118・解毒
冬が近付いた頃、大仕事が舞い込んだ。
王都の娼館へ美女を迎えに行き、領地まで護衛する兵士を選ぶ仕事である。
「いい加減に決めろ」
「はあ、それが」
ソルキート隊長の返事は曖昧である。
希望者が殺到して決まらないらしい。
「おれっ、俺も行きたいです!」
どこから耳に入ったのか、猟師のアーキスが押し掛けて来た。
「アーキス、お前は却下だ」
領兵でもないのに行けるか、バカ。
条件は絞ったはずだ。
領地から出たことが無い。 独身者。 馬に騎乗出来る。
「酒を飲んでも暴れないってのが引っかかるそうで」
領兵たちがお互いに「他の奴は酒癖が悪い」と密告しあっているらしい。
なんだそれ、馬鹿らしい。
片道十日かかるため、もう出立しないと間に合わない。
「食堂に領兵全員を集めろ。 希望者だけでなく全員だ」
「へい」
食堂に兵士たちを集める。
現在、領兵は六十名。 そのうち十名は交代で温泉施設と、案内所にいる。
夏に王都から来た兵士十名は含まれない。
アイツらは王都から来たばかりだからな。
スミスさんたちに手伝ってもらい、本邸から取り寄せた酒瓶を並べる。
「いいか、これから酒の入ったカップを配るから倒れるまで飲め。
一つずつ飲んでいってもらう。 段々と強くなると思え」
「はいっ!」
声を揃えて良い返事をしやがった。
「最初は果汁みたいなもんだ、僕でも飲める」
スミスさんとソルキート隊長が全員に配っている間に、僕は黄色で果物の香りがする液体をグラスに入れ、一気に飲み干す。
それを見た全員が飲み始めた。
まだ緊張感はない。
「あ、もっと甘いかと思ったけど、スッキリして飲み易いね」
はあ、アーキス、お前は出てけ。
「ウンウン、美味しいです」
兵士たちも頷き、飲み干した。
僕は次の酒の準備を始める振りをしながら、スミスさんたちに合図する。
「次、どれっすか?」
元気なヤツは僕の周りに集まるが、その後ろではスミスさんとソルキートが気分が悪くなった者をそっと廊下に出していた。
「美味いだろう、これ、王都でも評判で女性たちにもよく知られてる酒なんだ」
「へえ、そうなんだあ」
会話をしながら様子を見る。
「ん?、あれぇ」
一人、また一人と崩れ落ちた。
アーキスが口を抑える。
「こ、これ、なんすか?。 グェッ」
「あー、これな。 別名『女落とし』っていってな。 女の飲み物に少量入れて飲ませ、動けなくする酒だ」
まあ、女とは限らないけどな。
僕は最初から強い酒を飲ませた。
すぐ気付いて吐いたり、水をがぶ飲みした者は合格。
少数だが全く酒に酔わなかった者もいた。
動けなくなった者は当然、失格だ。
翌朝、アーキスが執務室にまで押し掛けて来る。
「イーブリス様、ヒドイ!」
そんなに王都に行きたいのか。
「酒に弱いお前が悪い」
「イーブリス様だって飲んだじゃないですかー!」
僕はため息を吐く。
「あのな、高位貴族は子供の頃から毒に対する免疫を付けさせられてるんだよ」
弱い毒から徐々に身体を慣れさせたり、解毒の魔道具や魔法で対策を取ったりしている。
僕の場合はアーリーに贈ったイヤーカフの魔物が毒を感知して無効化した。
酒も毒だと判別するらしい。
「それだけ都会は怖い所だってことさ」
アーキスが顔を顰めて黙り込む。
今回の護衛任務の兵士たちは、既に今日の早朝、出発した。
「一ヶ月もすれば南の町に新しい女の子たちがやって来る。
わざわざ王都に行かなくてもいいだろう」
「うっ」
なんだ、どうしても行きたい理由があるのか。
「あの、文官のオリビアさんがさ」
夏に本邸から来た女性文官か。
「王都から手紙が来る度、悲しそうな顔をしてるから、何かしてあげられないかなって」
気になる女性の力になりたい、と思うのは勝手だが。
「へえ、それはオリビアに頼まれたのか?」
「いやいや、だって訊くのも失礼だし。 王都に行くって決まったら、手紙とか何か届けたり様子を見に行ったりしてあげられるかなって」
真っ赤になるアーキスも珍しい。
僕はオリビアの家庭の事情をある程度知っている。
少なくとも、彼女は実家に連絡を取りたいとは思っていないはずだ。
アーキスの好意は不要な「おせっかい」になる可能性が高い。
王都に行かせなくて良かった。
僕的にはドロドロ展開も美味しそうだが、せっかく来てくれた優秀な文官に逃げられたくない。
「それより、アーキス。 魔獣被害の報告はまだか」
国境柵の工事が一応、終了した。
今は冬になる前の確認作業をしているところである。
新しい柵が出来てから、どれくらい被害が減っているかを王宮とお祖父様に報告しなきゃならない。
「あ、まだー」
魔獣に関しては任せていたけど、アーキスは女性の気を引くのに夢中で仕事が疎かになっているようだ。
「領主館に出入り禁止になりたくなかったら、すぐに行って来い」
「はいっ」
はあ、あれで歳上なのが信じられない。
それより、もう一人、というか一組。
厄介な客が来ている。
「キサマも大変じゃな」
「巫女殿、仕事中は口を出さない約束ですよ」
キルス国王陛下と側近の青年、それと『赤毛』の巫女と呼ばれている古の悪魔だ。
「陛下、護衛くらいつけて来て下さいよ」
なんで国王が巫女と側近の二人しか連れて来ないんだ。
「一応、旅芸人の一座ということになっておるでな」
春にお忍びでやって来てから、旅の一座の設定が気に入ったらしく、たまにその格好で南の町にやって来る。
いやだからさ、一座なら一座の人間を連れて来い。
「すまぬ、イーブリス殿。 どうしても巫女殿が其方と話がしたいと言われてな」
いつもは南の町で遊んで帰るだけらしいが、今回は僕に用事があって領主館に顔を出したという。
隣とはいえ他国になるので、国王との面会は基本的には王宮の文官を通さなければならない。
「直接来たほうが早いからの」
だからって勝手に入って来るな!。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『赤毛』の巫女は春の交渉で初めてイーブリスに会った。
古の悪魔にとって「人間とは違う」という点では仲間である。
「公爵というのは国王の次に偉いらしいな」
そんな地位にいる者を祖父とし、きちんとした人間の籍を持つシェイプシフターに興味を持った。
巫女と呼ばれても、悪魔にとって国境門を抜けるのは簡単なことだ。
くたびれた旅人の姿、小さな荷馬車に小道具や衣裳が入った箱を積み込み、しかも公爵領主代理の許可証がある。
キルスの三人は、隣国の辺境領にある歓楽街が気に入った。
安い店が並ぶ区域と、多少の金があれば遊べる区域。
そして高級な歓楽街の三つに分かれている。
中央にある広場は屋根と柱だけで造られた空間で、その一部に半地下の小さな劇場がある。
円形の舞台が半地下の底にあり、石の客席が階段のように壁一面に広がっていた。
非常時には、広場の地下には住民や客を収容可能性らしい。
それぞれの区域に趣きがあり、誰でも足を運ぶことは出来た。
ただ、店側に非の無い苦情や脅し、酒に酔っての暴言暴力は即地下牢行きになる。
それは現地の人間にとっては珍しくもない日常風景らしい。
キルス王は『赤毛の巫女』をいつも傍に置いて、誰よりも大切にしている。
出会いは神殿の地下で、囚われていた彼女を救い出した。
外見は十歳くらいの少女だが、中身は大人で年寄り臭い。
キルス王と側近の青年は、自ら望んで悪魔の眷属となって内乱を終わらせ、国を安定させた。
王は感謝し、古の悪魔に巫女の地位を与えている。
「イーブリスに用がある」
その日、いつものように国境門を抜けた後、『赤毛の巫女』がそう言い出した。
キルス王にとっては面白くない提案だが、従わないわけにはいかない。
「すまぬ、イーブリス殿。 どうしても巫女殿が其方と話がしたいと言われてな」
キルス王とイーブリスはお互いに不機嫌な顔で睨み合った。




