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127・閃光


 僕は、変身をアーリーの姿に戻す。


スミスさんがサッとガウンのような服を取り出して僕の身体に巻き付けた。


相変わらず何でも持ってる男だな。


「それで、今、神殿はどうなってる?」 


静かに床に伏せ、許しを請うような姿勢の古の悪魔の姿を見下ろす。


「キルス王が神殿の修理をしておる」


自ら動いているのだろう。


ここに人がいないというのがその証拠だ。


側近も兵士も皆、彼を手伝うために神殿に向かったらしい。




「それなのに、お前はここで何をしてるんだ?」


顔を上げた古の悪魔は窓の外を見た。


「村から瘴気が立ち上っておる。 あれを何とかせねばならん」


王族の青年を内乱で勝たせるため、自分で蒔いた種だった。


「村人が全て悪魔と契約している。


そのせいで徐々に、森全体に薄っすらと瘴気が蔓延していった」


「瘴気の影響で魔物でも生まれたか」


巫女は頷いた。


「まだ形を成してはおらん。 今のうちに止めねば、国が滅ぶ」


そして悪魔は再び祈るように身を伏して、僕に請う。


「手を貸してくれ、シェイプシフター。 精霊の器よ」


そうか、僕はこいつのこういうところが嫌いだったんだな。




 悪魔のくせに、綺麗ごとだらけで、矛盾だらけ。


「お前が本当にキルス王が大事なら、何故、ちゃんと信じてやらなかった」


放っておいても、あの王はいつかきっと国を平定していただろう。


悪魔の力を使う必要なんてなかったはずだ。


もうすでに歳を取らないという精霊の加護が発現していたのだから。


 赤毛の少女の目から涙が零れている。


古の悪魔なのか、悪魔の元になった少女の涙か。


僕はその顔を覗き込む。


「僕は魔物だ、一番大切なものの幸せのためなら何でもする。


だけどな、甘やかすだけでは本人を成長させることは出来ない」


僕の力だけでアーリーを公爵家の跡継ぎにしたり、リリアンを妻にしたりしても、それでは本当の幸せになんてならない。


欲望は果てしなく、常に変化するからだ。




「報酬はいただくぞ。 ちゃんと考えとけ」


僕はガウンを脱ぎ、再びシーザーの姿になる。


 本来ならフェンリルになって全てを浄化し、魔物を蹴散らせば良い。


だけど国と国との関係上、フェンリルはこの国に姿を見せては拙い。


いくら「王宮にいる聖獣と違う個体だ」と言っても、周辺国の者は信じちゃくれない。


ほんっと、邪魔臭い。


 僕はシーザーの中に流れるフェンリルの半分の血を信じる。


リルーが治癒を発現した時、感情の爆発が引き金だった。


シーザーにも浄化が発現する素質はある。


必要なのはやる気と魔力。




「スミス、僕の意識が完全に消えたら、名前を呼び続けろ」


「えっ」


シェイプシフターが浄化されたら姿を保てない。


魔力と瘴気の塊、混沌の闇に還ってしまうだろう。


でもまだ生きていて、覚えているなら戻って来られる。


 銀色のダイヤーウルフの姿で、僕は窓から飛び出し、目についた建物の屋根に上がった。


近くの村が闇に呑まれかけている。


カシラが走り回り、逃げ遅れた人間たちを誘導しているのが見えた。


あれではいつか疲れて呑み込まれる。


「くそっ」


ダイヤーウルフの毛が逆立ち、感情が昇り始める。




グルルルル


村を覆う闇に全身で敵意を向け、睨み付ける。


あ、雷の精霊が反応してる。


バチバチッと僕の身体から稲光が生まれ、やがてそれが周囲に飛び始めた。


「浄化なんてしてやらん。 お前はこの世から消えろっ」


今なら僕の精霊の魔法のほうが簡単に発動するだろう。


ググググッと魔力を高めていく。


 雷は、身体にいる精霊が勝手にやったことはあるが、あまり僕自身からやったことはない。


僕が腕を振るうだけで発動する風の刃は、風の精霊が僕の感情を読み取っている。


気に入らない、切ってしまえ、と。


だったら、雷だって僕が気に入らない相手をぶっ飛ばせるはずだ。


 シーザーのためのメダルのチェーンが弾け飛ぶ。


ガアァァァァァァアアア


闇に向かって吠えると、身体から迸る光が周囲を一瞬で白く染め、どこかで雷が落ちる音がした。




 フラリと身体が浮かび、足元がなくなる。


「イーブリス様!」


反動で身体が飛ばされたのだと分かった。


屋根から見ていた村の景色が空に変わり、雲が晴れ、ハッキリと星が見える。


(綺麗だな)


公爵領の空と同じだ。


しばらくして、僕は身体を地面に打ち付けられる痛みを感じる前に気が遠くなっていった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 三階建ての東の領主館の屋根に上がった銀色のダイヤーウルフの身体から閃光が走る。


その光は一瞬、この森や村全体を白く包み込んだ。


「イーブリス様!」


屋根から落ちて来る銀色のダイヤーウルフを、ローズが追いかけて走る。


茂みや低木が無ければ、直接、地面に叩き付けられていただろう。


ギャウン


ローズが駆け寄る。


必死に茂みから引き摺り出し、スミスの元に運んで来る。


落ちた時は確かにダイヤーウルフだったが、変身が解けたのか、いつもの少年の姿をしていた。


「イーブリス様、イーブリス様!」


スミスは声を掛け続けた。


シェイプシフターがそう言ったから。


人間として残りたいのだと、イーブリスとして生きたいのだと、そう願ったから。




 巫女がフラフラと近寄って来た。


「シェイプシフター、いえ、イーブリス様」


傍に座り、涙を流して、その身体を抱き締める。


「ありがとうございます、瘴気が消えました」


そうして巫女はスミスに頼み、少年を館の中へと運び込んだ。


大きな寝室のベッドに寝かせる。


 イーブリスの身体はジジッと未だに小さく雷が走り、抱き上げたスミスの身体も所々、服が焦げ、傷が出来た。


クゥーン


ローズが心配そうにイーブリスの手を時々舐めては、ピリッとするのだろう、身体を震わせている。


 バタバタと廊下を走る音がして、匂いを嗅ぎつけたカシラが飛び込んできた。


ダイヤーウルフ同士で話をしているのだろう、ローズが頷く。


カシラは再び外に出て行き、ローズは巫女の傍でイーブリスを見ている。


「すみません、厨房をお借り出来ますか?。


イーブリス様はきっと、お腹を空かせていらっしゃいます」


巫女に許可をもらい、スミスは寝室を出た。


無駄になっても構わなかった。 スミスは、何かしていないと落ち着かなかったのである。




 夜が明ける頃、シトシトと雨が降り出す。


冬の冷たい雨の中、何故か森の木も館も村も、嬉しそうに、まるで今までの穢れを落とすように、ただ濡れていた。


 いつの間にか戻って来たカシラは、村から人を案内してきたようだ。


「巫女様?、どうされましたので」


今までの感情のない顔ではなく、本当に心配そうにしている。


「病人がいるのです。 医者はいますか」


「へい、すぐに呼んで参ります!」


悪魔に操られる人間は、自分が何をしているかは理解している。


それが良いことか悪いことかを考えずに、ただ言いなりになるのだ。


しかし、あの村人の目は、ごく普通の生きている人間の目だった。


「悪魔の契約が外れたような」


食事を手に戻ったスミスは赤毛の少女の呟きに答える。


「それはあなたも同じでしょう?」


少女はポカンとした。




「私から見ると、あなたに今まであった魔力を感じない」


この地帯、全ての瘴気をイーブリスが弾き飛ばした。


それは人間の中の瘴気も、悪魔の中の瘴気も例外なく。


「あの光が?」


スミスは優しく微笑み、巫女に朝食を差し出す。


「あなたもお疲れのようだ。 少しお休みなさい」


スミスは「後は私が見ているから」と、巫女を促した。


そして、カシラにも一度領地に戻って皆に伝えてくれと頼んだ。


クオォン


言葉は通じなくても魔獣の気持ちが分かる者はいる。


「イーブリス様はご無事だと分かれば良い」


きっと伝わると信じた。


 あとはイーブリスが目覚めるだけだった。


ローズはイーブリスの傍を離れようとしない。


スミスも静かに様子を見ながら、無駄になる食事を作り続けた。



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