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120・埋葬


「人払いをしたほうが良いかな」


巫女の姿をした悪魔が僕を見る。


「なんのお話かによりますが、まあ、リナマーナ嬢は関係ないでしょうね」


「え、嫌よ、仲間外れなんて」


キルス陛下はため息を吐いた。


リナマーナは巫女の本性も、僕の正体も知らない。


だから、元から仲間ではない、と他の全員が思った。


「では私がお相手いたします」


キルス王の側近の青年が立ち上がり、リナマーナに手を差し出した。


「キルスへのお土産を買いたいのですが、店を案内していただけませんか?」


彼は、東の領主をしていた王族に代々仕える家柄だった。


人の良さそうな青年である。


じっと見つめられ微笑まれると断れない。


「わ、分かりました」


リナマーナは仕方なく立ち上がり、彼と共に退室していった。




 スミスさんが盗聴防止を作動させるとすぐに『古の悪魔』が口を開く。


「薔薇の悪魔の話じゃ」


僕は胡乱な目をして「それがどうした」と訊ねた。


「キサマ、あれと関わりがあるじゃろ」


「そういえばイーブリス殿から薔薇の香りがするのは何故だ?」


キルス王もそれが知りたかったらしく頷いている。


「あー、公爵家本邸には薔薇園がありまして、こちらにも薔薇の温室を作らせました」


スミスさんは僕が幼い頃から毎朝、枕元に薔薇を届けているのだと話す。


なるほどと頷く陛下に、新しい情報をあげよう。


「僕はつい最近、祖父から薔薇園には『魅了』を使って処刑された女性が埋葬されていると聞きました」


「えっ」


キルス陛下が驚いて立ち上がる。




 僕は片手を上げ、彼を落ち着かせるように言葉を続けた。


「その女性があなたの母親とは限りませんよ」


確かに共通点はあるのだろう。


王宮に上がる前は娼館にいたとか、美しい容姿、薔薇が好きだったとか。


魔道具の検査で『魅了』持ちであると断定されたことも。


だけど、決定的な証拠ではない。




 それで、と問い掛ける。


「何故、僕が神殿に行くという話になるんですか?」


「キルスに関係がある者ならば、キサマに付き纏っているのはその悪魔だと思ってな」


僕には薔薇園に眠る悪魔が取り憑いているというのだ。


 キルスの落とし子に憑いていた悪魔。


古の悪魔は少女の顔で微笑む。


「キサマの身体から感じる精霊の気配に反応しておるようじゃ。


キルス国の元王族なら精霊は身近な存在だったであろうからな」


憧れて引き寄せられる。 身体のないモノなら尚更だと。


「そうか。 だからイーブリス殿からは常に薔薇の香りがするのか」


悪魔が僕に絡まって離れようとしない。


そう言われて顔を顰めた。


「僕は取り憑かれていようがいまいが、たいしたことではありませんよ」


今のところ特に不便はない。


だいたい僕は人間じゃないから、身体に入れなくて付き纏っているんだろう。


僕は、はっきりとキルス行きを拒否した。




 古の悪魔は不貞腐れたように頬を膨らませる。


年寄り臭いかと思うと、見かけ通りの子供だったり、忙しいヤツだ。


「ふふ、じゃあ、一つ新しい情報を差し上げます」


キルス陛下に関係あるのかは分からないが。


「実は王都の娼館から、この領地の歓楽街に勧誘した女性がいるのです。


その女性は『薔薇の悪魔』が残した娘の関係者らしくて。


色々と訊けるのではないかと思っています」


本人は否定するかも知れないが、ちゃんと調査員から報告は来ていた。


「もしかしたら、あなたの母親のことも何か分かるかも知れません」


『薔薇の悪魔』が一人とは限らない。


一人亡くなって、すぐ誰かに取り憑いたかも知れない。


ただ一つ確定していることがある。




 アーリーがキルス王族の血を引いているということだ。


公爵家の一人息子と逃げた娼館の娘。


それがアーリーの母親で、僕をシェイプシフターにした女性。


確かに彼女は美しく、異常なほど高い魔力を持っていた。


だから僕は召喚されたのだ。


 お祖父様は知っていたのだろう。


アーリーが公爵家の孫だと特定されたのも、微妙な『魅了』の能力があったからなのかもな。


だけど、いったいいつから『薔薇の悪魔』に取り憑かれたのか。


取り憑かれているのは僕だけなのか。


古の悪魔はまだアーリーには会ったことはないから分からない。




 僕は考える。


もし、アーリーがキルスの王族だとして何が変わるだろうか。


公爵家の後継に決まっているから今更、変わらない。


ただ、問題になるとしたら『魅了』の存在だ。


僅かに漏れる程度の『魅了』でも、騒ぐ者は必ずいる。


「ん?、キルスの落とし子だから『魅了』があるとは限らないよな」


しかも能力を使ってもいないのに漏れている。


まさか、取り憑いてる『薔薇の悪魔』のせいなのか?。


もし、その取り憑いた悪魔を祓うことが出来たら、『魅了』も失くなるのだろうか。




 僕は古の悪魔に提案した。


「僕に付き纏っている悪魔を祓ってくれるなら。


もしくはその方法を教えてくれるなら、キルスの神殿に行ってもいい」


「本当か!」


古の悪魔はコロリと表情を変える。


「ああ、約束する」


イーブリスとして行くことは出来ないが、他の者に擬態して行くことは出来るだろう。


方法さえ分かればアーリーのほうは僕がなんとかする。


「そうと決まればすぐに調べよう。 キルスへ帰るぞ」


巫女な悪魔は嬉しそうに帰って行った。




「イーブリス様の薔薇の香りは、私が毎日お選びしているのに、『薔薇の悪魔』のせいにされました」


スミスさんが変なことに拘る。


「仕方ないだろ。 僕が薔薇を好きなのは、そいつの影響なのかも知れないし」


「香りは!、私が!」


「はいはい」


煩いなあ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 十数年前。


王城の片隅で処刑が行われた。


罪人は王族の誰かの、美しい側妃である。


王族の醜聞であるため、普段なら公開で行われる処刑が秘密裏に処理された。




「本当に死んでるんですか?」


処刑人に選ばれた不運な兵士は足をガクガク震わせながら上官に訊ねた。


「ああ、毒を差し出したら自分で飲んだそうだ」


抵抗もなく、苦しむこともなく、眠るように身体の機能が停止している。


「そ、それじゃ、こんなことしなくても」


処刑人の手には銀色の短剣が握られていた。


「馬鹿野郎。 相手は悪魔だぞ!。 生き返ったらどうするんだ」


『魅了』持ちの罪人は、死んだ後も生き返らないよう、教会で作られた聖銀の剣で胸を切り裂くことになっている。


 処刑人は顔を背けながら女性の服の胸をはだけた。


傷一つない美しい女性の胸元。


「わ、わたしには無理です!」


まともに見ることも出来ない。




「何をしておる!、サッサとしないか」


乱暴な声が掛かる。


「し、しかし」


「どけっ!、私がやる!」


処刑人から無理矢理短剣を奪うと、その男は振りかぶる。


「あんなに私が可愛がってやったというのに裏切りおって!」


男は狂ったように何度も女性の肌に短剣を突き刺し、喚き続けた。


「わはははは、これでお前はどこへも行けぬ。 ずっと私と一緒だ」


血塗れになった男は、そのまま自分の胸も貫いた。


「うわああー」


処刑人と立ち会いの上司は驚き、腰を抜かしながら通りかかった騎士に宰相へ報告を頼んだ。



 

 男は国王の叔父で、娼館から女性を引き抜き、密かに王宮に住まわせていた本人だった。


妻や国王には使用人だと偽り、誰の目にも触れないように。


 しかし、それでも噂は広がる。


慌てた王族の男は女性が魅了を使ったと訴えた。


「お前は誰かを誑かして、私から逃げようとしているのだろ!」


差し出された毒の瓶を、女性は微笑んで受け取る。




 王宮の騎士団と宰相たちが駆け付けた時には既に男は死んでいた。


女性の身体に覆いかぶさり、死んでもなお、束縛するように。


「哀れなことだ」


宰相は騎士たちに男を引き剥がさせる。


そして女性のほうは、魔術師を呼び、傷のない綺麗な身体にしたのち、公爵家の庭に埋葬した。


胸に魔除けの聖銀の短剣を抱かせて。



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― 新着の感想 ―
[一言] キルスの王族の子孫ってかなりの数に上りそうやなあ 下手すりゃ周辺国の人口3割以上はキルス王族の子孫になりそうなレベル
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