125・覚悟
本邸に戻ると、何故か僕の部屋でヴィーが待っていた。
「どうしたの?」
「公爵様が私とイーブリス様にお話があるそうです」
迎えに来た護衛騎士から伝言を聞いたそうだ。
僕の部屋には一応、何かあった時のためにヴィーの着替えも何点か用意されている。
彼女付きの侍女であるヘーゼルさんに浴室を使わせてもらい、着替えたそうだ。
「分かった、少し待って」
僕は軽くお湯をかぶって、すぐに着替えた。
スミスさんが僕の事情をお祖父様に伝えてくれていたようで、食堂へ行くとお祖父様が待ち構えている。
「遅れて申し訳ありません」
「うむ。 詳しい話は後で、先に食事にしよう。
ヴィオラ嬢、待たせて済まなかったな」
「いいえ、公爵閣下。 ご招待、ありがとうございます」
すぐに夕食が始まる。
「馬車が遅れた件はスミスから聞いた。 災難だったな」
「領地の文官の問題です。 本邸でもご迷惑をお掛けしたようで申し訳ありませんでした」
お祖父様は、どうなったかは聞かない。
どうせ護衛騎士たちから耳に入っているのだろう。
僕が説明するまでもないことだ。
この件が食事中の会話で済んだということは、本題は食後にくるな。
部屋を移り、適度な広さの談話室で食後のお茶をいただく。
「お前たちの婚姻の話だ」
まあ、ヴィーがいる時点で、そういう話だとは思っていたけど。
「何か変更でも?」
カップを持ったまま訊ねる。
「いや、変更はない。 ただ、最終確認をしたかった」
アーリーたちはほぼ毎日一緒にいるが、僕たちが揃うのは年に一度のこの日だけである。
僕たちの婚姻まで、あと半年になった。
春にヴィーたちが先に十五歳になり、僕たちは初夏に誕生日が来る。
婚姻の仮契約である婚約は当人たちが未成年の場合、年下の者が成人になったら婚姻が可能になるので、教会から確認の連絡が入るそうだ。
「ヴィオラ嬢、本当にこんな孫で良いのか?」
しばらくは王都の本邸で教育を受けるが、そのうち両親妹と離れて僕のいる辺境地に住むことになる。
家族となかなか会えなくなるのだ。
「はい、公爵閣下。 私は五歳でイーブリス様に出会えて幸運でした。
七歳で婚約させていただき、ずっと今までイーブリス様のことだけ考えてきました。
これからも、私はイーブリス様のために出来ることをさせていただきたく思っております」
お祖父様は頷きながら聞いていた。
「貴族に嫁ぐということは、後継を産み、育てるという大仕事が待っている。
本当にイーブリスで良いのか?」
お祖父様、ちょっとしつこくないかな。
「はい。
既に私は身も心も、イーブリス様に捧げると決めております」
うん、これだけ聞くと相思相愛みたいだけど、僕に恋愛感情はない。
魔物だからね。
その覚悟を確認したいのだろうと思う。
「よろしい。 では本題だ。
イーブリスが成人となると同時に、分家として独立させたい。
領主代理から正式に領主となり、おそらくだが叙爵されるだろう。
領地付きの貴族となる。
私がこれから、そうなるように動くのでな」
お祖父様が動くなら間違いなく、そうなるんだろう。
「それまでに必要な手続きはこちらでやっておく」
王宮に申請し許可されれば、教会にも登録される。
公爵家としては成人の宴までに終えたいのだろうと思う。
その上で招待客に御披露目となる。
「ありがとうございます」
僕はヴィーと共に感謝の礼を取った。
そうか、成人になるというのはそういうことだよな。
僕たちはお祖父様と別れ、玄関に向かう。
ヴィーを伯爵家に送って行く馬車が用意されていた。
僕は一緒に乗り込み、隣の伯爵家まで行く。
「ヴィー、さっきの話だけど、ご両親とリリーにはしばらく内緒にしておいて欲しい」
ヴィーの向かいに座り、馬車の中で話をする。
「はい、承知いたしました」
「それと」
僕は、じっと彼女を見る。
「人間社会では十五歳を成人としているが、動物的には人間の身体はまだ成熟していない。
番になるには少し早いと思う」
だから、僕は結婚してもすぐに子供を作る気はない。
公爵家の人間となるのだから、より状態の良い肉体が必要だ。
ヴィーは真剣な顔で僕の話を聞いていた。
「僕に生気を補充するための子供は、特に今は必要ない。
だから僕たちに子供が必要となるのはアーリーに子供が出来た時だ。
必ず公爵家の後継ぎを支える分家として、その子の友人、親しい身内として僕たちの子供が必要になる。
その時は協力してくれ」
なるべく近い年齢のほうが、より近い間柄になれるだろう。
「はい、畏まりました」
ヴィーは頬を染め、目を伏せるように頷く。
伯爵家の玄関で先に降り、ヴィーに手を差し出して馬車から降ろす。
「ありがとうございます、イーブリス様」
少し瘴気が出ているな。
これでまたしばらく会うことはないからか。
玄関の扉の前で立ち止まる。
「ヴィー」
軽く背中に腕を回して抱き寄せた。
あの甘酸っぱい生気は、確か口付けをすれば溢れてくるはず。
顔を寄せるとヴィーが顔を上げ目を閉じる。
唇を重ねると、じわりとヴィーの身体から生気が滲み出た。
僕は、それを受け入れて安心する。
「おやすみ」
「おやすみなさい、イーブリス様」
頬を赤くしたヴィーが扉の中に入り、僕は迎えに出ていた侍女に軽く会釈をして馬車に戻る。
さて、明日からまた領地で仕事だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
伯爵家に戻ったヴィオラは侍女に手伝ってもらい着替えた。
「お帰りなさい、ヴィー。 遅かったわね」
先に家に戻っていたリリアンがヴィオラの部屋に顔を出す。
「うん、ただいま。 公爵様にお食事を誘われて、少しお話しさせていただいてたの」
「ふうん」
リリアンはヴィオラのベッドに腰掛けた。
「何のお話だった?」
ヴィオラは少し考えながらリリアンの隣に座る。
「私とイーブリス様の婚姻の話よ。 あと半年になったから確認されたの」
「ああ、そっちか」
リリアンは馬車の妨害をしてきた貴族の件で、イーブリスが叱られたのだろうと思っていた。
「それは特に何もおっしゃっていなかったわ」
公爵家としては問題ないようだ。
アーリーはリリアンを伯爵家に送り届け、伝言通りにヴィオラだけを連れて公爵家に戻った。
「その、アーリーは何か言ってなかった?」
ヴィオラたちの婚姻が近くなり、アーリーはその辺り、どう思っているのだろうか。
リリアンはそれが気になる。
「アーリーはいつも通りだったわ」
リリアンは、いつもイーブリスしか目に入らないヴィオラに訊いたのは失敗だったと気付く。
「でも」
ヴィオラはリリアンの手に自分の手を重ねた。
「気になるなら、どうして本人に直接、訊かないの?」
いつも言いたいことを遠慮なく言うリリアンらしくない。
ヴィオラは不思議に思っていた。
イーブリスを目で追うヴィオラより、アーリーのほうがリリアンへの好意が丸わかりだ。
それなに、何故かお互いに伝え合わない。
「アーリーは未来の公爵様だもの。 伯爵家の娘とは縁組みしないわ」
ヴィオラはクスクスと笑う。
「あっ、イーブリス様は別よ。 あんなことがあったのだし」
「それは違うと思うわ」
ヴィオラはリリアンをじっと見る。
「私はイーブリス様に自分から告白したわ。 ずっと傍に居たいって」
家のこととか、悪評とか、何も考えていない子供だった。
「イーブリス様はちゃんと考えて下さって、公爵様にも話して許可されたわ。
リリーとアーリーだって、ちゃんと話し合えばいいのよ」
「でもアーリーは何も言わないし」
「リリーが何も言わないからよね?。
アーリーはリリーが嫌がることはしないもの。
でもそれじゃ、お互いに相手が言い出すのをずっと待ってるの?」
リリアンは目を逸らす。
「私だって、いつかはイーブリス様の辺境地に行くわ」
そうなったら、リリアンはアーリーの傍に居られるのだろうか。
不安になる。