124・苦情
冬の王都行きが近付く。
僕は本邸からの日程と、ヴィーからの手紙を確認していた。
邪魔臭いが、学校は十五歳で卒業だから来年には終わる。
僕たちは成人になった時点で婚姻の契約を行うので、ヴィーは卒業前に結婚、公爵家に入ってもらうことになっていた。
キルスには巫女宛に手紙を出してみたが、返事はまだない。
冬に入って魔獣の姿は減っていて、狩り場に来る傭兵たちも減り始めた。
その代わりに南の町の歓楽街が賑わっているそうだ。
狩りは出来ず、賭博で破産して、仕方なく帰る者もいる。
自業自得だけどね。
スミスさんは、あれから何度か爺さんと手合わせしている。
どうやら互角らしいが、爺さんが暗器使いのため、その対応を研究しているみたいだ。
楽しそうで何より。
町の噂では、アーキスが放鳥場の資金に手を出して経営から放り出されたらしい。
子供たちのほうがしっかりしていて良かったな。
最近は魔獣狩りに精を出しているらしいが、今は冬だぞ。
獲物は少ないだろうに。
「アーキスは、南の町の新しい娼館に通い詰めてるみたいです」
庭師の青年ミトラが教えてくれた。
領主館の坂の下の放鳥場で今年も無事に二十個の卵を回収し、残りを食用に届けてくれたのだ。
「是非、大旦那様やアーリー様にも食べていただきたくて」
普通なら片道十日掛かるが、執務室の通信文書箱で送れないかと相談に来た。
あれは上から落ちる。 紙ならいいが、卵は無理だろう。
内緒だけど僕なら一瞬で届けられる。
「気持ちは嬉しいよ、ありがとう。 なんとかする」
ミトラは嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、文官のオリビアは王都からの手紙を拒否したそうだが、何か聞いてないか?」
「俺がですか?。 いえ、なにも」
そっか。 彼女をよく坂の下の放鳥場で見かけるから、仲が良いのかと思ってたよ。
「俺は今、温室が忙しいですから」
二十個の卵だけを残して、ミトラの魔鳥は冬の前に処理される。
放鳥場は冬は閉鎖して、あの二体の巨鳥だけが温室に避難するのだ。
残した卵は、西のアーキスの放鳥場の卵と交換して来年用に育てる。
「今年はアーキスが暇そうだったので森で採集して来てもらいましたよ」
やっぱり暇なんだ。
卵は温度管理さえちゃんとすれば、割と簡単に孵るので助かっている。
そんなわけで、僕は本邸に行くため馬車で南の町へ向かう。
書類関係は文書箱で送れるようになったので、荷物はわりと少ない。
ただ、ミトラに頼まれた卵が多くて大変だ。
「先に置いてくれば良かったですね」
「あー、すまん。 ぼんやりしてて気が付かなかった」
僕たちは出掛けた姿を見せるため馬車移動だが、卵だけ先に本邸に届けて、また戻れば良かったのだ。
「次回からそうしましょう」
「うん」
馬車で卵を割らないよう運ぶのは結構大変だ。
南の町のいつもの宿に入った。
ここから誰かが乗っているように偽装した馬車は空っぽで王都まで移動し、僕たちは闇の精霊で移動する。
「いらっしゃいませ、部屋をご用意してございます」
「ありがとう」
裏口に近い二階に上がる。
闇の精霊が好む、一番暗い部屋だ。
宿の係りが食事を運んだり、お茶の用意をしたりするが、実際には僕たちは既にそこにはいない。
王都の隣町のいつもの宿に公爵家の馬車が迎えに来ている。
少し暗くなってから移動して本邸に入った。
「お帰りなさいませ、イーブリス様」
執事長とメイドのヘーゼルさんが迎えてくれる。
僕は執事長と自室に向かい、スミスさんはヘーゼルさんと厨房へ食材を届けに行く。
ミトラからの届け物だと言うと、
「では、庭師の親方にも分けてあげましょう」
と、執事長が気遣ってくれた。
帰りに親方の感想を聞いて帰って、ミトラにも伝えてやろう。
ダンスパーティーは二日後で、最終学年一つ手前の僕たちは夕方近付くに終わって解放された。
何故か約束の時間に公爵家の馬車が来ないので、学校の馬車溜まりで待っていると、何やら騒がしい。
「何かあったのでしょうか」
パーティーの送迎は公爵家騎士団が護衛に付く。
生徒に王族がいないため、実質的に公爵家である僕たちが最高位なので、他の生徒や家族に威厳を示す必要があるのだ。
「申し訳ございません、イーブリス様」
影の護衛がそっと近付き、馬車が遅れている理由を教えてくれた。
「どういたしますか?」
僕は大きくため息を吐く。
文官オリビアの家族が公爵家の馬車に突撃して停めたらしい。
危ない行為なので当然、衛兵に捕まっているのだが、
「娘のオリビアが公爵家に監禁され、辺境地に送られた」
と、騒いでいるそうだ。
「分かった、僕が行く。 お前たちはアーリーとお嬢様方を無事に送り届けろ」
「承知いたしました」
アーリーには領地で問題があった知らせが来たと言って、ヴィーとリリーを護衛して送って行く任務を与えた。
僕は騎士を二人連れて、揉めている現場に向かう。
地方の子爵だと聞いていたが、父親と娘が衛兵と喧嘩している。
少し離れて他人顔しているのは娘婿かな。
「おい、馬車を早く通せ」
声を掛けると振り向いた娘は、年齢に合わない派手な服と化粧。
どこのパーティーに行くのかというくらい、宝石の付いた装飾品も身に付けていた。
「誰よ、あんた」
興奮して言葉も乱暴になっている。
「ラヴィーズン公爵家のイーブリス様である」
護衛騎士が答えた。
「あら、ようやく会えましたわ!」
僕は合図を送り、馬車をサッサと移動させ、アーリーたちのほうに向かわせる。
だいぶ出入りする馬車は減っているが、ここは学校の門だ。
邪魔になる。
「すぐ近くの店を抑えました」
騎士の一人が案内して、オリビア関係者を連れて移動する。
領地なら地下牢に放り込んで終わりなんだが、ここではそうはいかない。
はあ、全く邪魔臭いな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
子爵親子はその日、公爵家の双子が学校のパーティーに参加することを掴んだ。
王都の冬は社交のため多くの貴族が訪れる。
子爵親子も娘婿に何とかお金を用立ててもらい、やって来た。
「公爵家に直接訴えるなんて、どうかしてるよ」
商人である娘婿は思い留まるよう説得を試みるが、父娘は全く聞こうとしない。
「公爵家の使用人相手では話も聞いてもらえなかったけど、子供なら聞いてくれるはずよ」
何度も公爵家に手紙を送り、王都の館に押し掛けた。
しかし、いつも門番に追い払われ公爵の顔を見ることも出来ない。
遣いに出ていた使用人に偶然会い、オリビアが辺境地に赴任したことや、年に一度だけ、その辺境地から孫が出て来ることを無理矢理聞き出した。
「ラヴィーズン公爵家のイーブリス様である」
(やったわ!)子爵の娘は歓喜した。
騎士を連れた少年は金色の髪と鮮やかな青い目をしている。
(まるで天使のよう。 ああ、神が私の願いを聞き届けて下さったのね)
見惚れている間に、子爵父娘と娘婿は近くの飲食店に連れて行かれ、奥の個室へと通された。
あまりにも静かな店だと思っていたら、どうやらこの少年が貸し切ったらしい。
「申し訳ございません、わざわざありがとうございます」
娘が何故かお礼を言う。
奥の部屋には椅子は一つしかなかった。
「あの、食事をご一緒するのでは?」
娘がキョロキョロし始めた。
少年は娘を無視し、娘婿だけを近くに呼んだ。
「僕は非常に迷惑を被っている、分かるな?」
「は、はいっ」
娘婿はその場に膝を着いて許しを請う。
「申し訳ございません!、公爵閣下には我が商会だけは無縁だと。 何卒、お願いいたします」
「分かった、行け」
「はい!」
娘婿は慌てて店を出て行った。
「さて、二人に問う。
この場で死ぬか、領地に戻って死ぬか。
どちらが良い?」
しばらくして少年と騎士が出て行った後、その店から出た者はいなかった。
その後、領地に戻った娘婿が子爵家を継いだ。