135・解雇
成人した貴族がやることは、まず社交である。
特に僕は公爵家の分家として独立し、叙爵した新しい辺境伯だ。
成人の儀式でのことが貴族報に載ってから、まだ十日も経っていないのに、一気に茶会や夜会へのお誘いが増えた。
「本日、到着した分です」
本邸にある僕の執務室は、夫婦用の居間の隣にある。
山のように運ばれて来た招待状を見ながら、
「彼女にも?」
と目線を居間に向ける。
妻となったヴィーが居るはずだ。
「はい、同じくらいの量が」
僕は椅子の背もたれに寄り掛かり、全て持ってくるように頼む。
ヴィーと、彼女付きのメイドのヘーゼルさんも招待状と一緒に入って来た。
二人をソファに座らせる。
僕は届いた招待状を入れた籠をスミスさんに持たせて、黒い扉を開く。
「招待状の選別方法を教える」
女性二人が真剣な顔で頷く。
僕はスミスさんに籠を扉の前に置かせ、それを扉の中に蹴り込んだ。
「えっ?」
「終了」
僕は執務用の椅子に戻る。
「あ、あのイーブリスさ、いえ、リブジュール様。 今のはいったい……」
ヘーゼルさんが困惑している。
価値がある招待状は、王宮から来るものだけだ。
「王族からの招待なら王宮の遣いが持って来る」
公爵家でもこんな籠に入れるような扱いはしない。
「他家の遣いが持って来るものに関しては、受け取りはしても基本的に無視で良い」
「えっ、そんな!」
ヘーゼルさんが絶句した。
「欠席でもお返事は必要ではありませんか?」
ヴィーは首を傾げる。
「うん、だから扉に放り込んでくれ。 領地で僕が処理する」
ヴィーは何もしなくていい。
「キミが出席や返事をする必要があれば、こちらから指示する」
「はい」
ヴィーは素直に頷く。
「ヘーゼル。 言っておくが、僕が許可したもの以外をヴィーに近付けるな。
人も手紙もどんなに小さな物でもだ」
目を細くして睨む。
「茶会や宴会も、一人で向かわせるな。
たとえリリーやご両親が一緒でも、僕が許可しない場所に彼女を行かせるな」
「はい!」
背筋に寒けを感じたようで、ヘーゼルさんは慌てて姿勢を正した。
僕が領地に戻ると当然、スミスさんも一緒なので、この場の責任者はヘーゼルさんになる。
「誰かに苦情を言われたらカートか執事長に伝えろ。
もしヴィーを危険に晒したら」
僕は少しニヤリと笑う。
「関係者、全て地下牢行きだ」
瘴気製造係になってもらう。
最初、僕たちが書かされたのは公爵家の縁戚関係者向けで、お祝いに関する礼状が中心だった。
それが終わって、今、書いている手紙は全て教会関係である。
キルス王から依頼された、保護すべき子供に関することだ。
僕は一つをヴィーに見せる。
「公爵家として孤児や教会施設への寄付を考えている。
しかし、それには現状を把握する必要があるため視察したいというお願いだ」
「あの、リブジュール辺境伯家としてではないのですか?」
うん、良いところに気が付いたね、ヴィー。
「僕はまだ知名度がないからね」
甘く見られてしまう。
無駄な寄付などする気はない。
その点、公爵家の名前を使えば、おそらく協力的な所は増えると思う。
「それに、この署名はアーリー様になってますが」
横から覗き込んだヘーゼルさんが恐る恐る訊く。
「うん。 これはアーリーの仕事になるんだ」
僕がアーリーに頼んだ仕事である。
「そして、アーリーは今、リリアン嬢に協力をお願いに行っている」
上手くいけば、アーリーとリリアンの共同事業になる予定なのだ。
ヴィーは気が付いたね。
「ありがとうございます、リブジュール様」
控えめに喜んでいる。
「リブでいい」
「はい、リブ様」
ヴィーがロジヴィ伯爵家を出てしまうと、リリーとアーリーの接点が切れてしまう。
学校はあと八ヶ月ほどあるが、ヴィーとアーリーの護衛にリリーを守る理由が無くなってしまうのだ。
リリーには伯爵家の護衛が付けば良いだけだとなるからな。
しかし、それではアーリーが納得しないだろう。
公爵家騎士団と伯爵家の雇う騎士や傭兵では差があり過ぎる。
それに、アーリーがリリーの傍に信頼出来ない男性を近付けるのを嫌がると思う。
それを「公爵家との共同事業をする伯爵令嬢」とすることで、今まで通りの繋がりを残したのである。
「あとはアーリーの腕次第だけどね」
僕としては、早いとこ婚約でも何でもして欲しい。
お祖父様に「リリーが欲しい!」と一言いえば済むはずなんだがなあ。
そこへ従者の少年が入って来た。
「リブジュール様、お客様がお見えになりました」
僕は頷き、夫婦用の居間に案内するように伝えた。
客はヴィーの教育係の未亡人だ。
ついでにカートさんも呼びに行かせる。
あの夫人を雇うことに決めた責任者だからね。
たぶんお祖父様は了承しただけだろうし、責任はカートさんに取ってもらおう。
ヴィーと共に居間に入ると、子供の手が離れたというには若い感じの女性がソファに座っていた。
「ようこそ、いつも妻がお世話になっております」
僕が手を差し出すと、ようやく立ち上がり、鼻でフフンという感じで笑う。
「いいのよ、公爵様からの依頼ですもの」
彼女は僕の手を取らずに会釈だけをして座り直した。
おおう、いい感じじゃないの。
これは僕とアーリーが得体の知れない養子だということを鵜呑みにしてる派閥かあ。
僕は嬉しくなってニコニコしてしまい、スミスさんに睨まれる。
分かってるって、無茶はしない。
座ってもらい、一緒にお茶を飲みながら話をする。
しかし、彼女はとにかく僕に対してヴィーの悪いところしか言わない。
「ヴィーは本当に気が利かないというか、返事が遅いのよ。 あなたも大変でしょう」
僕はフンフンと頷きながら聞いている。
それが気に入ったのか、やたらと僕を持ち上げ、ヴィーを落とす。
「私は公爵様とはとっても近い身内なのよ。 あなたのことも心配しているし、私の娘とも話が合うと思うわ」
というので年齢を訊ねると、娘は十歳だった。
手が離れたという年齢ではない気がするけど。
「確かに五歳しか離れていないのでしたら気は合うかも知れませんね」
「そう思うでしょう?。 うちの娘は侯爵家の血を引いておりますのよ」
彼女自身は子爵家らしいんだが、そこは別に構わないらしい。
「すみません、忙しくて」
気持ちよく帰ってもらうため、話を閉じる。
「また機会があればお話しいたしましょう。 今度は是非、娘さんをお連れになってください」
「ええ、そうね。 そうしましょう」
今度は向こうから手を差し出してきた。
その手を取り、軽く唇を付ける。
夫人はブルッと震えて崩れ落ちた。
生気を少々いただいたので、しばらくは動けないはずだ。
「おや、どうされました?。
このような場所で座り込むなんて、かなりお疲れのようだ」
僕はカートさんに目を向ける。
「体調の悪いご婦人を雇うべきではないよ」
「ひっ、は、はいっ」
休養が必要だとして、すぐに解雇させた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
客は馬車で送り返された。
手配を終えたカートは、恐る恐るリブジュール辺境伯に訊ねる。
「あの、今回はどういうことだったのでしょう」
リブジュールはスミスと顔を見合わせて、ため息を吐く。
「では、先ほどの夫人の話を聞いて、違和感を感じなかったか?」
カートは顎に手を当てて考える。
「ですが、感じ方は人それぞれだと思います」
リブジュールに鼻で笑われた。
この家には女主人がいない。
「あのご婦人は、この家に入り込もうとしていた」
ヴィオラを貶めたのは自分を優秀だと売り込むためだ。
「は?」
カートはポカンとする。
「本当は公爵閣下狙いかな。 でも、アーリーか僕でも良いと思っていたようだ」
シェイプシフターは瘴気を貰い、ついでに生気も貰ったという。
「あの女は、金と地位にしか興味がなかったよ」
そんな者を呼び込んだカートに罰が言い渡された。