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130・会話


 おそらくだが、僕はこれで精霊と会話が可能になる。


僕の傍にいる闇の精霊が、喋れない相手の意思を僕に伝える通訳を覚えたからだ。


「精霊たち、いるよね」


混沌の闇を育てていた精霊たち。


ちゃんと気配だけは感じられる。


ここは古来からそういう土地だったのだろう。


「お前たちの望みはなんだったの?」


キルスに対する復讐?、それとも加護を与えるほど気に入ってた王族を守りたかった?。


【我らの子よ】


ああ、やっぱり聞こえる。


【我らは新しい土地を求める】


それが望みだと。


【お前の身体を器として、移動させてもらっている】


ふうん。


それが僕の役目だったのか。




 これからも?。 新しい土地が見つかるまで?。


【それが我らの望みだ】


そうか、それなら。


「僕の望みを言っても?」


精霊の器であることは受け入れるよ。


だけど、それなら対価を貰ってもいいはずだ。


【我らが出来ることならば】


腹の底から笑いが込み上げる。


「ふ、ふふっ」


大好きだよ、僕の精霊たち。




 精霊たちは長い時間を掛け、どうやら一部はキルスに戻って来ていたようだ。


しかし悪魔の影響で、このまま加護を与えても良いかどうか精霊たちも迷い、葛藤が生まれたのだろう。


だから瘴気が発生した。


精霊の瘴気だから強力に決まってる。


その瘴気は僕が精霊ごと吸収したけど。


 だから僕は、身体の中にいる精霊たちに話し掛ける。


「小さい分身を頂戴。 キルス王族を好きな精霊さんだけでいいから」


キルス陛下に加護を与えた精霊がいるはずだ。


ポワンと小さな光の玉が三つ、僕の周囲に浮かぶ。




「巫女殿、こちらに」


僕は赤毛の少女を呼ぶ。


「はい!」


唖然としているキルス陛下の手を離れ、僕に駆け寄って来る。


「これは精霊の分身だ。 あなたに預けよう」


「え、よろしいのですか?」


僕は満面の笑みで頷く。


「小さくて弱い卵だ。 大切に育ててやって」


キルス陛下と一緒に。


「私にも背負わせてもらえるのか」


陛下が近寄って来る。


「当たり前でしょ。 この精霊たちは既にキルス王族に加護を与えている」


それに報いてやらなきゃ、かわいそうだ。


三つの玉が僕から離れて巫女に寄り添う。


「では、失礼する」


僕は、わざと二回床を鳴らす。 




 黒い闇が扉の形で現れた。


僕は腹が捩れるほどおかしくて、それを必死に堪えていた。


それを察知したスミスさんに抱え上げられる。


スミスさんはキルス陛下に軽く礼を取り、扉を開いて僕を放り込み、扉を閉じた。


「あーっはっはっは!、見た?、ねえ、あれが精霊だよ」


僕はどこかも知らない床に転げながら笑う。


 自分たちの土地を追い出され、魔力と瘴気の渦巻く南の洞窟で器になる魔物を育てていた精霊たち。


「そうだよな、精霊を移動させるためだけの『器』なら、魔力が有り余るほどあって当たり前だ」


育てていた『器』がシェイプシフターになってしまったのは彼らにとっても予想外だったのだろう。


精霊たちの意思が聞こえない魔物に。


そして『器』は自我を持ってしまった。


「ふふふ、あはは」


おかしくて、おかしくて。


涙が出る。




「僕は間違ってた」


スミスさんが僕を見下ろしている。


「僕は精霊たちを『親』だと思っていた」


自分の子として僕を愛して、育ててくれていると信じていた。


「ふふふ、馬鹿だな、僕は」


何故か、涙が止まらない。


「ただの『器』のくせに」


スミスさんは黙って僕の傍に座った。




「気が済みましたか?、イーブリス様」


スミスさんは顔を上げて周りを見回す。


「まず、ここはどこです?」


濃い瘴気が立ち込めた穴の中。


真っ暗だけど、僕にはボロボロになった祭壇が見える。


「……僕が生まれた南の島の洞窟、だと思う」


明かりを、そう思っただけで光の玉が生まれて洞窟内が見渡せる。


「なるほど、イーブリス様の原点に戻って来たということですか」


地面に血で描かれていた魔方陣も、祭壇に掲げられた紋章も、跡形もなく消えていた。


精霊の瘴気だけが残っている。


「僕を呼んだのか」


キルスの神殿の底はここと繋がっていたんだった。


「おいで」


僕は精霊の瘴気に手を伸ばす。


「僕は精霊の『器』、キミたちの棲家。 新しい土地を探しに行こう」


瘴気を吸い込む。


そうだ、これでいい。


僕はユラリと立ち上がる。


「開け」


闇の扉が現れた。


もうここには戻らない。


中に入り扉を閉める前に「崩せ」と呟く。


ゴゴゴと地面が揺れて洞窟が崩落していく気配がした。




 床に足が着く。


「イーブリス様?」


リナマーナとリルーが僕の私室にいるのは何故かな。


「たった今、戻った。 着替える、出て行け」


「は、はいっ、ごめんなさい!」


洞窟の床を転げ回ったから、ローブも身体もボロボロだ。


驚いたリナマーナが逃げ出すのも無理はない。


「風呂の用意が出来ました」


スミスさんが僕の服を剥ぎ取る。


 さっぱりして浴室から出ると、リルーがいた。


さっきはリナマーナと二人で僕の部屋でジュードを遊ばせていたらしい。


じっと僕を見ていたが、立ち上がって僕の傍に来る。


【とーさま、お帰りなさい】


「うん」


優しく抱き締める。


何故か、僕はリルーの治癒の光に包まれた。


「少し寝て下さい」


スミスさんは僕をベッドに放り込んだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 


 スミスは食堂で使用人たちを集めて報告する。


「イーブリス様はしばらく療養に専念することになった」


色々とあり、キルスから戻って来たことを知っているのはダイヤーウルフたちだけだ。


あとの領民や公爵家の者たちは、王都から戻って来てから体調を崩しているのだと思い込んでいる。


「何かあれば私に報告を」


「はい!」


子供たちは元気に返事をする。


大人たちもイーブリスが体調を崩すのはいつものことだと、普段通り行動を開始。


リナマーナだけが不安そうにスミスを見上げていた。


「大丈夫なんですか?、あれ。 すごくボロボロでしたけど」


「大丈夫ですよ、特に怪我とかはございませんし」


ただ少し精神的な衝撃が大きかった。




 あれからイーブリスは、起きていても全く動かない。


食事はする。


返事はする。


必要なら仕事の指示もする。


だが、手洗いや風呂以外、一切ベッドから動かないのだ。


 毎日のように薔薇を持った子供たちがやって来る。


新聞や書類が積み重なる。


何を考えているのか、スミスにも分からなかった。




 そんな日々が過ぎて、春になり、もうすぐイーブリスたちの成人の儀式が近付く。


スミスはずっと現状を公爵に報告していた。


しばらくは公爵も様子を見るだけだったが、そのうち、


「アーリー様がそちらに向かわれた」


と、通信文が届いた。


イーブリスなら闇の扉で一瞬の距離も、人間には最速の移動でも馬で七日掛かる。


「リブ!」


寝る間を惜しみ、馬を替えながら、アーリーは六日でやって来た。


「アーリー、どうした?」


「どうしたじゃないよ、リブ。 どういうこと?」


「あー、それか」




 イーブリスは公爵家離脱の届けを出した。


成人したら公爵家の籍を離れて平民となり、旅に出る。


そう言い出したのだ。


「どうして?、リブは僕を幸せにするために分家で頑張るって!。


だから安心して僕に公爵家を継げって言ってたよね」


ずっとずっと、アーリーを守ることが自分の仕事だと。




 ベッドの上で半身を起こし、イーブリスはアーリーを見る。


微笑んで、全てを放棄して。


イーブリスはこの二ヶ月あまり、公爵領の引き継ぎをしていた。


誰にでも出来るよう書類を整え、担当を割り振り、監視する者まで指定している。


「こんなの、公爵家が認めても僕は認めない!。


リブ、リブが行くなら僕も行く!、連れてって」


王都からついて来た護衛たちの前でアーリーは大声で叫び、イーブリスに縋り付いて泣いた。


「アーリー」


イーブリスはアーリーの背中を叩き、そっと身体を離す。


「約束を果たせなくてすまない。


だけど、仕方ないんだ。 神託だから」


と、そう言った。



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