邸の自室に出る。


「お待ちしておりました」


大量の書類を持ったカートさんが居た。


スミスさんも顔が引き攣っている。


「ご苦労。


あのさ、僕が行き来しなくても送り合える通信専用の箱を設置しようと思うけど、どこが良い?」


カートさんは驚きながらも目がキラキラして嬉しそうだ。


「大旦那様に確認して参ります!」


いやいや、お祖父様のところなら一緒に行くよ。




「ほお、面白いことを考えるな」


箱を二つ、取り出して見せると、お祖父様は興味深そうに近寄って来た。


書類より少し大きい、蓋のない木箱。


底には真っ黒な闇が貼り付いている。


「籠を一つ用意してもらえる?」


「はいっ」


覗き込んでいたカートさんがウキウキと部屋を出て行く。


 僕は執事長に説明した。


「一つはそのまま置いて書類を入れると領地の執務室に届きます」


そう言って、机の上に置いた箱の一つに、執事長に名前を書かせた紙を一枚入れる。


「もう一つは、籠を一つ置き、その上にうつ伏せになるように置いて下さい」


少し浮かせて置いてもらえれば尚良い。


カートさんが持って来た籠の上に浮かせた状態で箱を裏返しにして乗せる。




 しばらくして、ハラリと一枚の紙が籠に落ちた。


網目の空いている籠をお願いしたのは、書類が中にあるかどうかが一目で分かるからである。


木箱だと分からないから、気付かずに放置されてしまう。


お祖父様やカートさんが驚き、恐る恐る紙を眺めた。


ちゃんと執事長の署名がある。


「向こうで届いた紙をこちらに送ってもらいました」


領主館では既に執務室に設置してあるので、ジーンさんに待機してもらっていたのだ。


これで書類が往復出来ることが証明される。


僕はホッとして息を吐く。




 執事長が淹れてくれたお茶を飲む。


スミスさんが注意事項を書いた紙を渡しながらカートさんに説明している。


僕も一応、話しておこう。


「僕からは禁止事項だけお伝えしますね」


執事長に向かってハッキリとした声で話す。


「生き物は中で死にます」


小さなものでも命のあるものは無理。


「大量の魔力を保有しているもの、光属性のあるものは受け付けません」


多少の魔力は許容するが、闇の精霊が作った魔物なので光を嫌う。


箱が拒否して吐き出すと思う。


細々とした注意は後でカートさんに聞いて欲しい。




 その時、扉が叩かれた。


「お祖父様。 入っても構いませんか?」


アーリーの声だった。


「ああ、入りなさい」


お祖父様が呼んでいたらしく、アーリーの後ろには従者のエイダンもいる。


「実はお前たちに話がある」


アーリーは僕の隣に座った。


「十五歳の成人を前に、女性に対する教育が必要なのだが」


ふむ、性教育かな。


アーリーはいまいちピンときてないみたいだけど。


「何か希望があれば聞いておこうと思ってな」


お祖父様がわざわざ聞くのは、アーリーもまだそういう経験がないということか。


「娼館ですか?、それとも本邸で?」


僕がハッキリ言うとお祖父様はニヤリと口元を歪める。


「希望を聞きたいのだが?」


へえ、そこまで自由にさせてくれるんだ。




「僕はどちらでも構いません。 ただ『魔物』でも良いという女性にお願いします」


そんなのがいるかどうかは知らん。


「えっ?。なに?」


まだ分からないらしく、アーリーが首を傾げる。


「初めてのお相手となる女性の好みを伺っているんですよ、アーリー様」


エイダンが冷静にアーリーを嗜めた。


アーリーがハッとした顔になる。


ようやく気付いたようだ。




 僕は予めスミスさんに、近々そういう話があるだろうことは聞いていた。


「アーリー、言っとくけど」


僕は隣を見ずに声を掛ける。


「これは高位貴族の男子なら必ず受ける教育だ」


女子の場合は聞いたことがないから分からない。


「自分の惚れてる相手はやめたほうがいいよ」


相手に恥をかかせないことも教育の内に含まれていた。


「あ、うん。 僕は、その、お祖父様にお任せします」


お祖父様は頷く。


「ではまた決まり次第、伝えよう」


「はい」


恥ずかしそうに立ち上がり、アーリーは退室しようとする。




「エイダン」


僕はわざと厳しい声を上げる。


アーリーの足が止まった。


「はい」


エイダンは一歩僕に近寄る。


「その日まで絶対に女性を近付けるな。 特にメイドたちには気を付けろ」


「承知いたしました」


深く礼を取ったエイダンは、アーリーの背を押しながら退室して行く。


本邸にはアーリーにベタ惚れしているメイドがいるのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「エイダン、あれはどういう意味なの?」


アーリーは自分の部屋に戻り、手伝ってもらいながら着替える。


「そのままでございます。 貴族の男子の婚姻相手の女性もまた貴族です。


初夜が上手くいかなくて破談になったら、恥をかくのはアーリー様ですよ」


「それは分かってるけど」


アーリーは不満そうに頬を膨らませた。


「メイドに気を付けろって何?」


部屋を出ようとしたら、イーブリスから釘を刺されたのだ。


「そうですね」


実際に起こるとは考えづらいが、あり得ないことではない。


「例えば、リリアン様が貴族教育で他の男性とそういった行為をしなければならない、とアーリー様が知ったとしたらどうなさいますか?」


「絶対嫌だ。 邪魔してやる」


エイダンは答えが予想通りで苦笑する。


「そう思う相手がアーリー様にもいるかも知れないということです」


邪魔だけならいいが、下手をすると自分がその相手になろうと画策するかも知れない。


しかも、それが身近にいるかも、ということである。


アーリーは「うーむ」と考え込んだ。



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