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134・所作


 アーリーに抱き付かれた。


「リブ!、良かったね」


「ありがとう、アーリー」


ヴィーも隣で噛み締めるように「リブジュール辺境伯」と呟いている。


 王弟殿下も帰り、夕方からは大人の時間だ。


年上の親戚、お祖父様の友人など、あまり顔も知らない方々から祝いの言葉を貰う。


「若輩のくせに、ワシより高位とはな」


嫌味の篭った言葉は嬉しくはない。


それでも一応、「ありがとうございます」と微笑む。


「伯爵家令嬢か。 公爵家の嫁にはイマイチだな」


公爵家に入るわけじゃないから、と言い返したいが我慢する。


アーリーがリリーと結婚するとなると、また聞かせられる言葉だしな。




 まあいいよ。


こっちが若い分、死ぬのは向こうが先だしな。


頃合いをみて動く。


「お祖父様、申し訳ありませんが」


「うむ、分かった」


僕はヴィーを連れて会場を出る。


僕がおとなしくしているのは病弱設定だから、ね。


文句は言われるだろうが、後はアーリーとお祖父様に任せた。




 スミスさんが前を歩き、僕はヴィーの手を優しく握って後ろを歩いている。


「新しいお部屋ですの?」


「うん、少し遠いけどね」


廊下を歩いていると、ヴィーが緊張しているのが分かる。


「ヴィー。 先日言った通り、僕はまだキミと番う気はないよ。 同じ部屋で過ごすだけだから」


小さな声で囁く。


今日は客が多く、誰が聞いているか分からない。


「あっ、はい」


ヴィーの顔が赤くなる。




 部屋に到着し、スミスさんが扉を開けると、中では侍女や従者が数名待っていた。


「おめでとうございます、リブジュール辺境伯様」


「ああ、ありがとう」


一応、新しい使用人をサラッと紹介される。


 スミスさんの下に従者の少年が二人。


僕が領地にいる間は執事長に鍛えられる。


あくまでも、僕が本邸にいる間だけの担当だ。


 ヴィーの専属であるヘーゼルさんの補助メイドは、年上が二人で年下が一人。


着付けをしたり、髪を結い上げたり、女性はとにかく支度が大変だからな。


眼鏡メイドのヘーゼルさん以外は辺境地に来る予定はない。


ヘーゼルさんにヴィーを任せ、僕は主寝室の風呂に入る。


「デカい」


思わず声が出るくらいデカい。


何人用だよ。 絶対、夫婦二人用じゃないだろ、これは。


十人以上は余裕だ。


「すぐに慣れますよ」


スミスさん、それは宥めてるつもり?。


僕はただ呆れていた。




 パーティーではろくに食べられなかったので、二人で軽く食事を取る。


「それではおやすみなさい」


僕とヴィーが主寝室に入ると、使用人たちは後片付けをして解散となる。


 初めて見る夜着姿のヴィーは恥ずかしそうにしていた。


「イーブリス様、あ、リブジュール様、あの、本日よりよろしくお願い申し上げます」


僕はベッドに寝転がり、毛布の上に座っているヴィーを見上げる。


「リブ」


「はい?」


僕は今までヴィーには愛称呼びを強制しなかった。


どちらでも良かったし、ヴィーも特に呼び方を変える気がなかったからだ。


「夫婦だから、リブと呼んでくれないと怪しまれる」


「あ、はい。 ……リブ様」


部屋は薄暗いが、これだけ近ければ表情はハッキリと分かる。


「ヴィー、僕は魔物だ。


だけどキミと番になることは出来るし、それはアーリーに子供が出来た時だと思っている」


それは前にも話したのでヴィーも頷く。


「僕はキミに人間らしいことをしてあげられない。 だって分からないから」


「はい」


僕はヴィーと目線を合わせるために同じように座る。


「だから、もしキミが僕のせいで困ることがあったら相談して欲しい。


なんとかする」


ヴィーは嬉しそうに頷いた。




クォン


窓の外から声がした。


僕はベッドから降りて窓を開け、ヴィーを手招きする。


「あ、あれはシーザー、と子供?」


「そう。 親子」


夜だけど、フワリと薔薇の香りがする。


その向こうで銀色と金色の夜行性の狼が追いかけ合いしていた。


しばらく楽しそうな親子を眺めていると、ヴィーがウトウトし始める。


僕は彼女をそっと抱き上げベッドに運んだ。




 三日間は休みの予定だったのでシーザーたちと庭で遊ぶ、つもりだった。


しかし、突然の爵位変更により、やり直しの書類作成で潰れてしまう。


 四日目からは、執務室で王族や儀式に参加した公爵家傘下の貴族宛にお礼の手紙を書かされる。


ヴィーの字が綺麗だなと感心していると、


「それしか取り柄がありませんから」


と微笑む。


いや、それはおかしい。


「ヴィーは美人だし、ダンスも上手い。 容姿も声も文句ないだろう」


毎年、学校のパーティーに参加させられて周りの女生徒たちを見てきたが、ヴィーとリリー以上の美人はそういない。


リリーくらい自信過剰でも良いくらいだ。


「字が美しいというのは見たことがある者しか分からないのに、それしかない、というのは変だと思う」


自己評価が低いのは何故か。


「あ、ありがとうございます。 でも指導をしてくださっているご婦人が」


礼儀作法の教師は親戚筋から選ばれた未亡人らしい。


「ここで働きたいと押しかけた方のようです」


スミスさんがコソッと教えてくれる。


昨年夫を亡くし、子供も手を離れて寂しいからと申し出たという。


僕はヴィーから瘴気が滲むのを見た。


「その夫人に、こちらにいる間に会える手配をしろ」


こっそりヘーゼルさんに頼む。


「畏まりました」




 僕は執務室の扉を開く。


この扉は領地の僕の自室に繋がるように固定してある。


リルーに頼んでジーンさんを呼んでもらう。


「忙しいところすまないが、ヴィーの所作を見て欲しい」


本当に未熟なのか、確認させる。


「はい、承知いたしました」


二人を夫婦用居間へ移動させ、僕は手紙の続きに没頭する。


字?、そんなもん、誰かに書かせて僕は確認だけだよ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ジーンの作法は、領主も執事のスミスも認めている。


夫婦用の居間に移動し、ジーンはヴィオラ付きのメイドのヘーゼルと打ち合わせした後、他のメイドたちとともに確認することになった。


「よ、よろしくお願いします」


ヴィオラは緊張する。


「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します」


お茶会形式での会話の練習。


立ち姿、歩く、座る、お茶を飲む。


基本はそれくらいである。


 言葉遣いや挨拶は時と場合、相手によって変わるので、基本だけを抑えておき、必要になれば追加する。


「相手によって対応が変わるのは当たり前のことです」


相手を知ることが社交なのである。




 スミス夫人であるジーンは、元々、ある子爵夫人の側付メイドだった。


あまりに所作が美しく完璧なので養女になったのではないか、といわれている。 


「私がお仕えをしていた子爵夫人は貴族家や良家のお嬢様の礼儀作法の指導をされていたのです」


それをずっと傍で見ながら補助をしていたという。


ジーンの所作を見たスミスが惚れ込み、さらに上の教育をしたそうだ。


「貴族のお嬢様方は元々環境的に慣れております。


自然で、全く違和感がございません。


私のような教会の施設育ちではとても敵いません」


かなり努力が必要だったと言うと、メイドたちが驚いた顔をする。


「私が指導出来るのは基本だけです」


あとは本人の努力次第なのだ。




 伯爵家令嬢であるヴィオラは、作法は身に付いているのに、どこか自信なさそうな様子が窺える。


「特に問題ないと存じますが、何か不安なことがおありなのでしょうか?」


俯いたヴィオラにジーンは優しく声を掛けた。


「僭越ながら」


ヘーゼルが思い詰めた顔で申し出る。


「現在、ご指導いただいているご婦人なのですが」


少々問題があると訴えた。


 しかし、辺境地にいるジーンでは対応が出来ない。


「そういう時は、若旦那様にお任せするとよろしいでしょう」


ジーンはニッコリと笑った。


「ヴィオラ様をお選びになった方ですから」


何か理由があっての婚姻のはずだ。


彼は邪魔をする者には容赦が無いことをジーンは知っている。



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