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123・誘惑


「随分と楽しそうな面子だな」


僕は自然と口元が緩み、それを見たスミスさんに呆れられる。


「何か問題があれば領主館に知らせてくれ」


立ち上がろうとすると、女性たちが顔を見合わせている。


「あのお」


その中の一人が声を上げる。


「うん?」


「あたいたちの娼館はどこにあるんだい?」


ハニーさんより年上で肉付きも良い女性。


洗濯や料理といった裏方っぽい感じがする。


「ああ、好きなのを選べばいい。


この町の土地も建物も全て僕個人のものだ」


既に誰かが住んでいようが商売していようが、追い出すことは可能である。




 女性たちは眉を顰めた。


「初めての町だから、よく分からないよ」


ふふんと鼻で笑ってやる。


「だからこそ好きにやって構わないし、しばらくはここに住んで様子を見てもいい。


生活は保証されてるんだからな」


壁に寄り掛かっていた爺さんが「ふむ」と顎に手を当てて唸る。


「なるほど、あの公爵の孫らしいな。


成功も失敗も、わしら次第ということか」


「まあね」


黙って聞いていた少女が顔を上げる。


「それでは、しばらくは売り上げがなくても構わないとおっしゃるのですか?」


最初にハニーさんに会ったとき、お茶を運んで来た少女だな。


「どんな商売でも最初は利益など出ないものですよ、お嬢さん」


優しく諭してやる。


「だけど、利益が出ても隠していたらどうなさるの?」


子供のくせに冷静なのはいいことだ。


 僕はニコリと少女に笑い掛ける。


「ハニーに訊くといい。 僕が何者なのか」


不正を見逃すとでも思っているのかな。


おそらく僕は爺さんにも負ける気がしないし、裏の裏も闇の精霊に隠せるものなどない。


「イーブリス様、無礼は詫びるから、その辺にしといておくれ」


「分かった」


僕はハニーさんの謝罪の言葉を受け取る。




 廊下に出ると、スミスさんに「顔が緩んでいますよ」と窘められた。


いやあ、だって楽しくなりそうじゃないか。


「スミスだって戦ってみたくならない?」


歩きながら訊いてみる。


あの爺さんも、傷の男もかなり強そうだ。


「私は戦闘狂ではありませんので」


えー?、たまにソルキート隊長と模擬戦やってるのを知ってるよー。


「あれは身体が鈍らないようにしているだけです」


「だからさ、その相手にちょうど良いと思うよ」


ソルキート隊長や領兵たちじゃ、相手にならないでしょ。


スミスさんは黙り込んだ。


 僕はスミスさんと共に宿の正面玄関から馬車に乗る。


窓から複数の顔が見下ろしていた。




 その年の冬は、領内はとても賑やかなものになる。


遊技場の賭博で勝ち続けた女がいた、とか。


毎日違う美女を連れて歩く傷のある男の話、とか。


まあとにかく噂話には事欠かない毎日である。


その中には鼻の下を伸ばして南の町に通うアーキスの話もあった。


お前、文官のオリビア嬢が目当てじゃなかったんかい。


 クスクス笑いながら子供たちから噂話を聞いていたら、南の町から爺さんが来た。


例の少女も一緒である。


「やあ、久しぶり」


ハニーさんたちが王都から来て一ヶ月以上が経過していた。


 執務室の応接用の椅子に案内させる。


子供たちを下げさせ、リナマーナにお茶を頼む。


スミスさんは僕の後ろに立ち、警戒していた。




 爺さんは腰を曲げ、無害そうにしているが、その痩せた身体は鋼のように硬そうだ。


「ありがとうよ、嬢ちゃん」


「どうぞ、ごゆっくり」


リナマーナが褒められたと思って嬉しそうに微笑む。


褒めてないし、チョロいって思われてるよ、絶対。


「チビがな、こっちの経理の勉強がしたいそうだ」


「ふむ、なるほど。 そろそろ商売を始めるわけか」


だから帳簿を作成するための準備が必要になったようである。


「リルー」


赤子の寝顔を見ていた白いダイヤーウルフが立ち上がる。


少女は驚いて強張り、爺さんは物珍しそうにリルーを眺めた。


「僕の娘のリルーだ。


リルー、このお嬢さんをジーンさんのいる事務室に案内してやってくれ」


僕は簡単な走り書きをした紙をリルーのチェーンに結ぶ。


クオン


「ついて来いってさ」


僕はそう言って少女をリルーに預けた。




 リルーが居なくなった途端にジュードがぐずり出す。


「爺さん、場所を変えないか」


「そうじゃな」


僕は赤子をリナマーナに任せ、爺さんを誘って中庭に降りた。


薔薇だらけの温室がある。


「おや、わしを誘うには雅な場所じゃな」


「そうかな?」


実はこの温室は、以前の領主代行をしていた男が作った食糧庫の上に建っている。 


食糧庫は現在、使われておらず、綺麗に清掃はされているがただの空間になっていた。


森で大物の魔獣が獲れた時などに一旦、収容する場所として使われる。


 トントンと二回足元を鳴らすと僕の影が広がって、爺さんの足元に迫った。


「やる気ある?」


僕がニヤリと笑うと爺さんも笑う。


「よかろう」


地下に繋がった闇に沈んだのは、爺さんとスミスさんの二人だけ。


僕は行かないよ。 邪魔臭いし。




 僕はキルスからの連絡を待っている。


早くしないと、今年もまた王都のダンスパーティーの日がやって来てしまう。


一度、巫女宛に催促の手紙でも出してみようかなあ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「なんじゃ、相手はおぬしか」


「若輩で申し訳ございませんが、一手ご指導お願いいたします」


執事服を脱いだ青年は、一応、革の胸当てやら局所を守る防具を身に付けていた。


「ほお、わしを甘く見てはおらんということか。 それは結構なことだ」


淡い光しかない薄暗い倉庫は、床も、壁や天井も石である。


「私が死ぬとここから出られませんよ。 半殺し程度にしておいて下さい」


「わっはっは!、先に命乞いか。 公爵家の孫もたいしたことないな。 側近がコレでは」


シュッ!


老人が飛び上がった。


その足を掠めて青年の蹴りが空を斬る。


「イーブリス様は私より強い。 あなたもおそらく一撃で命を落とすでしょう」


「ふふっ、やってみなきゃ分からんよ」


着地した老人が身体をしならせ、瞬間、青年に迫る。


ガツンッ


鈍い打撃音が倉庫に響いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ねえねえ、あっちのお店も見たいわ」


傷の男は今日も女性の一人に護衛と荷物持ちを兼ねて連れ回されている。


自分たちが住んでいる南の町には小さな雑貨店しかないが、領都である隣町には王都と遜色ない有名な店が並んでいた。


「おい、そんなに買い込んで金はあるのか?」


生活出来るだけの金はある。


だが、余計な買い物にまで使える金額ではなかったはずだ。


「だってぇ、欲しいんだものぉ」


この女性は王都にいる時も病気のように買い物ばかりしていた。


金がなくなり、客に頼るようになって、ついにはその客まで金が無くなって刃傷沙汰になったのである。


田舎に来れば落ち着くと思っていたが。




 広い商店街を女性に連れ回されていると、前から歩いて来た若者が立ち止まる。


「あー!、お前、王都から来た傷の男!」


その通りであるが、傷の男と女性は立ち止まり、その若者を見た。


「ま、また、違う美女を連れて!。


おねえさん、そいつに騙されちゃダメだよ!。 そいつ、いつも違う女と歩いてるんだぜ」


女性がプーッと吹き出して笑い出す。


「知ってるわよ、そんなこと。


でも、気にしてくれるなんて優しい人ね。 良かったら、案内してくださらない?。


私たち、王都から来たばかりで、この辺りはよく知らなくて」


「へ?、は?、い、いいけど」


女性に撓垂れ掛かられた若者は、真っ赤になって慌て出す。


傷の男はふいっと姿を消す。


離れたところから様子を見ているのだ。


「うふふ、逞しい身体をしてるのね」


若者の身体に触れながら話し続ける。


「あなた、お名前は?。 何のお仕事をされてるの?」


「お、俺は猟師のアーキスだ。 魔鳥の放鳥場なんかも経営してる」


女性の目が輝く。


傷の男はため息を吐き、腕を掴まれて店に連れ込まれる若者を見送った。



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