138・優気
最終話になりますので少し長めです。
僕はとりあえず着替え、実務用の机に着いてからお茶を頼む。
一旦、落ち着こうか。
ズズズーッとお茶を啜っていたら、ソルキート隊長と、何故かタモンさんがやって来た。
「おー、ここもかあ」と、のんきに山積みの荷物を見ている。
「説明してくれ」と二人を睨む。
「何言ってるんですか、これ、領主様が公布されたからですよ」
「公布?」
タモンさんの言葉に首を傾げる。
「お忘れですか?。 王都へ向かわれる前に、領民に領主代理から正式に領主になられる告知を貼り出しました」
僕は頷く。
急に「明日から」と変わるより、ひと月くらい前に告知して、余裕をもたせて浸透させるためだ。
「その時に贈り物の告知もされましたよね」
「ああ、あれか」
『今年から領主の誕生祭を開催することにした。
これから一ヶ月の間、全ての領民は一人に一つずつ贈り物を購入、または製作。
それを一番大切な者に贈ること』
僕が公爵家に入って困ったことの一つがコレ。
「公爵閣下が、誕生日には必ず贈り物をするものだと言ったんだ。
で、毎年、何が欲しいかと訊かれる」
その上、「欲しいものが無い」とか、「何でも良い」は却下された。
しかもお祖父様への贈り物は僕たち自身なので、他のものは一切受け取ってもらえないという理不尽さ。
隊長もタモンさんも苦笑する。
「あれからずっと僕は苦労してるんだ」
スミスさんもウンウンと頷いている。
公爵家は強大な力と金があるため、お祖父様の許可さえ出れば何でも良く、下手をすると邪魔なモノの排除さえ出来てしまう。
「最近はずっと領地の予算関係でしたね」
スミスさんがしみじみと呟く。
「うん、お蔭で予算の心配はいらないし小遣いも減らされないし、それは助かるよ」
領地経営が赤字だと僕に対する評価も下がるから、小遣いも減らされるんだよな。
いや、問題はそこじゃない。
「つまり、皆にも苦労してもらおうと思ったのさ」
実は平民には誕生日を祝う習慣がない。
誕生日を知ってる者自体が少ないし。
当然、贈り物なんて貴族や富裕層のもので、特別な日でもない限り、滅多に遣り取りしないのだ。
相手は誰でもいいし、贈るものだって何だっていい。
皆、悩めばいいんだ。
そうすれば、こう適度に瘴気が蔓延して美味しいかなあ、なんて思ってた。
「領民にも贈り物に悩む期間を設けようとされたのですか?」
僕が頷くとソルキート隊長が呆れている。
「大切な人に贈れと書いたのに、なんでここに山積みになってるんだ?」
それが分からない。
新しい辺境伯である僕に媚を売りたい商人や、他領の貴族なら理解出来る。
だが、この荷物の多くは領民たちからなのだ。
「それだけ、皆がご領主様に感謝しているのです」
ソルキート隊長が微笑む。
むさいおっさんの笑顔なんていらない。
「俺も同じだ。 カミさんと二人でがんばって作ったんだが、これじゃあ、どこにあるか分からんなあ」
タモンさんの言葉に僕は頭を抱えた。
なんでまた贈り物で悩まなきゃならないんだ。
「とりあえず整理いたしましょう。 領兵と子供たちを集めてまいります」
スミスさんがそう言って、ソルキート隊長と一緒に部屋を出て行く。
「それじゃ、俺は館の食堂に頼んで参加者に軽食や飲み物を用意するよう言って来る」
「うん、頼む」と僕はタモンさんに頷いた。
結局、全てが片付くのに三日掛かり、日持ちしない食品や野菜なんかは南の町や温泉施設でも消費してもらう。
工芸品も多かったので領主館の会議室を展示場にして、一定期間、誰でも自由に見られるよう警備付きで公開した。
領主館に普段入れない観光客などが押し寄せたが、まあ仕方ない、我慢する。
作成者の名前を掲示しておいたら、あとからそっちに注文が来たという話もあった。
服や布地なんかは、店に問い合わせが殺到して人気が出たそうだ。
そりゃあ、領主に贈る物だから皆、気合いが入ったモノばかりだったからな。
そんなわけで、一部は後日から領地の特産品に加わることになる。
その後、使用する物と保管する物に分けた。
だけど、ここまで大ごとになるとは思っていなかった。
「来年もやりますか?」
魔鳥の柵の側で文官のオリビアさんと卵の話をしていたら、ふいに庭師の青年ミトラに訊かれる。
彼が手にしているのは、魔鳥の卵の殻に精巧な模様が描かれた置物。
これを温泉施設で土産物として販売することになっていた。
「うーん、また館が荷物で埋まるのは困るな」
「でも皆さん、ご領主様に贈るのだからと張り切ってましたわ」
オリビアさんは「私もです」とニコリと微笑む。
「リブ様、本当にありがとうございました」
彼女の父と妹のことだろう。
あの二人は僕に逆らった罪で領主館の地下牢に居る。
王都の飲食店から闇の精霊の穴を地下牢に繋ぎ、放り込んだのだ。
「まあ、命を取るほどではなかったし、反省して心を入れ替えるなら領地に戻してやるさ」
子爵家はすでに娘婿を後釜に据えて、アイツらには権限は何一つ残っていないがな。
オリビアは深く礼を取った。
「いいえ、私は殺されても仕方ないと覚悟しておりました。 ご領主様の温情、忘れません」
涙を浮かべた彼女の傍には、心配そうにミトラが立っている。
いや、虐めてないから睨むなよ。
てか、お前ら早く結婚したらどうなんだ。
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山積みの荷物が片付き、一息ついた日の夜。
執務室で仕事をしていたら、スミスさん夫婦がわざわざやって来た。
「リブ様、私ども夫婦からの贈り物を受け取っていただきます」
え、決定事項なんだ。
「分かった」
「では」と仕事を取り上げられ、隣にある僕の寝室に連れて行かれた。
何も無かった壁に一枚の壁飾りの布が貼られていた。
これなのかな。
「立派なー」
「ここに本邸の辺境伯用執務室と繋がる扉を設置してもらいます」
褒めようとしたら遮られ、それをピラリと捲り上げたスミスさんに要求された。
言われた通り、壁飾りの向こうに黒い扉を設置して固定。
この壁飾りのお蔭で扉は見えない。
「で?」
どこに贈り物があるの?、え、開けるのか、ここ?。
「キャッ」
夏用の薄い夜着に上着を羽織っただけのヴィーが立っている。
「ん?、どうしたの」
本邸の僕の執務室に設置した扉は二重扉になっていて、僕がいなければ開かない。
「あ、いえ、決してリブ様に会いたかったとか、お顔だけでも見たいとか、ではなくて」
ヴィーは何故か、オロオロし始める。
そのヴィーの後方でヘーゼルさんが静かにこちらを見ていた。
あ、スミスさんと目で合図を送り合ってるな。
両方とも静かに姿を消しやがった。
そうか、これは僕への貢ぎ物か。
「おいで」と扉の中に手を突っ込んでヴィーを呼ぶ。
「はい」
何の躊躇いもなく僕のところに飛び込ん来た。
ヴィーの身体に、あの甘酸っぱい生気が溢れ出す。
これこれ。 僕にとってはコレがご褒美だ。
唇を重ねるとさらに濃く、美味しくなる。
あれ?、生気ってその程度で変わるか?。
彼女を抱き締めて、それを身体に吸収していると、ふと気付く。
「あー、これは瘴気の一種か」
「え、あの?」
「ごめん、何でもない」
僕はヴィーの手を引いて、ベッドに座らせた。
僕は勘違いしていた。
ヴィーの身体から漏れているのは生気じゃない。
じゃあ『聖気』?。
うわあ、精霊の好きなやつじゃないか。
いやいや、こんなに人間の感情に左右される『聖気』なんて有り得ない。
せいぜい『優気』だな。
だから僕はヴィーのこの気に触れると落ち着くのか。
もしかしたら、精霊たちが望んでいるからヴィーの気が変化したのかな。
うん、そんな気がする。
僕はヴィーを見ているとハニーさんの言葉を思い出す。
(アンタは奥様を抱いてあげなさい、か)
彼女を幸せにするために。
「ヴィー、教えて。 僕はどうすればキミを幸せに出来る?」
この『優気』が溢れているのは、ヴィーが幸せな状態だからというのは何となく分かる。
じゃあ、僕は彼女をずっと抱き締めていればいいのか?。
「私にも分かりません。 は、初めてのことですもの」
あー、そうだよな。
「じゃあ、試してみようか、これから」
夫婦というより主と生贄である僕たちは、感情で離れることはない。
いつまでも何度でも、僕はヴィーの身体と心に問い続けるだろう。
ヴィーの優しい気をもらうために。
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王国の北端にあるリブジュール辺境伯の領地。
東にある湖の畔には、隣国キルスから贈られた祠がある。
周辺は自然が多く残る美しい公園として整備され、精霊信仰の聖地となった。
リブジュール辺境伯は禁忌とされた『キルスの落とし子』を保護し、精霊の祠には悪魔を改心させる力があると噂が流れた。
お蔭で国の内外から多くの巡礼者が訪れる地となる。
そして、その領地の辺境伯は美しい見た目に反し、怒らせると怖いことで知られていた。
〜 終 〜
長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。
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