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107・言葉


 僕は巫女と呼ばれている古の悪魔と二人っきりになった。


「確認するが、キルス王の若さはお前のせいでは無いんだな」


「ああ。 あの男はわしのお蔭だと思っておるようだが、元より信心深く王としての素質があったのじゃろう」


僕は首を傾げる。


「おかしいだろ?。 キルス王族の若さは精霊の加護だったはず。


お前の話では、もう精霊はいないと言ったじゃないか」


悪魔は頷いた。


「あれには何かが取り憑いているのではないかと思う」


それが何かは古の悪魔でも分からないそうだ。




 水溜りのように丸くなった闇の精霊が僕の足元で心配そうに波うつ。


もう一つ、さっきから気になっていたことがある。

 

「古の悪魔。 お前は精霊と話せるのか?」


僕には精霊の言葉は分からない。 ただ言いたいことがなんとなく分かる程度だ。


向こうは僕の言葉は分かるようで、頼めばちゃんとやってくれる。


「なんじゃ、キサマは精霊の声も聞けぬ未熟者か。


まあ生まれてそんなに時間が経っておらぬようだから仕方がないか」


くそっ、忌々しい。




 僕はイライラが止まらなかった。


何でもいいからハッキリとした答えが欲しい。 言葉で言ってくれ。


「だからキサマはまだ子供なのだ」


嫌味か。 姿形はお前のほうが幼いだろうが。


「わしはただ長く生きてきたお蔭で精霊の声が聞こえるだけじゃがな。


ま、仕方ない。 わしが精霊に訊いてやろう」


古の悪魔が僕の前に座り込む。


「知りたいことがあるのじゃろ?」


「ああ」


僕も悪魔の前に座る。




 僕は床を二度叩く。


ニュルンと闇から伸びた触手。


「通訳しろ。 お前は何がしたいんだ、と」


古の悪魔は闇の精霊に話し掛ける。


「ふむ。 やはり元はキルスの神殿底の精霊のようじゃな」


ヒッヒッと、古の悪魔は少女の容姿に合わない笑い方をする。


それ以上何も語らないので、僕は方向を変える。


「では」


足元から黒い闇が伸び、僕は口元を歪めて笑う。


影が形作ったのは悪魔の王。


何故か闇の精霊がこれを気に入ったらしく、最近は何も言わなくても僕の影がこの形になることがある。


「これは何だと思う?」


それを見た少女は首を横に振る。


「さあな。 見た目は『魔王』のようじゃが、本物は見たこともないからの」


「闇の精霊がこれを僕に見せた意味が知りたい」


いつまでもこのままでは都合も悪いしな。


「キサマはこれに心当たりはないのか、シェイプシフターよ」


「ない」


本当にない。




 僕の顔をじっと見ていた悪魔がため息を吐いた。


「魔物のくせに、おかしな奴じゃ」


まあな。 人間として暮らしながら、その実、身近な者には魔物だと知られている。


「そんなこと分かってるさ」


「いや、キサマは分かっておらん、未熟者よ」


僕はまたイライラが募る。


「わしの目から見ると、キサマには『魔』の気配がない」


「は?」


何を言って……。


「瘴気と魔力、混沌の闇から魔物は生まれる」


悪魔の声は姿に合わぬ年老いた声に聞こえた。


「キサマからは『魔』ではなく、『精霊』の気配がする」


「ああ、それはきっと闇の精霊がずっと傍にいるから」


「そうじゃろうかの」


ニュルンと闇の精霊の触手が伸びて、僕の身体に触れる。


「その精霊はキサマの中に入りたがっているぞ」


「えっ」


「キサマの魔力は何で出来ておる?。 もしかしたら『精霊』ではないのか」


少女は立ち上がる。


「わしにもよく分からんが、その闇の精霊の言葉をそのまま伝えるならば」


『早く王の器になって自分を仲間に入れろ』


「だそうだ」


少女は部屋を出て行った。




 僕は、ぼんやりしていたらしい。


気付くとかなりの時間が経過していて、キルス陛下一行は町の視察を終え、国に帰っていた。


ブリュッスン男爵との交渉も、リナマーナが成人したらもう一度話し合うことになったそうだ。


そこは僕もあまり口を出す気はない。


リナマーナは現在、母親に事情を説明するため王都に向かっている。


あの父親も兄のマールオも、今頃は王都の屋敷に向かう馬車の中で小さくなっているだろう。




 今、僕はスミスさんから領主館の自分の部屋に軟禁されている。


ぼんやりしていて、使いものにならないらしい。


体調を崩していることにしてもらっているが、あながち間違ってはいないしな。


 考えることが多過ぎて混乱していた。


何をしていいのか、分からなくなっている。


そんな僕を癒すつもりなのか、リルーが森から戻って来て、ずっと傍に居てくれた。


「ありがとう、リルー」


【当たり前なの。 とーさまはリルーのとーさまだから】


ペロリと顔を舐められ、僕も柔らかな白い毛を撫でる。




 僕はリルーと一緒に執務室に入り、お茶を貰って飲む。


『不幸な子供』については、これから公爵家とキルス国との間で交渉するということになった。


本邸にその旨の手紙を送ったら、カートさんから抗議を含めた大量の文書が届いている。


ジーンさんがとても忙しそうだ。 すまん。


「いえ、私は嬉しいです。 イーブリス様のお手伝いが出来て、本当に良かった」


ジーンさんは、この領地で浮浪児たちの世話をしていただけでなく、彼女自身も何かの理由で親元から離され教会で育った女性である。


不幸な子供たちが少しでも減るならと精力的に手伝ってくれていた。


「私は本邸のカートさんの指示通りに動くだけでございます。


出来れば、この領地の学校を出た子供たちにも手伝ってもらおうと考えておりますから」


ジーンさんは教会から身を隠しているので、あまり大っぴらに動けない。


「そうですね、よろしくお願いします」



「でもジーンさんは赤子の世話もあるし、大変でしょ?」


スミスさんとの間にまだ半年にならない男の子がいる。


「うふふ、夫の方が赤子の扱いが上手いのですよ」


おお、意外だ。


 本邸との間は僕とスミスさんが往来して話を纏める。


上手くいけば極悪人の一人くらい、うちの牢にぶち込めるかも知れないな。


楽しみだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 寝る時間になり、スミスはイーブリスの着替えを手伝いながら話し出す。


「……キルスの巫女と、どのようなお話をされたのかは訊きませんが。


少しは良いほうに向かったようですね」


「うーん、そうなのかな」


イーブリスにはイマイチ分からないようだ。


「イライラは少し収まった気がするけど」


闇の精霊の言葉が聞けたらしく、イーブリスは少し落ち着いてきた。


「なんだか知らないけど、僕に『王の器』っていうのを求めているらしい」


イーブリスがそう言うとスミスは首を傾げる。


「はあ、だから『魔王』の姿を見せていたんでしょうか」


「そうかもね」


それよりも、かなり気になる話が聞けた。




「僕の魔力は『精霊』に近いらしいよ」


生まれたての頃は異常な魔力をダダ漏れさせていたために、『悪魔』と呼ばれていた。


ずっと抑える工夫をして来て、今では普通に人間としか認識されない。


しかし巫女によると、やはり異常な魔力をしているというのだ。


「闇の精霊は僕に入ろうとしているんだって。


それってさ。 もしかしたら、他にも僕の中に何か居るんじゃないか?」


シェイプシフターはそんなことを考え始めている。




 そういえば、身に覚えのない記憶がある、と言っていた。


「シェイプシフターとして生まれる前の記憶だろうな」


「その頃から洞窟の精霊とは仲が良かったんですよね」


「うん。 僕は何もしていないけど」


精霊たちが勝手に感情を読み取って魔法を発動する。


だから、洞窟から公爵家の息子を放り出し、母親に対しても危害を加えたかも知れないと言う。


「僕がアーリーに擬態して最初に聞いたのが、女の笑い声と、雷の音なんだよね」


スミスはイーブリスをベッドに押し込んで考える。


「イーブリス様、そこにどんな精霊がいたか、覚えていらっしゃいますか?」


「特に仲が良かった精霊は光と風と土かな。 いつも何かがチカチカしてたし、風が気持ち良かった。


闇は一番遠かった気がする」


スミスは大切に記憶した。


 

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