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137・愛人


 夏の夜。 僕は領地に戻って来た。


とはいっても、扉の先は南の町の宿である。


暗い一室の扉を開けて廊下に出たところで、ハニーさんに見つかる。


「あら、馬車の出入りはなかったみたいだけど?」


僕はため息を吐く。


「僕が魔物だと分かってて言ってるの?」


ハニーさんはニコリと微笑む。


「大丈夫よ、誰にも言ってないわ」


そう言いながら僕の腕に絡みつく。


僕は何故、彼女がこんなことをするのか分からない。


「いいから、部屋に行きましょう?」


僕はスミスさんの顔を見るが、首を横に振られた。




 ハニーさんは、宿の一番広くて高い部屋を自室にしている。


それは別に構わないけど。


「今夜は誰もいないわ」


「そうですね。 皆さん、夜が稼ぎ時でしょうし」


彼女たちは品の良い小さめの宿を借り上げ、自分たちの娼館にしていた。


その上で、他の娼館の女性たちを匿ったり、指導したりということにも使っているそうだ。


「もう成人して、ご領主様になったのよね」


ハニーさんは僕をソファの隣に座らせ、サッとお酒を出す。


「お祝いよ、はい」


一緒に飲めと強要された。




 スミスさんが何故か、ハニーさんに「お邪魔ですね」と言って部屋を出て行く。


ん?、なんでだ。


酒は苦かったり甘過ぎたりで、あまり好きではない。


たぶんアーリーの好き嫌いの問題なんだろう。


淡々と出された酒を飲んでいたら、ハニーさんが段々おかしくなり始める。


「にゃによ、にゃんで酔わにゃいにょ?」


「魔物だから?」


酒を毒だと判断して、アーリーとお揃いのイヤーカフの魔物が勝手に解毒するからな。


 グタリとハニーさんが僕の身体に寄り掛かってくる。


夏のせいで纏っている布も薄くて透けていた。


たぶん人間の男性なら喜んでしまうだろうが、残念ながら僕は魔物だからなんとも思わない。




「何か話があるんじゃない?」


領主というより、身内のように問い掛ける。


「気付いてたの?」


熟練娼婦のハニーさんがこれくらいで酔うとは思えなかった。


フッと笑うと「生意気だ」と押し倒される。


「アンタがあたしに、この町を任せてくれるのは嬉しいけど」


ハニーさんは纏っていた布をスルリと床に落とす。


「あたしたちの関係を勘繰られるのがイヤなの」


「あー、なるほど。 雇い主と娼婦の関係じゃ納得出来ないと?」


ハニーさんは、公爵家が囲っていた愛人だと思われている。


引退して王都から田舎に来た、と。


一部分は間違ってはいない。


「それだけじゃあ、ね」


僕は下からハニーさんを見上げる。


「いいよ。 話の続きはベッドで」


高い酒や家具を傷付けると後で後悔しそうだ、ハニーさんが。




 ベッドに移動しながら、僕は彼女と同じように服を脱ぐ。


部屋の明かりも落とすと窓から歓楽街の明かりと喧騒が入ってくる。


黙ってベッドに腰かけた。


「何よ、慣れ過ぎでしょ」


呆れているハニーさんに僕は笑う。


「僕はシェイプシフター、生物なら何にでも擬態する。


そして、元になった生物の経験や能力を自分のものに出来るんだ」


「じゃ、これも誰かの経験が元になってるのね」


僕は頷く。


「僕個人に感情はないと思って欲しい。 ただ、ハニーに必要なことなら協力する」


ゴクリとハニーさんが唾を呑み込む音がした。




 顔を両手で挟まれて唇が重なり、そのまま押し倒された。


また彼女が僕の身体の上に乗っている。


「結婚したのよね、王都で」


「ああ。 だけど番にはなっていない。


彼女は生物的に肉体が幼いから、良い跡継ぎが産まれないと判断した」


「なにそれ、そんな理由で?。 奥様がかわいそうだわ!」


あははは、と僕は笑ってしまった。


「嫌だね。 結婚しても、アーリーより先に子供が出来るのは拙い」


ハニーさんは僕の身体に指を這わせる。


僕はその手を掴んで止めた。


 グッと顔を顰めたハニーさんは少し怒っていた。


女は子孫を残すことだけが番う理由ではない、と。


「触れ合うことで気持ちが安定するわ。 ちゃんと教えるから、アンタは奥様を抱いてあげなさい」


さっきより一層声が低くなった。


安定?、あの甘酸っぱい生気みたいなものなら欲しい。


「……分かった」


それ以上は何も言えず、僕は成り行きに任せることにした。




 翌朝、スミスさんが迎えに来て、領主用の馬車で宿を出る。


後日、南の町ではハニーさんが僕の愛人だと確定し、さらに権力を確立したそうだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ハニーは唾をゴクリと吞み込んだ。


本当に魔物だからなのか、人間ではないからなのか。


大人でもなく、子供でもない。


月のように輝く金の髪に鮮やかな青い目、仄かな薔薇の香りが漂っている。


恐ろしいほどに儚く美しい。


 彼の妻になる女性が少し羨ましいと思ってしまうが、この魔物は女心など気にする相手ではなかった。


これでは同じ女性として気の毒になってしまう。


「ハニーに必要なことなら協力する」


そう言われてカッとした。


ムキになって唇を重ねて、押し倒した。


 朝になって後悔している。


「なによ、あいつは!」


腹が立って腹が立って、涙が溢れる。


結局、自分のほうが抱き締められて救われたのだ。


 あの少年の顔を見て、助けられなかった娘を思い出し、出会えたことに感謝した。


今度こそ救えると思い、あの娘の子供である少年のためにここまで来たのに。


「こうなったら、とことん利用してやるわよ」


いつまでも、どこまでも、あの娘の代わりに。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 領都の広場に差し掛かったとき、あまりの人の多さに馬車が動けなくなり降りる。


「なんだ、この騒ぎは」


僕は見知った顔を見つけて、襟首を掴んだ。


「何やってんだ、アーキス」


「あ、イーブリス様、あれっ、名前変えたんでしたっけ」


「リブジュールだ。


まあどっちでもいいよ。 覚え難いならリブでいい」


「リブ様か!、それは覚え易いですね」


何がそんなに嬉しいのか、笑っていやがる。


「あ、ご領主さまだ!」


どこかで子供が叫んだ。


「おー、お帰りなさい、ご領主様」


「おめでとうございます!」


笑顔の領民に次々と声を掛けられる。


「あ、ああ、ありがとう、ただいま」


のんきに答えていたら、スミスさんにグイッと襟首を掴まれ、囲まれる前にサッサと逃げ出す。




 領主館に到着すると、今度は領兵や文官たち、そして勉強中の子供たちや使用人たちまでがズラリと並んでいた。


ソルキート隊長が一歩前に出る。


「この度はご成人、並びに『辺境伯位』の叙爵、誠におめでとうございます」


全員が低頭し、礼を取る。


ジーンさんがにこやかな笑みを浮かべて隊長の隣に立つ。


「加えまして、ご成婚おめでとうございます。


お名前も改められましたとお聞きしております。


本日より、リブジュール辺境伯様とお呼びさせていただきます」


さらに頭を下げる皆に、僕は顔を上げてもらう。




「皆、ありがとう。


さっきも広場で揉みくちゃになりそうになったよ」


クスクスと子供たちから笑い声が漏れ、大人たちも微笑む。


「お祝いの言葉、感謝する。


名前に関しては、覚えにくければリブと呼んでくれ」


これに関してはザワザワする。


「勿論、客の前や正式な場所では弁えてくれよ」


「あははは」と、一緒になって笑う。


「妻はまだ領主夫人になるための勉強中で、領地に来るのは何年か先になる。


もう少し待ってくれ」


悪いなと僕は片手を上げて挨拶を終わらせ、建物に入った。




 二階の領主執務室に向かうと、何故か、箱や品物があちこちに置かれている。


「おい、なんで片付けてないんだ?」


スミスさんの助手をしている子供に訊ねる。


「あ、はい。 これ、領主様への贈り物なのでー」


はあ?。


荷物を避けて部屋に入ると、そこにも山積みになっていた。


「どういうことだ?」


チラッとジーンさんを見る。


これでは赤子も落ち着かないだろう。


「ジュードはリルーと一緒に、リブ様の寝室に避難しておりますわ」


あー、避難なんだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] ・・・手慣れたらフェンリル姿でハニーと【致し】そうやな(スットボケ
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